2025年01月09日

たはく


居(ゐ)明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも(万葉集)、

の詞書に、

右の一首は、古歌集の中(うち)に出づ、

とある。古歌集、

とは、

万葉集の編纂に供された資料の一つ。飛鳥・藤原朝頃の歌の集、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。さらに、続いて、

古事記に曰はく、

として、

軽太子(かるのひつぎのみこ)、軽太郎女(かるのおほいらつめ)に姧(たは)く。この故にその太子を伊予の湯に流す、

とある。

軽太子、

は、

一九代允恭天皇の子、木梨軽皇子、

軽太郎女、

は、

軽皇子の同母妹、

で、当時、同母兄妹の結婚は固く禁じられていた(仝上)とある。

姧(たは)く、

の、現代語は、

たわける、

で、

戯ける、

と当てる(広辞苑)。

たはく(たわく)、

は、

け/け/く/くる/くれ/けよ、

の、カ行下二段活用で、多く、

戯く、

と当て(学研全訳古語辞典)、

タハル(婬)タハブル(戯)と同根、常軌を逸したことをする意(岩波古語辞典)、
タハム(戯)と同語(猫も杓子も=楳垣実)、
タハフレケの略(物類称呼・俚言集覧)、
タは接頭語、ハケが語根で理に昧い意のワケナキからか(俗語考・神代史の新研究=白鳥庫吉)、

等々とあり、

タハル、
タハブル、

と、いずれも、

戯れる、

と繋がりそうである。で、

王母(こきしのいろね)と相婬(タハケ)て、多に行無礼(ゐやなきわさ)す(日本書紀)、

と、

正常でない、また常識にはずれたことをする、
特にみだらなことをする、ふしだらな行ないをする、
たわし(戯)る、

意で、

淫(たは)る、義に違ひて交通す、色に溺れて世の誹を顧みず、

の意とある(大言海)。因みに、

たわし(戯)る、

も「たはく」と同義で、

たわむれる、
みだらなことをする、

の意になる。

たはく、

は、これが転じて、

さてもたはけた事かな。……何の用にもない物を楽しむ事かな(驢安橋)、
五日前より奥に夫婦並んでじや、たはけたことぬかすまい(浄瑠璃「傾城反魂香(1708頃)」)、

