新しき年やわが身をとめ来(く)らむ隙(ひま)ゆく駒に道をまかせて(新古今和歌集)、
の、
隙ゆく駒、
は、「荘子」知北遊に、
人生天地之間、若白駒之過郤(隙)、
とあるのにより、
月日の過ぎやすく、人生の短いことを言う、
とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。
駒に道をまかせて、
は、「韓非子」説林上の、
老馬道を知る、
の故事にもとづき、
いかでわれ隙ゆく駒を引き留めて昔に返る道を尋ねむ(千載和歌集)、
夕闇は道も見えねど古里はもと来し駒にまかせていぞ来る(後撰和歌集)、
等々と詠われる(仝上)。
隙行く駒(ヒマユクコマ)、
は、
駒隙(くげき)の文字読み、
とあり(大言海)、「荘子」知北遊の、
人生天地之間、若白駒之過郤(隙)、忽然而已、
により、
隙(げき)行く駒、
ひま過ぐる駒、
ひまの駒、
隙(げき)を過ぐる駒、
白駒(はっく)隙(げき)を行く、
白駒(はっく)隙(げき)を過ぐ、
白駒(はっく)の隙(げき)を過ぐるが如ごとし、
隙駒(げきく)、
白駒(はっく)、
などともいい、文明本節用集(室町中)には、
白駒ハック、隙駒(ゲキク)義也、
ともあり、
壁のすきまに見る馬はたちまち過ぎ去る、
という意から、
人の一生を白い馬が壁のすきまを通り過ぎるくらいの長さにすぎない、
とたとえた(精選版日本国語大辞典・故事ことわざの辞典)。
奔馬をすきまからちらりと見る如し、
とある(字源)のが、原義なのだろう。「史記」魏豹傳に、
人生一世閒、如白馬過隙耳。
とあり、注記に、
白駒、謂日影也、隙、壁隙也、以言速疾如日影過壁隙也、
とあり、より含意が伝わる。上述の、
老馬道を知る、
は、
老馬道を弁ず、
老馬路を忘れず、
老馬の智(ろうばのち)、
ともいい、「韓非子‐説林」の、
管仲隰朋従於桓公伐孤竹、春往冬反、迷惑失道、管仲曰、老馬之智可用也、乃放老馬而随之、遂得道、
により、
経験を積んだものの知恵を尊重すべきことをいう(精選版日本国語大辞典)、
老いた馬は独自の知恵をもっていて、特に通の判断は正確で迷うことはない。ものには、それぞれ学ぶべき点があることのたとえ(故事ことわざの辞典)
をいう(精選版日本国語大辞典・故事ことわざの辞典)。
「隙」(慣用ゲキ、漢音ケキ、呉音キャク)は、
会意兼形声。𡭴は「小+小+白(ひかり)」の会意文字で、小さなすき間から白い光が漏れることを示す。隙はそれを音符とし、阜(土もり、土べい)を加えた字で、土塀のすきまをあらわす、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(阝+小+日+小)。「段のついた土山」の象形と「小さな点と太陽の象形」(「すき間から光が漏れる」の意味)から、「暇」、「すき」、「すき間」を意味する「隙」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2155.html)が、
形声。「阜」+音符「𡭴 /*KRAK/」。「すきま」「裂け目」を意味する漢語{隙 /*khrak/}を表す字、
も(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%99)、
形声。阜と、音符𡭴(ケキ)とから成る。かべの穴、すきまの意を表す、
も(角川新字源)、形声文字とする。
(「駒」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A7%92)
「駒」(ク)は、
会意兼形声。「馬+音符句(ちいさくまがる、ちいさくまとまる)」、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(馬+句)。「馬」の象形と「曲がった鍵の引っかかった象形と口の象形」(「言葉を区切る」の意味だが、ここでは、「クルッと曲がる」の意味)から、「クルクルはねまわる子馬、こま」を意味する「駒」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2167.html)が、
形声。「馬」+音符「句 /*KO/」。{駒 /*k(r)o/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A7%92)、
形声。馬と、音符句(ク)とから成る。(角川新字源)、
も、形声文字とする。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95