2025年01月12日

弦(を)はく


み薦刈る信濃の真弓引かずして弦(を)はくるわざを知ると言はなくに(石川郎女)

の、

み薦刈る、

は、

信濃の枕詞、

で、

上三句は女を本気に誘わないことの譬え、

とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

みこも、

は、

水菰、
水薦、

と当て、

水中に生える菰、

をいい、

みこも刈る、

で、

コモが多く生え、それを刈る地、

である、

信濃、

にかかる枕詞として使う(岩波古語辞典・広辞苑)。

こも

は、

薦、
菰、

と当て、

まこも(真菰)の古名、

である(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。

イネ科の大形多年草。各地の水辺に生える。高さ一~二メートル。地下茎は太く横にはう。葉は線形で長さ〇・五~一メートル。秋、茎頂に円錐形の大きな花穂を伸ばし、上部に淡緑色で芒(のぎ)のある雌小穂を、下部に赤紫色で披針形の雄小穂をつける。黒穂病にかかった幼苗をこもづのといい、食用にし、また油を加えて眉墨をつくる。葉でむしろを編み、ちまきを巻く、

とあり、漢名、

菰、

という(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。

マコモの種子、

は、

米に先だつ在来の穀粒で、縄文中期の遺跡である千葉県高根木戸貝塚や海老が作り貝塚の、食糧を蓄えたとみられる小竪穴(たてあな)や土器の中から種子が検出されている、

とある(日本大百科全書)。江戸時代にも、『殖産略説』に、

美濃国(みののくに)多芸(たぎ)郡有尾村の戸長による菰米飯炊方(こもまいめしのたきかた)、菰米団子製法などの「菰米取調書」の記録がある、

という。

真弓(まゆみ)、

については、は「梓の真弓」で触れた。

弦(を)はくる、



ヲ、

は、

弦、

の他、多く、

緒、

とも当て(大言海・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、

撚り合わせた繊維、一筋に続くものとして、「年の緒」「息の緒」など、切れず、長く続くものの意に転用された。類義語ヒモ(紐)は、物の端につけてむすぶためのもの、ツナ(綱)は、ヲよりも丈夫な太いもの、

とある(岩波古語辞典)。由来については、

麻・麻の繊維の事をいうヲ(麻)であろう(時代別国語大辞典-上代編)、
ヲ(尾)かりら(言元梯・名言通)、
ヰト(糸)の反(名語記・和訓集説)、
チョ(緒)の音(和句解)、

と諸説あるが、



は、古語、

總(ふさ)、

といい(平安時代の『古語拾遺』)、

を(麻・苧)、
そ(麻)、

とも言った。だから、

ヲ(麻・苧)・ヲ(尾)・ヲ(緒)は、同源の可能性がある、

というのが妥当だろう。上述のように。、

ヲ、

は、

太刀が遠(ヲ)も未だ解かずて(古事記)、
玉こそはをの絶えぬればくくりつつまた逢ふといへ(万葉集)、

と、

糸やひもなど細長いもの、
物を結びとめるもの、

の意、

ひとり寝(ぬ)と薦(こも)朽ちめやも綾蓆(あやむしろ)をになるまでに君をし待たむ(万葉集)、

と、

撚った繊維、

の意、冒頭の、

みこも刈る信濃の真弓引かずしてをはくるわざを知ると言はなくに、

や、

穴あるものは吹き、をあるものは弾き(宇津保物語)、

と、

弓や琴などの弦(つる)、

の意、

あらたまの年の乎(ヲ)長くあはざれど異(け)しき心は吾(あ)が思(も)はなくに(万葉集)、

と、

物事の長く続くこと、
また、
その続いているもの、

の意、さらに、転じて、あるいは、

玉(魂)をつなぐもの、

の意から、

御真木入日子(みまきいりひこ)はや己(おの)が袁(ヲ)を盗み殺(し)せむと後(しり)つ戸よい行き違(たが)ひ前つ戸よ い行き違ひ(古事記)、

と、

いのち、
生命、
玉の緒、

の意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

玉の緒

は、文字通り、

玉を貫き通した緒、

で、

首飾りの美しい宝玉をつらぬき通す紐、

または、

その宝玉の首飾りそのもの、

をも指し(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、中古以後には、転じて、

草木におりた露のたとえ、

として用いられるようになり(精選版日本国語大辞典)、

玉をつなぐ緒が短いところ、

からも、

さ寝(ぬ)らくは玉の緒ばかり恋ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと(万葉集)、
逢ふことは玉の緒ばかり思ほえてつらき心の長く見ゆらむ(伊勢物語)、

と、

短いことのたとえ、

に用い、

魂(たま)を身体につないでおく緒、

つまり、

魂の緒、

の意で、

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする(新古今和歌集)、
ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に長き契をいかが結ばむ(源氏物語)、

と、

生命。いのち、

の意で使った(仝上)。なお、

梓弓弦(つら)緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く(万葉集)、
陸奥の安太多良真弓弾(はじ)きおきて反(せ)らしめきなば都良(ツラ)着(は)かめかも(万葉集)、

