思ひあへず
月見れば思ひぞあへぬ山高みいづれの年の雪にかあるらむ(新古今和歌集)、
の、
思ひあへぬ、
は、
とうてい思いきれない、
と訳注があり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、
一声は思ひぞあへぬほととぎすたそかれ時の雲のまよひに(新古今和歌集)、
の、
思ひあへぬ、
は、
(確かに鳴いたと)思いきれない
と訳注される(仝上)。
あへぬ、
の
あふ、
は、「あへなし」で触れたように、
… しきる、
… しおおせる、
の意である(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
おもひあへず、
は、
思ひ敢へず、
と当て、
伊勢の海の浦のしほ貝拾ひ集め取れりとすれど玉の緒の短き心思ひあへず(古今集)、
と、
思い切れない、
意や、
思ひなるやうもありしかど、ただ今、かく思ひあへず(源氏物語)、
と、
考えつかない、
思い及ばない、
意で使う(デジタル大辞泉)。
かく、おもひもあへず、はづかしきことどもにみだれ思ふべくは(源氏物語)、
と、
思も敢えず、
とも使い、この場合、
考える間もない、
思うこともできない、
意となる(精選版日本国語大辞典)。
ず、
は、
打消しの助動詞、
で、
ず・ず・ぬ・ね、
と活用し、
承ける語の動作・作用・状態を否定する意、
を表す(岩波古語辞典)。で、
思ひ敢ふ、
は、
思い切る、
や、
考え及ぶ、
意になる(仝上)が、多く、
思ひ敢へず、
思ひ敢へぬ、
等々、上記のように、否定の意で使われる例が多い。
あふ(敢ふ)
は、「あへなし」で触れたように、類聚名義抄(11~12世紀)に、
肯、アフ、アヘテ、
敢、アヘテ、
とあり、
合ふと同根、事の成り行きを、相手・対象の動き・要求などに合わせる。転じて、ことを全うし、堪えきる、
とあり(岩波古語辞典)、
大船のゆくらゆくらに面影にもとな見えつつかく恋ひば老い付く我が身けだし堪へむかも(万葉集)、
と、
(事態に対処して)どうにかやりきる、
どうにかもちこたえる、
意から、
秋されば置く露霜にあへずして都の山は色づきぬらむ(万葉集)、
と、
こらえきる、
意となり、動詞連用形に続いて、
神なびにひもろき立てて斎へども人の心はまもりあへぬもの(万葉集)、
と、
……しきれる、
意や、
足玉(あしだま)も手玉(てだま)もゆらに織る服(はた)を君が御衣(みけし)に縫ひもあへむかも(万葉集)、
と、
すっかり……する、
意で使う。
「敢」(カン)は、「あへなし」で触れたように、
会意兼形声。甘は、口の中に含むことを表す会意文字で、拑(カン 封じこむ)と同系。敢は、古くは「手+手+/印(はらいのける)+音符甘(カン)」で、封じ込まれた状態を、思い切って手で払いのけること、
とある(漢字源)。別に、
形声。意符𠬪(ひよう 上下から手をさしだしたさま)と、音符古(コ)→(カム)とから成り、進んで取る意を表す。のち、敢の字形に変わり、借りて、おしきってする意に用いる、
とも(角川新字源)、
会意文字です(又+又+占の変形)。「口」の象形と「占いの為に亀の甲羅や牛の骨を焼いて得られた割れ目を無理矢理、両手で押し曲げた」象形から、道理に合わない事を「あえてする」を意味する「敢」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji1613.html)ある。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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