2024年10月03日

ひたぶる


憂しといひて世をひたぶるに背かねば物思ひ知らぬ身とやなりなむ(新古今和歌集)

の、

ひたぶる、

は、

頓、
一向、

とあて、

一途なさま、

を言い、

もっぱら、
ひたすら、
すっかり、

といった意味である(広辞苑)。古くは、

「ひたふる」か、

ともある(精選版日本国語大辞典)。

態度が一途で、しゃにむに積極的に、あたりかまわず振る舞うさまをいうのが原義、

とあり(岩波古語辞典)、後に、広く使われて、

一途に、

の意(仝上)、平安時代に、

「獫狁(けんいん)」(中国で野蛮人とされた匈奴)や「敢死」をヒタフルと訓むのは、原義をよく伝えるものであろう。平安女流文学でも、「捨つ」「逃ぐ」「否ぶ」「……し果つ」などの強い動作を形容するのに使う。類義語ヒタスラは、古くは、すっかり亡くなり失せる意の動詞を形容したが、後に一般化して、一途にの意になり、ヒタブルと接近した、

とある。色葉字類抄(1177~81)には、

頓、ヒタフル、敢死、ヒタフル、獫狁、ヒタフル、

類聚名義抄(11~12世紀)に、

永、ひたふる、

とある。意味の幅は、

海賊のひたふるならむよりもかのおそろしき人の追ひ来るにやと(源氏物語)、

と、

一方的で、乱暴な性質、利乱暴な人、
無理を冒して強引なさま、粗暴で配慮に欠けるさま、

と、原義に近いとされる意から、

ひたふるなる御心なつかはせ給そ(源氏物語)、

と、

向こう見ずで、無茶なさま、

といった意、

思ふ心の程を宣ひつづけたる言の葉、大人大人しく、ひたぶるにすきすぎしくあらで、いとけはひことなり(源氏物語)、

と、

むやみなさま、

の意と、どちらかというとマイナス面の意味から、

親ののたまふことをひたふるにいなび申さむ事のいとほしさに(竹取物語)、
人はよろづをさしおきて、ひたふるに徳をつくべきなり(徒然草)、

と、

ただ一つの方向に強く片寄るさま、もっぱらそのことに集中するさま、いちず、ひたすら、

の意、

さりとて、ひたぶるには打ち解けず、故ありてもてなし給へり(源氏物語)、

と、

完全にその状態であるさま、すっかり、まったく、

といった意と、抽象度を高めた価値表現でも使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

この由来は、

ヒタは、直(ヒタ)、ブルは、あらぶる、ちはやぶるのブルと同趣で、強く励む意(大言海)、
ヒタはヒト(一)の転でヒタムキ、ヒタスラなどのヒタ、ブルは状態が顕現するような意を表す接尾語(小学館古語大辞典)、
ヒタフル(常経)の義(和訓栞)、
ヒタフル(直経)の義、またヒタウフル(非道振)の義(言元梯)、

等々あり、

ヒタ、

について、

直、

一、

に別れるが、「ひたむき」で触れたように、

ひたむき、

は、

直向き、

と当て、

ヒタ(いちず)+ムキ(向き)、

である(日本語源広辞典)。類語、

ひたすら、

は、

頓、
一向、
只管、

と当て、

ヒチはヒト(一)と同源(広辞苑)、
ヒタスラ(直向)の義(大言海)、
ヒタはヒトに同じ、スラはツル(弦)と同源。一すじの意(日本語の年輪=大野晋)、
ヒタは直、スはサ変動詞終止形、ラは動詞終止形について情態言を作る接尾辞(古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀)、

等々とある。ここでも、

ひた、

は、

一、
と、
直、

が対立するが、

ヒタ(直)、

は、

ヒト(一)の母音交替形(岩波古語辞典)、

とされるのが有力(日本語源大辞典)とされており、何れを当てても、

直道、
ひた騒ぎ、
ひた照り、

等々、

名詞。またこれに準ずる語、まれに動詞について、それに徹したさま、

を表し(日本語源大辞典)、

いちず、
一面、
直接、
ただちに、

等々の意を表す(岩波古語辞典)。

なお、「ちはやぶる」で触れたように、

ぶる、

には、

ブルは様子をする意(岩波古語辞典・広辞苑)、
「ぶる」は「振る舞う」を意味するhttps://zatsuneta.com/archives/005742.html
「学者ぶる」「えらぶる」など、そのようにふるまう、そのふりをよそおう、の意を表わす(精選版日本国語大辞典)、
(振ると当て)他の語について其の容子を云ひ表す語(大言海)、

等々の説があるが、

その様子を表す、

とするのが妥当なのだろう。

「頓」.gif


「頓」(トン)は、「頓に」で触れたように、

会意兼形声。屯(トン チュン)は、草の芽が出ようとして、ずっしりと地中に根をはるさま。頓は「頁(あたま)+音符屯」で、ずしんと重く頭を地につけること、

とあり(漢字源)、別に、

会意兼形声文字です(屯+頁)。「幼児が髪を束ね飾った」象形(「集まる、集める」の意味)と「人の頭部を強調した」象形(「かしら、頭」の意味)から、頭を下げてきた勢いが地面で一時中断されて、力が集中する事から、「ぬかずく(頭を下げて地につける)」を意味する「頓」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2197.htmlが、

形声。「頁」+音符「屯 /*TUN/」。頭を下げる敬礼を意味する漢語{頓 /*tuuns/}を表す字、

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A0%93

形声。頁と、音符屯(トン)とから成る。「ぬかずく」意を表す、

も(角川新字源)、形声文字とする。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:ひたぶる 一向
posted by Toshi at 04:12| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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