けなり


起きて見むと思ひしほどに枯れにけにり露よりけなる朝顔の花(新古今和歌集)、

の、

けなり、

は、

まさっている、
格別である、

の意(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

けなり、

は、

異なり、

と当てる(広辞苑)が、

殊なり、

とも(岩波古語辞典)、

羨なり、

とも当て(大言海)、

異(け)なりの義、

とある(仝上)。この当て字からも分かるように、

普通とは違っている、
際立っている、
大したことである、

という状態表現から、

すぐれていてうらやましい、

と、価値表現に転じ(岩波古語辞典・広辞苑)、

あらあら、けなりや、けなりやな。我にも福をたび給へ(虎明本狂言「連歌毘沙門(室町末~近世初)」)、

と、感情表現に用いる(精選版日本国語大辞典)。

けなり、

の、

なり、

は、

指定の助動詞、

とする説がある(広辞苑)。これは、「べらなり」で触れたように、

雁くれば萩は散りぬとさをしかの鳴くなる声もうらぶれにけり(万葉集)、

の、

伝聞・推定のなり、

ではなく、奈良時代から見え、

汝たちもろもろは、吾が近き姪なり(続日本紀)、

と、

……である、

という指定する意味を表す助動詞である(岩波古語辞典)。古くは、

にあり、

であったものが、

niari→nari、

と音韻変化したものである(仝上)。

けなり、

は、形容詞、

「けなりい」の語幹、

ともある(精選版日本国語大辞典)が、

けなりい(異なりい)、

は、

「けなり」の形容詞化、

なので、先後が逆である。ちなみに、

けなりい、

は、

名馬の騏驥(きき)をけなりう思てあれやうに駿逸になりたうこいねがう馬は驥の類ぞ(「玉塵抄(1563)」)、

と、

(対象が、格別であるので)そうありたいと思うさま、うらやましい、

意で。

けなるい、

という言い方もする(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。

普通と異なる、きわだっている、能力などがとくに優れている、のでうらやましい、

という含意が、

そのようにすばらしい様子になりたい、
うらやましい、

へとシフトしている(仝上)。この形容詞「けなりい」の語幹に接尾語「げ」の付いた、

けなりげ、

という言い方もあり、この場合も、

やせて候へども、此の犬はけなりげに候と見候へば、いと惜く候とて、悪(にく)まれ子をとる(「米沢本沙石集(1283)」)、

と、

格別であるさま、
健康や気分などがすぐれているさま、
態度がしっかりしているさま、
丈夫なさま、

の意や、

Qenarigueni(ケナリゲニ) ミユル(「日葡辞書(1603~04)」)、

と、

好ましい物事にうらやましさを持つさま、
また、
まねたり、持ったりしたいと望むさま、

の意で使う(精選版日本国語大辞典)。ただ、

殊勝、

とも当てる(大言海)ので、いわゆる、

けなげ(健気)、

の意と重なり、

かいがいしくみえること、

の意ともなる(仝上)。また、形容詞「けなりい」の語幹に、接尾語「がる」の付いた、

けなりがる、

という言い方もあり、

国・所に御一家の御坊御座なき大坊主の太きなる働きをけなりがること、言語曲事の心得にて候なり(「本福寺跡書(1560頃)」)、

と、

うらやましく思う気持を外に表わす、
うらやましがる、

意で使う(仝上)。

けなり、

の、

け、

は、

異、

と当て、

奇(く)し、異(け)し、の語根(大言海)、
怪の音転(和訓栞)、
カ(気)の変化した語(国語溯原=大矢徹)、
斎・浄の相反する概念を示す語で、ケガレ(穢)の原語、凶異の意にも転用された(日本古語大辞典=松岡静雄)、