と、

おろかなことをする、
たわむれる、
ふざける、
ばかなことをする、

意で使う(岩波古語辞典・背精選版日本国語大辞典)に至る。

類義語の、

たはる、

は、

れ/れ/る/るる/るれ/れよ、

の、ラ行下二段活用で、

淫る、
戯る、
婬る、
狂る、

などと当て(岩波古語辞典・大言海・学研全訳古語辞典)、字鏡(平安後期頃)に、

淫、遊逸也、戯也、太波留、

天治字鏡(平安中期)に、

婬、放逸也、戯也、私逸也、多波留、

とあり、

タチハブル(戯)・たはし(婬)と同根、常軌を逸した行為をする意、

とあり、

人皆のかく迷(まと)へれば容(かほ)よきによりてひ妹はたはれてありける(万葉集)、

と、

異性と不倫な関係を結ぶ、
異性にみだらな行為をする、
男女がいちゃつく、
浮気心で男女が関係する、

などの意(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)や、

さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれてこそ、あらまほしかるべきわざなれ(徒然草)、

と、

色恋に溺れる、

意だが、転じて、

おほやけざまは少したはれて、あざれたる方なりし(源氏物語)、

と、

本気でなく行なう、
いたずら心でする、
ふざける、

意や、

秋くれば野べにたはるる女郎花(をみなへし)いづれの人かつまで見るべき(古今和歌集)、

と、

遊び興ずる、
無心に遊ぶ、
たわむれる、

意で使う(仝上)。

たはし、

は、

戯し、
婬し、

と当て、

(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、

の、形容詞シク活用で、

たはく・たはる(戯)と同根、

で、

九条の師輔(もろすけ)の大臣(おとど)、いとたはしくおはして、あまたの北の方の御腹に男十一人・女六人(栄花物語)、

と、

女性関係に常軌を逸している、
ふしだらである、
みだらである、
好色である、

等々の意で使う(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)。

たはく、
たはる、

の、意味の変化の先に、

戯る、

と当て、

れ/れ/る/るる/るれ/れよ、

と、自動詞ラ行下二段活用の、

たはぶる、

がある。口語でいう、

たはぶれる、

で、

たわむれる、

の古形 になる(精選版日本国語大辞典)。これも、

タハク・タハル(戯)と同根、常軌を逸したことをする。ふざけた気持ちで人に応接する意、

とあり(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)、

しきたへの床のへ去らず立てれども居れどもともに戯礼(たはぶレ)(万葉集)、

と、

遊び興ずる、
無心に遊ぶ、

意や、

我に並び給へるこそ君はおほけなけれとなむたはぶれ聞え給ふ(源氏物語)、

と、

本気でないことや、ふざけたことを言う、
冗談を言う、

意や、

をかしく人の心を見給ふあまりに、かかる古人をさへたはぶれ給ふ(源氏物語)、

と、

かまう、
からかう、

意で使う。ただ、まだ、

あさましと思ふに、うらもなくたはぶるれば(蜻蛉日記)、

と、

異性に対してふざけかかる、
みだらな言動をする、
不倫なことをしかける、

意の翳が残っている(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。この、

たはぶる、

が、

たはぶる、

たはむる(戯)、

たはぶれる、

たわむれる、

と転訛していくことになる。

たはふる、

の転の、

たはむる、

は、

戯る、

と当て、

春雨に、しっぽり濡るる鶯の羽風に匂ふ梅が香の花にたはむれしほらしや(端唄「春雨」)、

と、ほぼ、

興として可笑しきことをなす、
遊ぶ、
ふざける、

意で、この転訛、

たわむれる、

となると、

宮は……火威の鎧の裾金物に、牡丹の陰に獅子の戯(タハムレ)て前後左右に追合たるを、草摺長に被召(太平記)、

と、

そのものに対して興のおもむくままに働きかけてふるまう、
遊び興じる、
無心に遊ぶ、

意や、

大般若の櫃の中を能々捜したれば、大塔宮はいらせ給はで、大唐の玄弉三蔵こそありけれと戯(タハム)れければ(太平記)、

と、

ふざけて言う、
冗談を言う、
相手を軽くみてふざけかかる、
ふまじめにふるまう、

意で使う(精選版日本国語大辞典)が、まだ、

「ソレソレ、爾(さ)う手を上げた所を、恁(か)う緊め付けたものぢゃ」ト戯(タハブ)る(歌舞伎「三十石艠始(1759)」)、

と、

異性にざれかかる、
みだらな言動をする、
また、
男女がいちゃつく、
痴戯をする、

という意が残っているが、どちらかというと、言語レベルになっている。現代では、その、

たわむれる、

は、より言葉レベルの意味が強まり、

子供と、たわむれる、
物まねをしてたわむれる、

と、

遊び興ずる、
ふざける、
いたずらをする、

意でも使うが、

蝶が花にたわむれる、

のように、

修辞的な言い方で、ものとものがまとわりじゃれあうような動きの表現に好まれる、

とあり(明解国語辞典)、そのメタファで、

酔狂の一興にと戯れて描いた絵です、

などと、

興にまかせて面白半分に物事をする、
遊び心で……する、

意や、その延長で、

異性に楽しげに(または冗談半分に)色恋を仕掛ける、

といった意味で使う(仝上)。なお、

戯る、

を、

あざる、

と訓ませると(自動詞 ラ行下二段活用)、

かみなかしも、酔ひあきて、いとあやしく、潮海(しほうみ)のほとりにて、あざれあへり(土左日記)、

と、

ふざける、
たわむれる、
ざれる、

意や、

しどけなくうちふくだみ給へる鬢茎(びむくき)、あざれたる袿(うちき)姿にて(源氏物語)、

と、

うちとける、
くつろぐ、
儀式ばらないでくだける、

意や、

返しはえ仕(つかうまつ)り穢(けが)さじ。あざれたり。御簾(みす)の前に人にを語り侍らん(枕草子)、

と、

しゃれる、
風流である、
気転がきく、

意で使う(精選版日本国語大辞典)。この転訛した、

戯(あじゃ)る、

も、

彼が此をあじゃってかう作たことなり(「玉塵抄(1563)」)、

と、

他をばかにする、
また、
ふざけたり冗談を言ったりする、

意となる(仝上)。口語の、

ざ(戯)れる、

の文語形、

戯(ざ)る、

も、その転訛、

戯(じゃ)る(口語「じゃれる」の文語形)、

も、

ふざけたわむれる、

意である(仝上)。

戯る、

を、

そぼる、

と訓ませると、

つばいもちゐ・梨・柑子やうの物ども……若き人々、そほれ取りくふ(源氏物語)、

と、

たわむれる、
ふざける、
はしゃぐ、

といった意や、

書きざま、今めかしうそほれたり(源氏物語)、

と、

しゃれる、
きどる、
様子がくだけている、

意になる(仝上)。

「姧」.gif



「奸」.gif



「姦」.gif


「姦」 金文・殷.png

(「姦」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A7%A6より)

「姧」(漢音カン、呉音ケン)は、

奸、

の異体字https://kakijun.jp/page/U_E5A7A7.html

奸、

は、

姦(繁体字)、

の異字体https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A5%B8

姦、

は、

姧、

の異字体(字通)、

姧、

は、

姦、

の異字体(漢字源)と、「姧」「奸」「姦」は繋がっている。

「姧(姦)」(漢音カン、呉音ケン)は、

会意文字。女三つからなるもので、みだらな行いを示す。道を干(おか)す意を含む。「姧」と「姦」は同じ、

とある(漢字源)。他の、

会意。女を三人合わせた形。〔説文〕十二下に「厶(し)(私)するなり。三女に從ふ」とし、重文を録するが、その字は悍の古文である。二女に従うものは奻(だん)、「訴ふるなり」と訓する。厶字条九上に「姦邪なり」とあり、邪悪の意。〔荘子、徐無鬼〕に「夫(そ)れ神は和を好みて姦を惡(にく)む」、〔左伝、文十八年〕に「賄を竊むを盜と爲し、器を盜むを姦と爲す」とあって、もと神を瀆(けが)す行為をいう。神の邪悪なるものを神姦という(字通)、

も、会意文字とする。

「奸」(①漢音カン、呉音ケン、②カン)は、

会意兼形声。干は、突く棒を描いた象形文字で、突いておかす意を含む。奸(カン)は、「女+音符干(カン)」で、女性や正道をおかして悪事をすること、

とあり(漢字源)、「奸臣」というように、「よこしま」「道理をおかしている」「悪事、または悪事を犯した人」の意の場合、①の音。男女間で不義を犯す意の場合、②の音。いずれも、「姦」と同義、

とある(漢字源)。別に、

形声。「女」+音符「干 /*KAN/」。「おかす」「みだす」を意味する漢語{奸 /*kaan/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A5%B8

形声。声符は干(かん)。干に干犯の意がある。〔説文〕十二下に「婬を犯すなり」とあり、姦婬のことをいう(字通)、

は、形声文字とする。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:00| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください