しぐれつつ枯れゆく野辺の花なれば霜の籬にいほふ色かな(新古今和歌集)、
の詞書に、
上のをのこども菊合しけるついでに、
とある、
菊合、
は、
左右に分かれて、それぞれの方の菊の優劣を競う遊び、
を言い、
歌を伴う、
とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、この歌の菊合は、
延喜十三年(913)十月十三日内裏菊合か、
とある(仝上)。
寛平御時(かんぴょうのおんとき)菊合(仁和四年(888)~寛平三年(891)に開かれた)、
が、現存最古の史料(広辞苑)とある。
菊合、
は、
物を合わせて優劣を競う遊戯、
である、
物合(ものあわせ)、
の一つで、
菊合、
の他、
貝合、
女郎花合、
前栽(ぜんざい)合、
根合、
草合、
艶書合、
今様合、
草子合、
扇合、
絵合、
歌合、
花合、
蟲合、
香合(薫物合)、
等々がある(広辞苑・精選版日本国語大辞典・大言海)。紫式部日記に、
御前のありさま、絵にかきたる物合の處にぞ、いとよう似て侍りし、
とあり、枕草子にも、うれしきものに、
物合、なにくれといどむことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ、
とある。
なお、「寛平内裏菊合」については(中村佳文「『寛平内裏菊合』の方法」(https://waseda.repo.nii.ac.jp/record/5391/files/Kokubungakukenkyu_158_NakamuraY.pdfに詳しい)。
菊合(きくあわせ)、
は、後に、
菊合などいひて一りんづつ開かせ、其大さ物さしをあつるよふになりたり(随筆「独寝(1724頃)」)、
と、
菊くらべ、
闘菊、
等々と言い、
菊の花を持ち寄って、花輪の美、作柄などを品評して優劣を争う催し、
となってゆく(精選版日本国語大辞典)。この背景にあるのは、古代中国で、菊は邪気を祓い長生きする効能があると信じられ、日本では、
重陽の節句、
に、菊に関する歌合せや観賞する宴が催され、不老長寿を祈った(https://kigosai.sub.jp/001/archives/16670)とされる。
五節句の一つである、
重陽、
は、中国の、
九月九日の重陽(ちょうよう)の節句、
が日本にも伝わり、『日本書紀』武天皇十四年(685)九月甲辰朔壬子条に、
天皇宴于旧宮安殿之庭、是日、皇太子以下、至于忍壁皇子、賜布各有差、
とあるのが初見で、嵯峨天皇のときには、神泉苑に文人を召して詩を作り、宴が行われ、淳和天皇のときから紫宸殿で行われた(世界大百科事典)。
菊は霊薬といわれ、延寿の効があると信じられ、
重陽の宴(えん)、
では、
杯に菊花を浮かべた酒(菊酒)を酌みかわし、長寿を祝い、群臣に詩をつくらせた、
とある(精選版日本国語大辞典)。菊花を浸した酒を飲むことで、長命を祝ったので、
菊の節句、
ともいう。
物合(ものあわせ)、
は、上述のように、
左方、右方に分かれ、たがいに物を出し合って優劣を競い、判者(はんじや)が勝敗の審判を行い、その総計によって左右いずれかの勝負を決める遊戯の総称、
で(広辞苑・世界大百科事典)、
菊合、
と同じく、多く歌を伴い、平安貴族の間で流行した。
物合、
は、
歌合、
相撲(すまい)、
競馬(くらべうま)、
賭射(のりゆみ)、
などとともに、
競べもの、
の一種であるが、歌合、詩合などをも含む広範囲に及ぶ各種の、
合わせもの、
を一括していうことも多い(仝上)とある。近世まで含めると、植物では、
草合、根合(ショウブの根)、花合(主として桜)、紅梅合、瞿麦(なでしこ)合、女郎花(おみなえし)合、菊合、紅葉合、前栽(せんざい)合、
等々、動物では、
鶏(とり)合、小鳥合、鶯合、鵯(ひよどり)合、鶉(うずら)合、鳩合、虫合、蜘蛛合、犬合、牛合、
等々、文学では、
歌合、詩合、物語合、絵合、扇紙(扇絵)合、今様(いまよう)合、懸想文(けそうぶみ)合、連歌合、狂歌合、発句合、
等々、文具・器物では、
草紙合、扇合、小筥(こばこ)合、琵琶合、貝合、石合、
等々、武技・遊芸では、
小弓合、乱碁合、謎謎合、薫物(たきもの)合、名香(みようごう)合、
等々、衣類では、
小袖合、手拭合、
等々が行われている(仝上)という。競技の際には、
比べる物にちなんで詠まれた和歌が添えられて、出し物とあわせて判定の対象、
となったが、平安後期以降の、
歌合、
の盛行とともに、その和歌の占める比重が漸次大きくなり、物合は一種の文芸的な遊戯の色合いを濃くしていった(日本大百科全書)とある。なお、
内裏菊合(888~891)、
円融院扇合(973、実際には扇に添えられた歌を内容とする)、
斎宮良子内親王貝合(1040)、
正子内親王絵合(1050)、
郁芳門院根合(1093)、
後白河法皇今様合(1174)、
等々が名高い(世界大百科事典)とある。
物合(ものあわせ)の遊び方は、下記のようであった(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E5%90%88)。
左方・右方のチームメンバーを決める。
↓
各チームのスポンサーとなる大貴族が、親類縁者・家臣など関係者の中からその道に優れた人を抜擢する。歌合などでは、小貴族であっても和歌の腕がよければ選ばれて光栄に浴することも出来た。
↓
左方のチームカラーは暖色系統(当時は紫から橙色まで)で、大きな催しなどではアシスタントの女童たちの衣装や品物を包む料紙なども赤紫から紅の色合いで意匠を統一する。右方のチームカラーは寒色系統(当時は黄色から青紫まで)で、同じく凝った意匠を競った。
↓
審判(判者)の選定はもっとも神経を使うもので、審美眼はもちろん判定書に必要な書道や文章・和歌の道に優れた老練の人が選ばれる。他に、数回戦を競うため各チーム勝ち負けの数を串で記録する記録係「数刺し」がいた。
↓
また、両チームにはチーム代表で解説や進行を担当する「頭」や、応援担当の「念人」が選出されることもある。
(「菊」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8F%8Aより)
「菊」(キク)は、
会意兼形声。匊(キク)は、手の中に米をまるめてにぎったさま。菊は「艸+音符匊」で、多くの花をひとまとめにして、まるく握った形にしたはな、
とあり(漢字源)、別に、
会意兼形声文字です(艸+匊)。「並び生えた草」の象形(「草」の意味)と「人が手を伸ばして抱え込んでる象形と横線が穀物の穂、六点がその実の部分を示す象形」(「米を包む・両手ですくう」の意味)から、米を両手ですくい取る時に、そろった指のように花びらが1点に集まって咲く「きく」を意味する「菊」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1556.html)が、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8F%8A)、
形声。「艸」+音符「匊 /*KUK/」。一種の植物(キク)を指す漢語{菊 /*kuk/}を表す字(仝上)、
形声。艸と、音符匊(キク)とから成る。「きく」の意を表す。(角川新字源)、
と、形声文字とする。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
中村佳文「『寛平内裏菊合』の方法」(https://waseda.repo.nii.ac.jp/record/5391/files/Kokubungakukenkyu_158_NakamuraY.pdf)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95