2024年10月07日
しきみ
しきみ摘む山路の露に濡れにけり暁おきの墨染の袖(小侍従)
の、
しきみ、
は、
モクレン科の常緑低木、
とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。『和名類聚抄』(931~38年)木類に、
樒、之岐美、香木也、
同『和名類聚抄』木類に、
莽草、之木美、可以毒魚者也、
『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)にも、
莽草、之岐美乃木、
とある。。この、
莽草、
の、
莽、
は「罔」と音通で、本来食すると「迷罔(=正気を失う)」するような有毒な草を意味したが、後に毒のある木に転用され、八角茴香と同種で有毒な木(即ちシキミ)を指すようになった、
とある(精選版日本国語大辞典)。
しきみ、
樒、
櫁、
梻、
と当てるが、
梻、
は、もっぱら、仏前に供えたところから、
榊(さかき)、
に対して、
梻、
という国字が作られた(岩波古語辞典)。
モクレン科の常緑小高木(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・日本語源大辞典)、
シキミ科の常緑小高木(動植物名よみかた辞典・世界大百科事典)、
とされたりするが、現在は、
マツブサ科(旧キシミ科)の常緑小高木、
とされ(広辞苑・デジタル大辞泉)、
各地の山林に生え、墓地などにも植えられる。高さ三~五メートル。葉は互生するが枝先に密につくため輪生状に見え、革質の倒卵状狭長楕円形で長さ約七センチメートル。分枝も葉と同様やや輪生状に出る。春、葉腋(ようえき)に淡黄白色の花被をもつ径約二・五センチメートルの花をつける。果実は有毒で径約二センチメートルの扁平な球形。熟すと星形に裂け、黄色の種子をはじき出す。全体に香気があり、枝を仏前にそなえ、葉から抹香(まっこう)や線香をつくる。材は数珠(じゅず)などとする。材は有用で、緻密(ちみつ)で粘り強く、割れにくいといわれている、
などとある(精選版日本国語大辞典・広辞苑・世界大百科事典)。また、
シキミは果実に毒があり、香りも強いため、新しい墓や山の畑に植えて、害獣の被害を防ぐことも行われる、
ともある(仝上)。なお、シキミとしばしば混同された、
トウシキミ(八角茴香(ういきよう)または大茴香)、
の果実は、香辛料として有名で、欧米ではスター・アニスstar-aniseとして珍重されたが、シキミは全木有毒で、果実はとくに毒性が強く、甘いが食べると死亡することすらある。殺虫剤としても使われる、
という(仝上)。
しきみ、
は、別に、
キシビ、
コウシバ、
木密、
仏前草、
はなのき、
こうのき、
まっこうぎ、
樒(きしみ)の木、
莽草(もうそう)、
花柴(はなしば)、
花榊(はなさかき)、
などともいう(仝上・デジタル大辞泉)。
奥山の之伎美(シキミ)が花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ(万葉集)、
と、
しきみの花、
も詠まれている。
きしみ、
の由来は、
重實(シキミ)の義、實、重(しげ)くつく故かと云ふ。神武紀の長歌「イチサカキ、ミノ多ケク(しきみナリト)」と見えたり、字も、木蜜を二合して作れり、多く佛に供すれば、木佛の二合字もあり(大言海)、
実が多くつくところから、シキミ(繁子)の義(万葉考)、
実に毒があるところから、アシキミ(惡実)の上略(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・塩尻拾遺・日本語の語源)、
花が咲かずに実がなるところから、イヤシキ実か(和句解)、
などと、
「しきみ」の「み」を「実」の意、
とする説は、
上代では「実」が乙類の仮名で記されているのに対し、「しきみ」の「み」は甲類の仮名で表記されているから別語、
とある(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。
その他、
シキは、その葉のシゲキ(茂)ところから、ミは助詞(東雅)、
動詞シク(瀕・重)の派生形シキム・シキブの連用形からか(語源辞典・植物篇=吉田金彦)
シはクシ(臭)の約(松屋筆記)、
シキメキ(繁芽木)の義(日本語原学=林甕臣)、
シゲモリ(茂守)の義(名言通)、
「敷き+満つ」、匂いの敷き満つ木の音韻変化(日本語源広辞典)、
等々とあるが、はっきりしない。ただ、
しきみ、
の異名、
花柴(はなしば)、
については、
「Fanna Skiba」は「花がたくさん咲く臭き葉しきば」であり、「くしきは」が 「Skiba シキバ」になった、
とする説(廻国奇観)があり、
それとの類比で、
木全体に芳香があるため、「臭き木、臭き実」の意味から、「臭実 :くしきみ」という名が起こり、それが「シキミ」となった、
とする(https://warpal.sakura.ne.jp/kbg/shikimi/shikimi.html)。上述のように、「実」の音韻上の難点があるので、賛同しかねるが、この「匂い」との関連に、語源がありそうではある。なお、
榊、
が神事に使われるのに対し、
しきみ、
は花柴(はなしば)、花榊(はなさかき)とも呼ばれるように、仏前に供えたり棺に入れるなど、おもに仏事や葬式に用いられ、墓などによく植えられるし、葉や樹皮からは抹香や線香も作られる。しかし、平安中期の神楽歌の中に、
榊葉の香をかぐわしみ求めくれば八十氏人ぞ圓居せりける 圓居せりける、
とあるように、シキミも古くは、
神事用の常盤木(ときわぎ)であるサカキの一つ、
として、
神仏両用に使われ、独特の香りをもつために、香の木、香の花、香柴とも呼ばれた。中世に入ると、シキミはもっぱら仏事に使用されるようになったが、京都の愛宕(あたご)神社ではシキミを神木としており、また愛知県北設楽郡などでは門松にシキミを使うように、少数ながら仏事以外に用いる例もある、
とある(世界大百科事典)。
「樒(櫁)」(漢音ビツ、呉音ミツ・ミチ)は、
会意兼形声。「木+音符密(びっしり茂る)」、
とある(漢字源)。なお、
「樒」と「櫁」は同字、
とあり(https://kakijun.jp/page/mitb18200.html)、
「樒」が正字、「櫁」が異字体、
である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AB%81)。なお、字通には、
形声。声符は密(みつ)。〔玉篇〕に「香木なり。香を取るときは、皆當(まさ)に豫(あらかじ)め之れを斫(き)るべし。久しくして乃ち香出づ」とあり、字は蜜に従う。空海の〔篆隷万象名義〕には字を樒に作り、「香水、朽腐するもの」とする。中国では〔明史〕に「朱睦樒」という人名がみえる。〔和名抄〕に「之岐美(しきみ)」と訓するが、〔本草和名〕には莽草を「之岐美乃木(しきみのき)」と訓している。
「梻」(シキミ)は、
会意。「木+佛」で、佛前に供える木の意からの和製漢字、
である(漢字源)。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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