2024年11月06日

更衣


散りはてて花の蔭なき木の本にたつことやすき夏衣かな(前大僧正慈円)、

の、

詞書に、

更衣をよみ侍りける、

とあるが、この、

更衣、

は、

四月一日に春着を単の夏衣に替えること、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

ころもがへ、

は、

更衣、
衣更、
衣替、

等々と当て(精選版日本国語大辞典)、

時雨うちして、物あはれなる暮つ方、中将の君、鈍色の直衣、指貫うすらかに衣かへして、いとををしう、あざやかに、心はづかしきさまして、まゐり給へり(源氏物語)、

と、文字通り、

着ている衣服を別の衣服に着かえること、
着がえ、

の意だが、

四月になりぬ、ころもがへの御装束、御帳(みちょう)のかたびらなど、よしあるさまにし出づ(源氏物語)、

と、

毎年、季節に応じて着物を着かえたり調度を改めたりすること、

をいい、

1年を2期に分けて、4月朔日(1日)から9月晦日までを夏装束、10月朔日から3月晦日までを冬装束とし、4月と10月の朔日に、それぞれ服飾はもとより室内の調度を改めるのを例とした、

ので、この日を、

更衣、

といった(世界大百科事典)。平安時代の公家は、

四月一日から冬の小袖(こそで)をやめて薄衣(袷 あわせ)にかえ、寒い時は下に白小袖を用い(白重(しらがさね))、
五月五日から帷子(かたびら)を着、涼しい時は下衣を着(一重がさね)、
六月に単襲(ひとえがさね)、
八月一五日から生絹(すずし)にかえ、
九月一日から袷を、
同九日から綿入れを着、
十月一日から練絹(ねりぎぬ)の綿入れ、

に着かえることが年中行事であった(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。建武年中行事に、

四月ついたち、御衣がへなれば、所々御装束あらたむ、御殿御帳のかたびら、おもてすずしに、胡粉(ごふん)にて絵をかく、壁代(かべしろ)みなてっす、よるの御殿もおなじ、灯籠の綱、おなじ物なれど、あたらしきをかく、畳おなじ、しとねかはらず、御服は御直衣(のうし)、御ぞすずしの綾の御ひとへ、御はり袴、内蔵寮(くらのつかさ)より是をたてまつる、女房きぬあはせのきぬども、衣がへのひとへからぎぬ、すずし、裳(も)、常のごとし、

とあるように、夏になると、衣服は単(ひとえ)とするだけでなく、

壁代(かべしろ)(壁のかわりに垂らした几帳(きちょう)のようなもの)をかたづけて帷子(かたびら)(几帳、帳(とばり)などに用いる一重の布)をかけ、御座を敷き改め、

