投轄(とうかつ)


乗興宜投轄(興に乗じては宜しく轄を投ずべし)
邀歓莫避驄(歓を邀(もと)めては驄を避くる莫(な)し)(高適・陪竇侍御泛霊雲池)

の、

驄(そう)、

は、

葦毛(あしげ)の馬、

の意で、

あおうま、

ともいい、

青黒い毛と白い毛の混ざった馬、

をいう。

避驄、

は、

御史(竇侍御)をおそれて避けること、

の意だが(侍御は官名侍御史の略称)、この背景になっているのは、

百官の非違を摘発する、

のが、

御史、

の役目で、

拝侍御史、常乗驄馬、京師畏憚、為之語曰、行行且止、避驄馬御史(御漢書・桓典伝)、

と、

後漢の桓典が御史となったとき、常に驄馬(そうば あしげ)に乘ったため、その剛直さをおそれた人々が、「驄馬御史を避けよ」と言い合った、

という故事がある。

投轄(とうかつ)、

の、

轄、

は、

車輪を軸にとめつけるくさび、

で、

輪をはめて、軸頭に挿すもの、

なので、それで、

車輪を止めておく、

ことになる。転じて、「轄」は、

管轄・所轄・総轄・直轄・統轄、

等々、

物事を中心に取りまとめること(精選版日本国語大辞典)、
ある範囲をおさえて支配する(デジタル大辞泉)、

意でも使うが、

投轄、

つまり、

轄を投ず、

は、

車のくさびを外し、客を留める、

意になり(字通)、

客をねんごろに留むるにいふ、

とある(字源)。この背景にあるのは、。『漢書』陳遵(ちんじゅん)伝の、

遵耆酒、每大飲、賓客滿堂。輒關門、取客車轄投井中。雖有急、終不得去(遵(じゅん)酒(さけ)を耆(たしな)み、大(おお)いに飲(の)む毎(ごと)に、賓客(ひんかく)堂(どう)に満(み)つ。輒(すなわ)ち門(もん)を関(とざ)し、客(かく)の車轄(しゃかつ)を取(と)り井(せい)中(ちゅう)に投(とう)ず。急(きゅう)有(あ)りと雖(いえど)も、終(つい)に去(さ)ることを得(え)ざらしむ)、

とあるhttps://kanbun.info/syubu/toushisen140.html、前漢の陳遵(ちんじゅん)が、

酒を好み、客を招いて宴を開き、客が途中で帰らぬようにと、客の車の轄(くさび)を抜き取って井戸の中に投げ込み、急用があっても帰れないようにした、

という故事である。

乗興、

は、

感興のわくままに。興の赴くままに、

の意で、『晋書』王徽之(きし)伝の、

嘗居山陰、夜雪初霽、月色清朗、四望皓然。獨酌酒、詠左思招隱詩、忽憶戴逵。逵時在剡、便夜乘小船詣之、經宿方至、造門不前而反。人問其故、徽之曰、本乘興而行、興盡而反。何必見安道邪(嘗て山陰に居り、夜雪初めて霽(は)れ、月色(げっしょく)清朗(せいろう)、四望(しぼう)皓然たり。独り酒を酌みて、左思(さし)の招隠(しょういん)の詩を詠じ、忽ち戴逵(たいき)を憶う。逵(き)時に剡(せん)に在り、便(すなわ)ち夜小船(しょうせん)に乗じて之に詣(いた)り、宿(しゅく)を経て方(まさ)に至り、門に造(いた)りて前(すす)まずして反(かえ)る。人其の故を問う、徽之曰く、本(もと)興に乗じて行き、興尽つきて反る。何ぞ必しも安道(あんどう 戴逵の字(あざな))を見みんや、と)、

と、

東晋の王徽之が冬の夜、雪を愛でながら酒を飲み、左思の「招隠の詩」を詠じていたが、ふと剡渓にいる友人の戴逵を訪ねようと思いたち、小舟に乗って出かけた。しかし、門前まで来て引き返してしまった。人がその理由を尋ねたところ、「自分は興に乗じて来て、興が尽きて帰ったのだ」と答えた、

という故事を踏まえるhttps://kanbun.info/syubu/toushisen140.html。なお、

莫避驄、

は、

侍御史を畏れて避けることはない。無礼講といきましょう、

という意味だが、これは、上述した『後漢書』桓典伝の、

桓典が侍御史に任じられたとき、その厳正さに権力を握っていた宦官たちは畏れをなした。桓典はいつも驄馬(そうば 黒毛と白毛のまざった馬)に乗っていたので、京師の人々は「行き行きて且かつ止とどまれ、驄そう馬ば御史を避けよ」と言い合った、

という故事を踏まえる(仝上)。

「轄」.gif

(「轄」 https://kakijun.jp/page/1738200.htmlより)

「轄」(漢音カツ、呉音ゲチ)は、

会意兼形声。害(ガイ・カツ)は、口に上にふた(おおい)をかぶせて押さえたさまをしめす会意文字。途中でおさえとめるの意を含む。轄は「車+音符害」で、車輪が軸から抜けないようにとめるくさび、

とある(漢字源)。転じて、「物事のわくがはずれないように、おさえる、取り締まる」意で、「管轄」「総轄」等々の意で使う。別に、

会意兼形声文字です(車+害)。「車」の象形と「屋根の象形と切り刻む象形と口の象形」(祈りの言葉を切り刻みふさぐさまから、「わざわい・さまたげ」の意味)から、「車が車軸からずれ抜けるのをさまたげるためのくさび」、「とりしまる」を意味する「轄」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1839.htmlが、

形声。「車」+音符「害 /*KAT/」。「くさび」を意味する漢語{轄 /*graat/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BD%84)

形声。車と、音符害(カイ)→(カツ)とから成る。車が車軸からはずれるのを止める「くさび」の意を表し、借りて、とりしまる意に用いる(角川新字源)、

は、形声文字とする。

参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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