拙を養う
谷神如不死(谷神(こくしん) 如(も)し死せずんば)
養拙更何郷(拙を養うは更に何れの郷(きょう)ぞ)(杜甫・冬日洛城北謁玄元帝廟)
の、
谷神、
は、老子に、
谷神死せず、是を玄牝(げんぴん)と謂う、
とあるのにもとづき、この句の解釈には諸説あるが、この詩で、
杜甫は老子の精神というほどの意味で「谷神」を理解していたのであろう、
とある(前野直彬注解『唐詩選』)。
養拙、
は、
老子の主張は、剛よりは柔を、巧よりは拙を、賢よりは愚を貴いとするにあり、柔や拙の中に人間の正しい道があると考えた。だから拙を養うことは、人間の本性を陶冶し、正しい生き方を求めてゆくことになる、
と注釈する(仝上)。
谷神(こくしん)、
は、「老子」六章の、
谷神不死、是謂玄牝、玄牝之門、是謂天地根、綿綿若存、用之不勤(谷神死せず、是れを玄牝(げんびん)と謂ふ。玄牝の門、是れを天地の根と謂ふ。緜緜(めんめん)として存するが若(ごと)く、之れを用ふるも勤(つ)きず)、
の注記に、
谷神、谷中央無谷、無形無影、無逆無違、処卑不動、守静不衰、谷以之成、而不見其形、此至物也、
とあるのにより(字通)、
谷の中の空虚なところ、玄妙な道のたとえ、
にいう(精選版日本国語大辞典)。一説に、
谷は穀に通じて養う意、神は五臓の神で、人が神を養うこと、
ともいう(仝上)。隋以前の詩の全集『古詩紀』(明・馮惟訥(ふういとつ)編)に、
要妙思玄牝、虛無養谷神」(要妙は玄牝を思い、虚無は谷神を養う)、
とある(https://kanbun.info/syubu/toushisen147.html)。因みに、
谷神不死、是謂玄牝、
の、
玄牝(げんびん)、
は、
万物の根元、生成の源、
の意(字通)とある。
養拙、
の、
拙
は、
つたない、
という意味だが、
素朴な心、飾り気のない心、
という意味で、昔の額などに、
養其拙(その拙を養う)、
とある。吴鎮の詩に、
我愛晚風清 新篁動清節
腭腭空洞手 抱此歲寒葉
相對兩忘言 只可自怡悅
惜我鄙吝才 幽閒養其拙
野服支扶筇 時來苔上屧
夕陽欲下山 林間已新月(題畫三首 其三)
とあるのに因るが、
素朴な心を持ち続ける、上手く世渡りしない、
という意味(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1420751044)とある。陶潜の「園田の居に帰る」に、
荒(くわう)を開く、南野の際 拙を守りて、園田に歸る
と、
守拙、
ともいい、「老子」第45章に、
大成若缺、其用不弊。大盈若沖、其用不窮。大直若屈、大巧若拙、大辯若訥。躁勝寒、靜勝熱。清靜為天下正(大成は缺けたるが若く、其用弊(やぶれ)ず。大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若く、其用窮まらず。大直(だいちょく)は、屈するが若く、大巧(たいこう)は拙なるが若く、大辯(たいべん)は訥(とつ)なるが若し。躁は寒に勝ち、靜は熱に勝つ。清靜にして天下の正と為(な)る)、
と、
大巧は拙なるが若し、
とある(福永光司訳注『老子』)。潘岳「閑居の賦」(『文選』巻十六)には、
仰衆妙而絕思、終優游以養拙(衆妙(しゅうみょう)を仰ぎて思いを絶ち、終に優游(ゆうゆう)して以て拙を養わん)
とある(https://kanbun.info/syubu/toushisen147.html)。
「拙」(漢音セツ、呉音セチ)は、
会意兼形声。出(シュツ)は、足が凵印の線から出たさまで、標準線より前にでたこと。逆に、後ろに出たのを屈という。拙は、「手+音符出」で、標準より後ろにさがって見劣りすること、
とあり(漢字源)、「つたない」「見劣りがする」のほか、「人口を加えない素朴な心」の意でもある(仝上)。別に、
会意兼形声文字です(扌(手)+出)。「5本の指のある手」の象形と「足がくぼみから出る」象形(「出る」の意味)から、手の技がうまくおさまらず、はみ出る事を意味し、そこから、「つたない」を意味する「拙」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1959.html)が、
形声。「手」+音符「出 /*TUT/」。「おとる」を意味する漢語{拙 /*tot/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%8B%99)、
形声。手と、音符出(シユツ)→(セツ)とから成る。手わざがつたない意を表す(角川新字源)、
も、形声文字とする。
参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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