2024年11月29日

せ(兄)


信濃道(しなぬぢ)は今の墾(は)り道刈りばねに足踏ましむな沓(くつ)はけ我が背(万葉集)、

の、

せ、

は、

背、
兄、
夫、

と当て、

いも(妹)の対、

である。主として女性が用い、

夫、兄弟、恋人などすべて男性を親しんでいう語、

とされる(精選版日本国語大辞典)。

せこ、
せな、
せなな、
せのきみ、
せろ、
せうと、

等々とともいう(仝上)。古えは、

兄弟、長幼を問はず、女は男を以て兄(せ)と言ふ、男は女を以て妹(いも)と言ふ(日本書紀・仁賢紀註)、

とある。女性が、自分の夫あるいは恋人である男性に対して用いる場合は、

後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及(し)かむ道の隈廻(くまみ)に標(しめ)結へ吾が勢(セ)(万葉集)、

と、

畏敬の念を伴わない、

とされ、女性が、

兄または弟に対して用いる場合は、

言問はぬ木すら妹(いも)と兄(せ)と有りと云ふをただ独り子にあるが苦しさ(万葉集)、

と、

年齢の上下を区別しない、

とし、男性が、兄弟その他の親しい男性に対して用いる場合は、

向かつ峰(を)に立てる制(セ)らが柔手(にこで)こそ我が手を取らめ(日本書紀)、

と、

歌語に特有である、

とある(仝上)。これが、

ながらふる妻吹く風の寒き夜に我がせ(勢)の君はひとりか寝(ぬ)らむ(万葉集)

と、専ら、

結婚の相手としてきまった男、
妻問い婚の時代に、訪れてくることを許した男を女が呼ぶ称、

になる(岩波古語辞典・大言海)。これは、

いも

が、

いもうと、

に変化したのに対応して、

せ、

が、

せうと、

に変化したのに伴い、

せ、

は、

夫、

の意に収斂していった(日本語源大辞典)ようである。この、

せ、

は、

兄(エ)の転か、朝鮮語にも、セと云ふ(大言海)、
セ(背)の高いところから(名言通)、
セ(兄)はエ(甲)の義、セ(夫)はテ(手)の義(言元梯)、

等々あるが、普通に考えると、

兄(エ)の転、

とするのが妥当なのだろう。

せ、

が、

いも→いもうと、

の変化に対応して使われた、

せうと(しょうと)、

は、

兄人、
背人、

と当て、

セヒトの音便形である(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

せうと、

は、

二条の后に忍びて参りけるを、世の聞えありければ、せうとたちのまもらせ給ひけるとぞ(伊勢物語)、

と、

女からみて同腹の兄、または弟をいう語、

であり、また、

京極中納言の御むすめ、……民部卿の典侍(すけ)のせうとにてぞおはしける(十六夜日記)、

と、

女からみて姉または妹をいう語、

であるが、平安末期以降、

かのせうとの童(わらは)なる、率(ゐ)ておはす(源氏物語)、
公世の二位のせうとに、良覚僧正と聞えしは(徒然草)、

と、

男の兄弟。兄または弟をいう語、

となり、後には、

もっぱら兄をさす、

とある(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。また、「せ(兄)」の敬称として。

せのきみ(背の君・兄の君・夫の君)、

という使い方もされる。

兄(エ)の転、

とされるが、

兄(え)、

兄(せ)、

では意味が違う。

イモ(妹)、

は、

セ(兄)、

と対であるが、

エ(兄)、

は、

オト(弟)、

と対である。

エ(兄)とオト(弟)、

については、

あに

で触れた。

え、

は、

元来ヤ行のエ、

で、

兄、
姉、

と当て(岩波古語辞典)、

同母の子のうち年少者から見た同性の年長者。弟から見た兄、妹から見た姉、

を指す(仝上)。下から見て、

え、

というのは、

うへ(上、古くはウハ)、

という意味ではあるまいか。『大言海』も、

上(うへ)の約(貴(あて)も、上様(うはて)の約ならむ)、

としている。対語の、

おと、

は、

弟、
乙、

と当て、年上から見て、同性の下のものをいい、

兄に対する弟、
姉に対する妹、

をいった(岩波古語辞典)。で、

え、

は、

弟から見た兄、妹から見た姉、

おと、

は、

兄から見た弟、姉から見た妹、

となる(岩波古語辞典)。なお、

おと、

は、

オトス(落)・オトル(劣)のオトと同根、オトは低い位置、必要な力の少ししかない状態(岩波古語辞典)、
年劣る義、乙の字をも用ゐるは、甲乙の義にて、次なる意か(大言海)、

とある。

「兄」.gif

(「兄」 https://kakijun.jp/page/0514200.htmlより)

「兄」 甲骨文字・殷.png

(「兄」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%84より)

「兄」(漢音ケイ、呉音キョウ)は、

象形。兄は頭の大きい子を描いたもので、大きいの意を含む、

とある(漢字源)。別に、

象形。頭蓋骨が固まった子どもの形から。固まっていないのは兒(児)(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%84)

指事。儿の上に(頭の意)を加えて、頭部の大きな人の意を表す。転じて、年長者の意に用いる。なお、篆文(てんぶん)・楷書(かいしよ)では、兄と、祝(・)の旁(つくり)の兄とが、同じ字形になっているが、もとは異なっていた(角川新字源)、

会意文字です(口+儿)。「口」の象形と「人」の象形から上に立って妹・弟の世話をする「あに」を意味する「兄」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji35.html

とあり、諸説ばらばらである。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:12| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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