の、

弦(つら)、

は、上代語の、

弓のつる、

を意味する。

連(つら)の義、蔓(つら 連(つら)の義)と通ず(大言海)、
ツル(釣)・ツル(弦)・ツレ(連)・連(ツラナリ)と同根(岩波古語辞典)、

とあり、

蔓を垂れて魚を取り、また物を引っ張り上げる、

のに使ったろうし、

弓の弦、

ともなっただろう、

蔓、

とつながるようだ(仝上)。「梓弓」については、

梓の真弓

で触れた。

弦(を)はく、

の、

はく、

は、

佩く、
帯く、
着く、
穿く、
掃く、
吐く、
刷く、

等々と、漢字を当て分けて、意味を使い分けるが、ここでは、

佩く、
帯く、
着く、
穿く、

と、

着ける、

に関わり、

弦を張る、

意である。今日、

矧(は)ぐ

と濁音だが、古くは、

ハク、

と清音、

であり(広辞苑・岩波古語辞典)、

佩くと同語(広辞苑)、
刷くと同根(岩波古語辞典)、

とある。

淡海(あふみ)のや矢橋(やばせ)の小竹(しの)を矢着(やは)かずてまことありえめや恋しきものを(万葉集)、

と、他動詞四段活用に、

竹に矢じりや羽をはめて矢に作る、

意で(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典・広辞苑)、天正十八年(1590)本節用集に、

作矢、ヤヲハグ、

とある。さらに、それをメタファとして、冒頭の、

み薦(こも)刈る信濃の真弓引かずして弦(を)はくるわざを知ると言はなくに、

や、

梓弓弦緒取波気(つらをとりはけ)引く人は後の心を知る人ぞ引く(万葉集)、

のように、他動詞下二段活用に、

填(は)む、つくる、引き懸く(大言海)、

の意に、更に、

弛(はず)せる弓に矢をはげて射んとすれども不被射(射られず)(太平記)、

と、

弓を矢につがえる(広辞苑)、

意でも使う。

なお、「はず」、「弓矢」、については触れた。

「弦」.gif

(「弦」 https://kakijun.jp/page/0884200.htmlより)

「弦」(漢音ケン、語音ゲン)は、「弦打ち」で触れたように、

会意兼形声。玄(幺(細い糸)+-印)は、一線の上に細い糸の端がのぞいた姿で、糸の細いこと。弦は「弓+音符玄」で、弓の細い糸。のち楽器につけた細い糸は、絃とも書いた、

とある(漢字源)。同趣旨で、

会意兼形声文字です(弓+玄)。「弓」の象形と「両端が引っ張られた糸」の象形から、「弓づる」を意味する「弦」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1648.htmlが、別に、

会意。弓と、𢆯(べき 細い絹いとを張った形で、糸(べき)の古字。玄は変わった形)とから成る。弓に張ったつるの意を表す、

とも(角川新字源)、

形声。声符は玄(げん)。〔広雅、釈器〕に「索(なは)なり」という。強く糸を張った状態のものをいい、弓には弦という。通用の字である(字通)、

ともある。

「緒」.gif

(「緒」 https://kakijun.jp/page/1484200.htmlより)

「緒」(漢音ショ、呉音ジョ、慣用チョ)は、「玉の緒」で触れたように、

会意兼形声。「糸+音符者(シャ 集まる、つめこむ)」。転じて糸巻にたくわえた糸のはみ出た端の意となった、

とある(漢字源)。同趣旨で、

会意兼形声文字です(糸+者(者))。「より糸」の象形と「台上にしばを集め積んで火をたく」象形(「煮る」の意味)から、繭(まゆ)を煮て糸を引き出す事を意味し、そこから、「いとぐち(糸の先端)」を意味する「緒」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1798.htmlが、別に、

形声。糸と、音符者(シヤ)→(シヨ)とから成る。糸のはじめ、「いとぐち」の意を表す。常用漢字は省略形による(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B7%92・角川新字源)、

形声。声符は(者)(しや)。〔説文〕十三上に「絲の耑(はし)なり」とあり、糸の末端をいう。者に堵塞(とそく)の意があり、緒は糸を結びとめるところ。ゆえに端緒・緒余の意がある。心のほぐれてあらわれることをたとえて、心緒・情緒のようにいう(字通)、

と、形声文字とする説もある。

「矧」.gif


「矧」(シン)は、「矧(は)ぐ」で触れたように、

会意文字。「矢+音符引」で、矢を引くように畳みかける意をあらわす(漢字源)、

会意。正字は矤に作り、弓+矢。〔説文〕五下に「況詞なり」(段注本)とあり、「況(いは)んや」という語詞に用いる。語詞の用法はおそらく仮借。別に本義のある字であろう。〔方言、六〕に「長なり。東齊にては矤と曰ふ」とあり、また〔広雅、釈詁二〕に「長なり」と訓しており、弓を強く引きしぼる意のようである。〔礼記、曲礼上〕「笑ふも矧に至らず」は、齗(ぎん)(はぐき)の字の仮借。「況んや」という用法は〔書、康誥〕などにもあり、古くからみえる(字通)、

とあり、

至誠感神、矧茲有苗(至誠神ヲ感ゼシム、イハンヤコノ苗ヲヤ)(書経)、

と、

いわんや、

の意味で使い、

況、

と同義である。これを、

矢を矧ぐ、

と、羽をつける意で用いたのは、なかなかの見識である。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:43| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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