2024年11月12日
標(しめ)
玉柏茂りにけりなさみだれに葉守の神のしめはふるまで(藤原基俊)
の、
葉守の神の、
は、
葉守の神が、
の意。
「の」は主語を表す、
と見る(久保田淳訳注『新古今和歌集』)とし、
葉守の神、
は、
木に宿って葉を茂らせ、木を守る神、
で、
楢の葉の葉守の神のましけるを知らでぞ折りしたたりなさるな(後撰和歌集)、
を引く。また、
しめはふるまで、
は、
注連縄を張るまでに、
の意、
はふる、
は、
はふ、
の連体形とある(仝上)。なお、
わぶる、
とする異文ならば、
注連縄を張れないまでに、
の意となる(仝上)。なお、
玉柏(たまがしわ)、
の、
玉、
は、
美称、
てあるが、
たま(魂・魄)、
で触れたように、
たま、
は、
魂、
魄、
霊、
と当て、「たま(玉・珠)」が、
タマ(魂)と同根。人間を見守りたすける働きを持つ精霊の憑代となる、丸い石などの物体が原義、
とある(岩波古語辞典)。依り代の「たま(珠)」と依る「たま(魂)」とが同一視されたということであろうか。
未開社会の宗教意識の一。最も古くは物の精霊を意味し、人間の生活を見守り助ける働きを持つ。いわゆる遊離靈の一種で、人間の体内から脱け出て自由に動き回り、他人のタマとも逢うこともできる。人間の死後も活動して人を守る。人はこれを疵つけないようにつとめ、これを体内に結びとどめようとする。タマの活力が衰えないようにタマフリをして活力をよびさます、
ともある(仝上)。だから、いわゆる、
たましい、
の意であるが、
物の精霊(書紀「倉稲魂、此れをば宇介能美柂麿(うかのみたま)といふ」)、
↓
人を見守り助ける、人間の精霊(万葉集「天地の神あひうづなひ、皇神祖(すめろき)のみ助けて」)、
↓
人の体内から脱け出して行動する遊離靈(万葉集「たま合はば相寝むものを小山田の鹿田(ししだ)禁(も)るごと母し守(も)らすも」)、
↓
死後もこの世にとどまって見守る精霊(源氏「うしろめたげにのみ思しおくめりし亡き御霊にさへ疵やつけ奉らんと」)、
と変化していくようである。そこで、
生活の原動力。生きてある時は、體中に宿りてあり、死ぬれば、肉體と離れて、不滅の生をつづくるもの。古くは、死者の魂は、人に災いするもの、又、生きてある閒にても、睡り、又は、思なやみたる時は、身より遊離して、思ふものの方へゆくと、思はれて居たり。生霊などと云ふ、是なり。故に鎮魂(みたままつり)を行ふ。又、魂のあくがれ出づることありと、
ということになる(大言海)。
玉柏、
の、
たま、
には、
柏の葉、
を、
祭祀具として用いる。
とある(https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1963652636&owner_id=17423779)ので、
柏のもつ霊力に期するところがあり、だからこそ、
美称、
でもあったのではないか。だから、
葉守の神、
という樹神の、
木、特に柏に宿って葉を守る神、
を、葉の茂る頃、
ゆう(木綿)を付け注連を張って祭る、
のではないか(仝上)。
しめ、
は、
標、
注連、
と当て、由来については、
占むの連用形の名詞化から(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
シリクメナハの約なる、シメナハの略(大言海・東雅)、
シメ(閉)の義(大言海)、
シメ(締)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
自分が占めたことを標す義(国語溯原=大矢徹)、
これを張って出入をイマシメルところから(和句解・日本釈名・柴門和語類集)、
シヘ(後隔)の義(言元梯)、
等々の諸説あるが、意図はほぼ同じとみていい。なお、
しめくりなは、注連縄で触れたように、
は、
注連縄、
尻久米縄、
端出縄、
などと当て、
「しめなは」の古語、
であり(広辞苑)、
布刀玉(ふとだま)の命、尻久米(クメ 此の二字は音を以ゐよ)縄を其の御後方(みしりえ)に控(ひ)き度(わた)して白言(まを)ししく(古事記)、
と、
端(しり)を切りそろえず、組みっぱなしにした縄、
の意である(仝上)
占む、
標む、
と当てる動詞があり、
物の所有や土地への立ち入り禁止が、社会的に承認されるように、物に何かを結いつけたり、木の枝をその土地に刺したりする意、
とある(岩波古語辞典)。だから、
占有のしるしをつける、
占有する、
という意味で、
閉める、
締める、
ともつながる。
標、
は、
後(おく)れ居て恋ひつつあらずは追ひ及(し)かむ道の阿囘(くまわ)に標(しめ)結へ吾が兄(せ)(万葉集)、
と、
山道などに、先づ行く人の、柴などを折りて、牓示(しるし)とするもの、又は、牓示として、立つるもの、
で、もと、
縄を結び付けて、標(しるし)とせし故に(即ち、しめなは)、結ふという、
とあり(大言海)、それが、
如是(かか)らむと豫(か)ねて知りせば大御船泊(は)てし泊りに標(しめ)結はましを(万葉集)、
と、
占むること、
の意に転じ、
物事に限りを立て、入るを禁ずる、僚友の標に付け置くもの、
の意に絞られ(仝上)、
かくしてやなほやなりなむ大荒城(おほあらき)の浮田(うきた)の杜(もり)の標(しめ)にあらなくに(万葉集)、
と、さらに限定して、
