大和かも海のあらしの西吹かばいづれの浦にみ舟つながむ(三統理平)、
に、
賀茂社の午日(うまのひ)唱(うた)ひ侍るなる歌、
とある、
賀茂社の午日、
とは、
賀茂祭は四月、酉の日に行われるが、「午日」は、その前日の午の日、この日、齋院の御禊(ごけい)が行われる、
とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。「齋院」については「齋院」、「返さの日」で触れた。
斎院御禊、
は、
祭の日に先立って、午または未(ひつじ)の日に、天皇の名代として賀茂神社に奉仕する斎院(未婚の内親王または女王)の御禊(ごけい)が賀茂川で行われました、
とあり(https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/emaki71)、華やかな行列が仕立てられ、人々が物見に集まり、『源氏物語』葵巻で語られた車争いは、この折のことでした(仝上)とある。
御禊、
は、広くは、
君が代の千歳の数も隠れなく曇らぬ空の光にぞ見る(新古今和歌集)、
の詞書に、
堀河院の大嘗会御禊、日頃雨降りて、その日になりて空晴れて侍りければ、紀伊典侍に申しける、
と、
大嘗会御禊、
とあるように、
大嘗会の一ヶ月前に天皇が賀茂河原に行幸して禊(みそぎ)をすること、
で、この歌の御禊は、寛治元年(1087)十月二十二日に行われた(久保田淳訳注『新古今和歌集』)ものだが、
伊勢の斎宮や賀茂の齋院が卜定(ぼくじょう)の後や祭りの前に賀茂川などで行うみそぎ、
にもいう(広辞苑)。ちなみに、
禊、
は、
神事などの前に、厠躬で身を洗い清めること、
をいう。記紀神話の中で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が神避(さか)りました妻の伊弉冉(いざなみ)尊を黄泉(よみ)国に訪ねたのち、その身体についた汚穢(おえ)を祓い清めるために、
筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の檍原(あわぎはら)に出(い)でまして禊祓をされた、
とあるのに始まるとされる(仝上)。
なお、新嘗祭の前日夕刻に天皇の鎮魂を行う儀式「鎮魂祭(ちんこんさい)」については、「鎮魂(たましずめ)」で、大嘗会については、「鬢だたら」、「五節の舞」、「御嘗(おほんべ)」でも触れた。
また、賀茂社における午の日は、「みあれ」で触れたように、
みあれの日、
でもあり、
賀茂祭の前に行われる神招(お)きの神事が行われる中の午の日、
とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、
跡垂れし神にあふひのなかりせば何に頼みを掛けて過ぎまし(賀茂重保)、
の詞書に、
みあれにまゐりて、社の司(つかさ)おのおの葵をかけけるによめる、
とあるように、
みあれ、
ともいう(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、
御阿礼神事(みあれしんじ)、
のことである。
御阿礼、
は、
御生、
とも当て、
神または貴人が誕生・降臨すること、
をいい(広辞苑)、
ミは接頭語、アレは出現の意、祭神の出現・降臨の縁となる物の意、転じて、奉幣(神に幣帛を捧げること)の意、
とある(岩波古語辞典)。
阿礼、
は、
アル(生 神や人形を成して忽然と出現して存在する意、阿礼と同源)の名詞形。出現の意、
で、
祭神の出現の縁となる物、榊など、それに種々の木綿(ゆふ)を垂らして使う、
とある。一緒の、
よりしろ(依代・憑代)、
である。だから、「阿礼」は、
奉幣の義、
となる(大言海)。多くは、「御阿礼」は、
賀茂のみあれ(御生)、
を指し、古くは四月の中の午の日(二回目の午の日、現在は五月一二日)、
京都の賀茂別雷(かもわけいかずち)神社(上賀茂神社)で葵祭の前儀として行なわれる神事、
をいい、
神社の北西約880mの御生野(みあれの)という所に祭場を設け、夜半暗黒のうちに、ここで割幣をつけた榊に神を移す神事を行い、これを本社に迎える祭りである。祭場には、720cm四方を松、檜、賢木(さかき)などの常緑樹で囲んだ、特殊の神籬(ひもろぎ)を設け、その前には円錐形の立砂一対を盛る。この神籬前庭では修祓(しゆばつ)ののち奉幣行事を行い、葵桂を挿頭(かざし)にし、饗饌の儀(献の式)をして、手水をつかい、灯火を消し、矢刀禰(やとね)(神職)5員がそれぞれ榊をもって立砂を3周し、神移しを行う。これを本社に捧持する。本社では、開扉して葵桂を献じ、祝詞を奏して閉扉する、
とあり(世界大百科事典・精選版日本国語大辞典)、
別雷神の出現・再現を感受しようとする神事、
で(仝上)、賀茂御祖(かもみおや)(下賀茂)神社では、御蔭祭(みかげまつり)と称する神迎えの神事がある。
御阿礼祭(御生祭 みあれまつり)、
ともいう(仝上)。平安時代の『内蔵寮式』賀茂祭に、
下社、上社、松尾社、社別、阿礼料、五色帛、各六疋、……盛阿礼料筥、八合、
とある。
賀茂祭については、「もろかづら」で触れた。
(「午」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%88より)
「午」(ゴ)は、
象形。上下運動を交互に繰り返して、穀物をつくきねを描いたもので、交差し、物をつく意を含む。杵(きね)の原字。また十二進法では、前半が終り、後半が始まる位置にあって、前後交差する数のことを午(ゴ)という、
とある(漢字源)。他に、
象形。杵を象る。「きね」を意味する漢語{杵 /*tkaʔ/}を表す字。のち仮借して「十二支の7番目」を意味する漢語{午 /*ngaaʔ/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%88)、
象形。きねの形にかたどる。「杵(シヨ)」の原字。借りて、十二支の第七番目に用いる(角川新字源)、
象形文字です。もちをつく時に使う「きね」の象形。両人がかわるがわる手にしてもちをつく、交互になる事から陰陽の交差する十二支の第七位の「うま」・「時刻では正午」を意味する「午」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji363.html)、
とあり、十二支との関連に解釈の差がある。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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