た(日本大百科全書)。『西宮記(さいぐうき)』所引の『蔵人式(くろうどしき)』や『北山抄』などによれば、

殿上で采女(うねめ)・女蔵人などを率いて天皇の朝膳(あさのおもの)などに奉仕し、また「内宴」のときの陪膳(ばいぜん)を勤める、

とあり、『清涼記』(村上(むらかみ)天皇撰(せん))には、

員数12人、

としている(仝上)。室町時代以後は、綿入れ、帷子(裏をつけない一重の服)が用いられるようになり、

四月一日に綿入れを袷(あわせ)にかえ、
十月一日に袷を綿入れに

かえるようになった。前者を、

綿抜(わたぬき)の一日、

後者は、

後(のち)の衣更、

ともいった(仝上・岩波古語辞典)。江戸末期の東都歳事記に、

四月朔日、更衣、今日より五月四日迄貴賤袷衣(こうい)(あわせ)を着す。今日より九月八日まで足袋をはかず。庶人単羽織(ひとえばおり)を着す、

とあり(世界大百科事典)、4月1日から綿入れの衣を脱ぐことから、四月一日と書いて、

わたぬき、

とよむ風が起こった(碧山日録)とある。なお、

衣更、

とあてる、

ころもがえ、

は、別に

男女互いに、衣服を交換(とりか)へ、或いは、借りて着ること、

をいい、古へは、

男女の服、其製、同じくして、筒袖にて、丈は、膝までのものなりき、交換するは、情交の上のことなりしが如し、

とあり(大言海)、

己呂毛加戸(かろもかへ)せむや、さ公達(きむだち)や、我が衣(きぬ)は野原篠原萩の花摺や、さきむだちや(催馬楽)、

と、

男女が互いに衣服を交換し、共寝した、

の意で使う(広辞苑・大言海)。なお、

更衣、

を、

こうい(カウイ)、

と訓ますと、漢語で、

更衣直夜房(高啓)、

と、

着物を着換える、
衣替え、

の意だが、我が国では、もちろん、

ころもがへ、

とも訓ませて、

衣服を着換える、

意でも使い、特に、

「更衣(コロモカヘ)(〈注〉カウイ)一日 白重(しらかさね)(俳諧「増山の井(1663)」)、

と、四月の、

初夏の衣がえ、

をさす(精選版日本国語大辞典)が、平安時代の、

女御(にょうご)の次位にあって、天皇の衣を替えることをつかさどり、天皇の寝所にも持す、

後宮の女官の意で使う。この称、

仁明天皇の御代より見ゆ、嬪(ヒン)の称失せて、起れるなり、

とある(大言海)。

嬪、

は、

古へ、女官の號、後の更衣、

とある。元は、

天子の、御更衣(ころもがへ)の便殿(びんでん 便宮(べんきゅう) 休憩のために設けられた部屋)の名、それが、御更衣を司るの女官の名となれるなりと云ふ、漢書、田廷傳の更衣の註に、「為休息易衣之處、亦置宮人」、

とあり(大言海)、地位は女御の下で、

納言およびそれ以下の家柄の出身の女で、ふつう五位、まれに四位に進む者があった、

とある(精選版日本国語大辞典)。本来は、というか、女官として、

天皇の衣替えをつかさどる役であったが、のち、寝所に奉仕するようになった、

とされ(精選版日本国語大辞典)、

更衣、

は、

天皇の侍妾、

であり、

古代の天皇の令外の〈きさき〉の称、

で、おそらく上述の女官の実務には関与しなかったであろう(日本大百科全書)とある。

女御(にようご)の下位にあり、ともに令制の嬪(ひん)の下位に位置づけられた。位階は五位または四位止りであった。皇子女をもうけた後は御息所(みやすどころ)とよばれたが、出身が皇親氏族・藤原氏・橘氏など有力氏族以外の更衣所生の皇子女は源氏となった、

とあり(山川日本史小辞典)、その成立は9世紀初頭。

嵯峨朝における源氏賜姓と深くかかわる。更衣の生んだ皇子女は、更衣たちが皇親系諸氏、藤原氏、橘氏等有力氏族出身者である場合を除いてすべて源氏を賜姓した。史料的には後三条朝を下限とする、

とある(仝上・世界大百科事典)。延喜式(927成立)には、

妃、夫人、女御(にようご)、

の后妃がみえるが、定員のない女御は光仁朝に登場し、平安初期に、

更衣(こうい)、

が生まれて、妃、夫人の称号は廃絶した(仝上)とある。

「替」.gif


「替」 金文・戦国時代.png

(「替」 金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%BFより)

「替」(漢音テイ、呉音タイ)は、

会意文字。「夫(おとこ)ふたり+曰(動詞の記号)」で、Aの人からBの人へと入れかわる動作を示す、

とある(漢字源)。別に、

会意文字です。「口を開けた2人」の象形と「太陽」の象形から、2人の役人が太陽の下で大声をあげて引き継ぎを行うさまを表し、そこから「かわる(交替)」を意味する「替」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1291.htmlが、他に、

形声。曰と、音符竝(ヘイ)→(テイ)(㚘は変わった形)とから成る。廃止する、ひいて「かえる」意を表す、

と(角川新字源)、形声文字とする説もある。

「更」.gif


「更」(漢音コウ、呉音キョウ)は、「深更」で触れたように、

会意。丙は股(もも)が両側に張り出したさま。更は、もと「丙+攴(動詞の記号)」で、たるんだものを強く両側に張って、引き締めることを示す、

とある(漢字源)。

「更」は、

「㪅」の略字、

とありhttps://okjiten.jp/kanji1319.html、また、

𠭍、

とともに、異字体ともあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%B4ので、その意味がよくわかる。

別に、

会意文字です(丙+攴)。「重ねた台座」の象形と「ボクッという音を表す擬声語と右手の象形」(「手で打つ」の意味)から、台を重ねて圧力を加え固め平らにする事を意味し、そこから、「さらに(重ねて)」、「あらためる」、「かえる」を意味する「更」という漢字が成り立ちました、

とあるhttps://okjiten.jp/kanji1319.htmlように、「更」は、「更新」「更改」というように、「変わる」「改まる」という意であり、「変更」「更代(=交代)」というように、「代わる」である。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:56| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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