神の居る地域、また、特定の人間の領有する土地であるため、立入りを禁ずることを示すしるし。木を立てたり、縄を張ったり、草を結んだりする、
意となり、
恋の相手を独占する気持や、恋の相手が手のとどかないところにいることなどを、比喩的に表現するのにも用いる、
とある(精選版日本国語大辞典)。和名類聚抄(931~38年)には、
五月五日、競馬立標、標、讀、師米(結縄法 縄を締めて標となす)、
とあり、平安後期の有職故実書『江家次第(ごうけしだい)』には、
木工寮、四面曳標、四角立標(人を入らせじとてなり)、
とある。こうなると、
標、
は、
注連縄、
の略となる。
注連縄、
については触れたが、
神域など神聖な場所を限って不浄悪穢の侵入を防ぐ縄、
で、
標縄、
七五三縄、
とも書き、記紀では、
尻久米縄(しりくめなわ)、
端出之縄(しりくへなわ)、
と書いている。
はふ、
は、
這ふ、
延ふ、
と当て、
延ふ、
は、
這ひ経るの意、這ふに通ず、
とあり、
這ふ、
は、
延ふに通ず、
とある(大言海)。
はらばう(腹這う)、
意なので、
腹、
と繋げて、
ハラ(腹)を用いて進むところから(国語の語根とその分類=大島正健)、
ハラフ(腹経)の義(言元梯・日本語原学=林甕臣)、
等々とする説があるが、はっきりしない。ただ、
幸はふ、
賑はふ、
の、
はふ、
の語源とされている(日本語源大辞典)。
ふりはへて、
で触れたことだが、
ハフは遠くへ這わせる、
意で(岩波古語辞典)、
はふ、
は、
「心ばえ」の、
心延え、
(心の動きを)敷きのばす、
意味と同じで(大言海・岩波古語辞典)、
心延え、
は、
心映え、
とも書くが、
映え、
は、もと、
延へ、
で、
延ふ、
は、
這ふ、
の他動詞形、
外に伸ばすこと、
つまり、
心のはたらきを外におしおよぼしていくこと、
になる(岩波古語辞典)。
「標」(ヒョウ)は、「澪標」で触れたように、
会意兼形声。票は「要(細くしまった腰、細い)の略体+火」の会意文字で、細く小さい火のこと。標は、「木+音符票」で、高くあがったこずえ
とあり(漢字源)、別に、
会意兼形声文字です(木+票)。「大地を覆う木」の象形と「人の死体の頭を両手でかかげる象形と燃え立つ炎の象形」(「火が高く飛ぶ」の意味)から「木の幹や枝の先端」を意味する「標」という漢字が成り立ちました(転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、高くて目につく「しるし」・「めじるし」の意味も表すようになりました)。「標」は略字です、
とある( https://okjiten.jp/kanji718.html)が、
形声。木と、音符票(ヘウ)とから成る。木の「こずえ」の意を表す。借りて「しるし」の意に用いる、
と(角川新字源)、形声文字とするものもある。
「這」(①ゲン、②シャ)は、
会意兼形声。「辵(足の動作)+音符言(かどめをつけていう)」で、かどめのたった挨拶を述べるために出ていくこと、
とある(漢字源・角川新字源)。迎と類義で、「むかえる」「出迎えてあいさつする」意は、①の音、「これ」「この」の意の場合は、②の音、とある。宋代に、「これ」「この」という意味の語を、遮個、適個と書き、その遮や適の草書体を誤って這と混同したとある(漢字源)。「這」を、我が国で、「はう」意で使うのは、「老人が人を迎えるときによろばい出てくるということから、這の字をあてたもの(仝上)とある。別に、
会意兼形声文字です(辶+言)。「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」、「道」の意味)と「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「(つつし(慎・謹)んで)言う」の意味)から、「道を言う」を意味し、そこから「この」、「これ」を
意味する「這」という漢字が成り立ちました、
とするもの(https://okjiten.jp/kanji2752.html)もある。
「延」(エン)は、「ふりはへて」、「をりはへ」で触れたように、
会意文字。「止(あし)+廴(ひく)+ノ印(のばす)」で、長く引きのばして進むこと、
とある(漢字源)。別に、会意文字ながら、
会意。「彳(道路)」+「止 (人の足)」で、長い道のりを連想させる。「のびる」を意味する漢語{延 /*lan/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BB%B6)、
会意文字です(廴+正)。「十字路の左半分を取り出しさらにそれをのばした」象形と「国や村の象形と立ち止まる足の象形」(「まっすぐ進む」の意味)から、道がまっすぐ「のびる」を意味する「延」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1012.html)、
と、構成を異にするが、
形声。意符㢟(てん)(原形は𢓊。ゆく、うつる)と、音符𠂆(エイ)→(エン)とから成る。遠くまで歩く、ひいて、「のびる」意を表す(角川新字源)、
と形声文字とする説もある。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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