人頼め
大荒木(おほあらき)の杜の木の間をもりかねて人頼めなる秋の夜の月(俊成女)、
有明の月待つ宿の袖の上に人頼めなる宵の稲妻(家隆)、
の、
人頼めなる、
は、前者は、
いたずらに人の気を持たせる、
と、後者は、
やっと出たのかといたずらに期待させる、
と注記される(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。
タノメは頼ませる意、
とあり(岩波古語辞典)、形容動詞ナリの、
なら/なり・に/なり/なる/なれ/なれ
の活用で、
実際にはそれほどでもないのに、人に頼もしく思わせること、
とある(広辞苑)。
人に頼もしく思はせて、さもあらぬこと、
人をたらすこと、
とか(大言海)、
人に頼るように仕向けること、
とか(岩波古語辞典)、
人にたのもしく思わせて、実際には、その期待にこたえないこと、
そら頼みさせること。また、そのさま、
とあり(精選版日本国語大辞典)、和歌などでは、
実際は期待に反して頼りにならないことにいう、
とある(学研全訳古語辞典)。たとえば、
かつ越えて別れも行くか逢坂(あふさか)はひとだのめなる名にこそありけれ(紀貫之)、
は、
(あなたは引きとめられているのに)一方で(この山を)越えて別れて行くのか、逢坂(という名)は(「逢う」と)頼もしく思わせるけれども、(期待に反してあてにならない)名前であったのだなあ、
と解釈されている(仝上)。
人頼、
を、
ひとだより、
と訓ませると、
用心時の自身番にも人頼みするこそあれ(浮世草子「好色一代男(1682)」)、
と、逆に、此方が、
他人をあてにすること、
他人に頼んで自分の代わりにしてもらうこと、
また、
事を行なうのに、人まかせにして関知しないこと、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
動詞、
たのむ、
は、
頼む、
恃む、
憑む、
とあて(広辞苑・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
タは接頭語、ノムは、祈(の)むの意か。ひたすら良い結果を祈って、相手に身の将来を任せる意、類義語タヨルは、何かの手がかりに寄りかかって、相手に依存する意、
とあり(岩波古語辞典)、
手を合わせて祈る意から、自分を相手にゆだねて願う意(広辞苑)、
タノム(他祈)の義(柴門和語類集)、
手祈の義(和訓栞)、
人はタノミ(田実 田の実の祝い)を頼りにするところからか(和句解・和訓考・和訓栞)、
等々、
祈る、
という、
神仏頼み、
に原義がありそうである。
祈る、
は、
「い」はイミ(斎・忌)・イクシ(斎串)などのイと同じく、神聖なものの意、斎の意。「のる」はノリ(法)ノリ(告)などと同根、みだりに口に出すべきでない言葉を口に出す意(岩波古語辞典)、
「い」は神聖、斎の意。「のる」は宣るの意(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)
斎(い)告(の)る意(広辞苑)、
斎(い)宣(の)る意(大言海)、
等々と、
神仏に請い願う、
意である。
頼む、
は、
上代・中古においては、
「人ヲ頼む」の形をとって、「信頼し、我が身を託す・期待する」といった意味で用いられることが主であり、「依頼する」の意で用いられた可能性のある用例は、極めてまれである、
とあり(精選版日本国語大辞典)、中世になると、
ヲ格にくる名詞が、「人」から「事柄」へと徐々に交替していき、「依頼する」という意が一般的になってきたと考えられる、
とし、中世には、
「人ヲ頼む」という用法も残しており、「あなたを信頼します」ということで、上向きの丁寧な依頼を行なうために用いられ、
その後、江戸中期以降、
「頼りにする」の意が失われていくにつれ、「丁寧な依頼」としての用法は、「お頼み申します」のような定型化した挨拶表現にのみ残り、代わって、「願う」が用いられるようになっていった
と、用例が変化していったようである(仝上)。
「頼(賴)」(ライ)は、
形声。頼は、「人+貝(財)+音符刺の略体」で、財貨の貸借にさいして、ずるずると責任を他人になすりつけることをあらわす。刺(ラツ)は、音をあらわすだけで、その意味(激しい痛み)とは関係がない、
とある(漢字源)。別に、
形声。貝と、音符剌(ラツ)→(ライ)(は変わった形)とから成る。金銭をもうける意を表す。転じて「たのむ」「たよる」意に用いる。常用漢字は俗字による(角川新字源)、
形声文字です(刺+貝)。「とげの象形と刀の象形」(「刀でとげのように刺す」の意味だが、ここでは、「柬」に通じ(「柬」と同じ意味を持つようになって)、「袋に物を閉じ込める」の意味)と「子安貝(貨幣)」の象形から、金品を袋に閉じこんで、「もうける」を意味する「頼」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1463.html)、
などともある。
「恃」(漢音シ、呉音ジ)は、
会意兼形声。「心+音符寺(=待 じっとまつ)で、あてにして待つこと、
とある(漢字源)。別に、
形声。「心」+音符「寺 /*TƏ/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%81%83)、
ともある。
「憑(慿)」(漢音ヒョウ、呉音ビョウ)は、
会意兼形声。馮(ヒョウ・フウ)は、「馬+音符冫(ヒョウ こおり)」の会意兼形声文字。冫(にすい)は、氷の原字で、ぱんとぶつかり割れるこおり。馬が物を割るような勢いでぱんとぶつかること。憑は「心+音符馮」で、AにBをぱんとぶつけてあわせること。ぴたりとあわせる意からくっつける意となり、AとBとあわせてぴたりと符合させる証拠の意となった、
とある(漢字源)。「憑欄(欄によりかかる)」と、「寄りかかる」意、「憑付」(ヒョウフ)と、「たのむ」意、「憑拠」と、「証拠」の意で使う(仝上)。
参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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