等々とされるが、

妹が手を取石(とろし)の池の波の間ゆ鳥が音(ね)異(けに)鳴く秋過ぎぬらし(万葉集)、

と、

普通、一般とは違っているさま、
他のものとは異なっているさま、

の意で、そこから、

秋と言へば心そ痛きうたて家爾(ケニ)花になそへて見まく欲(ほ)りかも(万葉集)、

と、

ある基準となるものと比べて、程度がはなはだしいさま、
きわだっているさま、

の意で、多く、連用形「けに」の形で、

特に、
一段と、
とりわけ、

などの意で、さらに、

御かたちのいみじうにほひやかに、うつくしげなるさまは、からなでしこの咲ける盛りを見んよりもけなるに(夜の寝覚)、

と、

能力、心ばえ、様子などが特にすぐれているさま、
すばらしいさま、

の意で使う(精選版日本国語大辞典)。また、

けな、

の形で、

ヲヲおとなしやけな子やな(浄瑠璃「甲賀三郎(1714頃)」)、

と、

けなげであること、
殊勝であるさま、

の意でも使う(仝上)。由来は、

奇(く)し、異(け)し、の語根、

なのではないかと思うの。

けし

は、

異し、
怪し、

等々と当てる。「けしからん」で触れたが、

普段と異なった状態、または、それに対して不審に思う感じを表す、

とあり(広辞苑)、

いつもと違う、普段と違って宜しくない。別人に事情をもつ、病気が悪いなどの場合に使う(万葉集「はろばろに思はゆるかもしかれどもけしき心を我が思はなくに」)、
劣っている、悪い(源氏「心もけしうはおはせじ」)、
不美人だ(源氏「よき人を多く見給ふ御目にだにけしうはあらずと…思さるれば」)、
(連用形「けしう」の形で副詞的に)ひどく(かげろふ「けしうつつましき事なれど」)、

等々といった意味が載り(岩波古語辞典)、

け(異)の形容詞形。平安女流文学では、「けしうはあらず」「けしからず」など否定の形で使うことが多い(仝上)、
異(ケ)を活用せしむ、奇(く)しと通ず(大言海)、

とあり、「異(け)」には、

奇(く)し、異(け)しの語根(大言海)、

とあり、別に、

怪、

と当てる「怪(け)」も、

怪(カイ)の呉音とするは常説なれど、異(ケ)の義にて、異常のいならむ、

ともある(大言海)。

怪し、

奇し、

とは、どちらから転訛したかは別として、意味の上からは、

普通と違う、

という意味が、だから、

際立つ、

か、

怪しい、

かに転じて行くと思えば、重なるようである。

漢字「異」(イ)は、

同の反。物の彼と此と違うなり、

とあり(字源)、「ことなる」意であり、だから、「怪しい」「奇し」「めずらしい」という意になっていくとみられる。

「怪」(漢音カイ、呉音ケ)は、

会意兼形声。圣は「又(て)+土」からなり、手で丸めた土のかたまりのこと。塊(カイ)と同じ。怪は、それを音符とし、心をそえた字で、まるい頭をして突出した異様な感じを与える物のこと、

とあり(漢字源)、「ふしぎなこと」「あやしげなもの」といった意味を持ち、

「奇」(漢音キ、呉音ギ・キ)は、

会意兼形声。可の原字は┓印で、くっきりと屈曲したさま。奇は「大(大の字の形に立った人)+音符可」で、人のからだが屈曲してかどばり、平均を欠いて目立つさま。またかたよる意を含む、

とあり(仝上)、「めずらしい」「あやしい」という意味を持ち、当てている漢字も、意味の幅が重なる。

「異」.gif


「異」 甲骨文字・殷.png

(「異」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%95%B0より)

「異」(イ)は、

会意。「おおきなざる、または頭+両手を出したからだ」で、一本の手のほか、もう一本の別の手をそえて物を持つさま。同一ではなく、別にもう一つとの意、

とある(漢字源)。しかし、他は、

象形文字。鬼の面をかぶって両手を挙げた形https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%95%B0

象形。人が大きな仮面をかぶって立っているさまにかたどる。神に扮(ふん)する人、ひいて、常人と「ことなる」、また、「あやしい」意を表す(角川新字源)、

象形文字です。「人が鬼を追い払う際ににかぶる面をつけて両手をあげている」象形で、それをかぶると恐ろしい別人になる事から、「ことなる」、「普通でない」を意味する「異」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji972.html

と、いずれも、象形文字としている。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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