2024年12月12日

八束


神代よりけふのためとや八束穂(やつかほ)に長田(おさだ)の稲のしなひそめけむ(新古今和歌集)、

の、

八束穂、

の、

束、

は、

握、

で、

指四本の幅、

八、

は、

大きな数として言う、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

八束穂、

は、

非常に長い穂、

の意となる(仝上)。

やつか、

は、

八束、
八握、

と当て、

つか、

は、

握ったこぶしの小指から人差指までの幅、

をいう(広辞苑)ので、「尺」の、手を広げて物に当てた長さであるとしたのと、類似の語源である。

是の我が燧(き)れる火は、高天の原には、神産巣日御祖命(かみむすひみおやのみこと)の登陀流(とだる)天の新巣(にひす)の凝烟(すす)の、八拳(やつか)垂る摩弖(まで)焼き挙げ(古事記)、

とある、

八束、

は、

束(つか)八つ分ある長さ、

の意だが、

八(やつ・や)、

は、

八つ当たり
真っ赤な嘘
八入(やしほ)、

などで触れたように、

ヨ(四)と母音交替による倍数関係をなす語。ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根、

とあり(岩波古語辞典)、

「八」という数、

の意の他に、

無限の数量・程度を表す語(「八雲立つ出雲八重垣」)、

で、

もと、「大八洲(おほやしま)」「八岐大蛇(やまたのおろち)」などと使い、日本民族の神聖数であった、

とする(仝上)が、

此語彌(いや)の約と云ふ人あれど、十の七八と云ふ意にて、「七重の膝を八重に折る」「七浦」「七瀬」「五百代小田」など、皆數多きを云ふ。八が彌ならば、是等の七、五百は、何の略とかせむ、

と(大言海)、「彌」説への反対説がある。しかし、

副詞の「いや」(縮約形の「や」もある)と同源との説も近世には見られるが、荻生徂徠は「随筆・南留別志(なるべし)」において、「ふたつはひとつの音の転ぜるなり、むつはみつの転ぜるなり。やつはよつの転ぜるなる、

としている(日本語源大辞典)ので、

やつ(八)はよつ(四)の語幹母音ot(乙類音)をaと替えることで倍数を表したもの、

といわれ(仝上)、

ひとつ→ふたつ、
みつ→むつ、
よつ→やつ、

と、倍数と見るなら、語源を、

ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根、

と見なくてもいいのかもしれない。また、「七」との関係では、

古い伝承においては、好んで用いられる数(聖数)とそうでない数とがあり、日本神話、特に出雲系の神話では、「夜久毛(やくも)立つ出雲夜幣賀岐(ヤヘガキ)妻籠みに 夜幣賀岐作る 其の夜幣賀岐を」(古事記)の「夜(ヤ)」のように「八」がしきりに用いられる。また、五や七も用いられるが、六や九はほとんどみられない、

とあり(日本語源大辞典)、「聖数」としての「八」の意がはっきりしてくる。そう見ると、「八」は、ただ多数という以上の含意が込められているのかもしれない。

正確な回数を示すというのではなく、古代に聖数とされていた八に結びつけて、回数を多く重ねることに重点がある、

とある(岩波古語辞典)のはその意味だろう。で、

八、

には、

束が八つ、

の意の他に、

丈が長い、

という意も持つ(広辞苑・岩波古語辞典)。

八束脛(やつかはぎ)、

は、

(古代伝承に見える)足の長い人、

八束鬚(やつかひげ)、

は、

長いひげ、

八束穂(やつかほ)、

は、

長く実った稲の穂、

の意となる(仝上)。また、

つか(束)、

は、

束の間

で触れたことだが、

つかのあいだ、

とも言い、

ちょっとの間、
ごく短い時間、

の意味だ(広辞苑)が、これは、空間的な意味である、

一束(ひとつか)、すなわち指4本の幅の意、
指四本で握るほどの長さの意、

という

束、

を時間的に転用したものといえる。

「束」には、

握ったときの四本の指程の長さ、

という意味の他に、

束ねた数の単位、
短い垂直の材、束柱、
(製本用語)紙を束ねたものの厚み、転じて書物の厚み、

といった意味がある。こうした「束」については、「束の間」で触れた。

「束」.gif


「束」(漢音ショク、呉音ソク)は、「つかねる」、「束の間」で触れたように、

会意。「木+ߋ印(たばねるひも)」で、焚き木を集めて、その真ん中にひもを丸く回して束ねることを示す、

とある(漢字源)。「たばねる」や「たば」の意で、「つか」の意で長さの単位にするのはわが国だけの使い方であり、「ほんのひとにぎりの間」という「束の間」も、わが国だけである。しかし、他は、

象形。両端を縛った袋の形を象る。もと「東」と同字で、「しばる」「たばねる」を意味する漢語{束 /*stok/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%9F

象形。物をふくろの中に入れ、両はしをしばった形にかたどり、「たば」「たばねる」意を表す(角川新字源)、

象形文字です。「たきぎを束ねた」象形から「たばねる・しばる」を意味する「束」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji601.html

と、全て、象形文字としている。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:八束 八握
posted by Toshi at 05:00| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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