東人(あずまひと)の荷前(のさき)の箱の荷(に)の緒(を)にも妹(いも)は心に乗りにけるかも(久米禅師)
の、
荷前、
は、
毎年諸国から献げる貢の初物、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、
心に乗る、
は、
男が女に対してのみいう。独詠の歌で結んでいる、
とある(仝上)。この歌は、
久米禅師、石川郎女を娉(つまど)ふ時の歌五首、
と詞書(和歌や俳句の前書きで、万葉集のように、漢文で書かれた場合、題詞(だいし)という)のある、
み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人(うまひと)さびていなと言はむかも(久米禅師)、
から始まる五首の締めの歌になっているが、この五首は、
妻どいの歌の典型として享受された歴史を持つ、
と注記がある(仝上)。
のさき、
は、
荷前、
荷向、
と当て、
毎年諸国から奉る貢(みつぎ)の初物、
で、
のざき、
はつお、
はつに、
ともいい
律令制下、当年の調庸の初荷から、山陵等の供献用に納入時に前もって抜き取り別置した初物のこと、
をいう(世界大百科事典)とあるが、平安時代以後、
天皇および外戚(がいせき)の墓(十陵八墓)に献ずる儀式、
として(日本大百科全書)、
荷前の繊維製品(荷前の幣)を、年末に、天智・光仁・桓武・崇道・仁明・光孝・醍醐各陵や藤原鎌足墓をはじめとする特定の陵墓へ頒け献ずるようになり、これを、
荷前、
というようになる。荷前の幣には諸陵墓へ各陵墓の預人を使者として献ずる、
常幣、
と、常幣のほかに近陵と近墓へ荷前使(のさきのつかい)を分遣して献ずる、
別貢幣(べっこうへい)、
とがあり、常幣は、
陰陽寮が占って定めた12月吉日に、参議以上の者が大蔵省に出向いて授け、
別貢幣は、
常幣と同じ日に、天皇が建礼門前へ出御し大臣以下列席して授けた、
とある(世界大百科事典)。
荷前使(のさきのつかい)、
は、
山科(やましな)山陵(天智(てんじ)天皇)のみは中納言(ちゅうなごん)以上、その他は参議以上、四位、五位、内舎人(うどねり)、大舎人などが務めた、
とある(日本大百科全書)。荷前使の当日は、
天皇が建礼門前の幄(あく)に出御され、大臣以下も列席、その幄舎に幣帛(へいはく)が並べられる。天皇の拝ののち、使いがこれを受け、各陵墓に供える、
という(日本大百科全書)。中には、
(荷前使の)役目を闕怠(けたい)する者があったので、《延喜式》には闕怠者の罰則を設けている、
という(世界大百科事典)。時代が降るにつれ、
使者は発遣されても陵所まで行かなくなり、1350年(正平5・観応1)には荷前使の発遣もできなくなり(仝上)、中世になると行われたようすはみえない(日本大百科全書)とある。
大神宮式・新嘗祭に、
絹・絲・綿・布・木綿・麻……熟海鼠・堅魚・鰒・鹽・油・海藻、
とある、その注記に、
已上諸国封戸調荷前也、
とあり、祈年祭祝詞に、
陸より往く道は、荷緒(にのを)縛(ゆ)ひ堅めて、……荷前は皇大御神の大前に、横山のごと打積み置きて、
とある。この、
荷前、
は、
ノはニ(荷)の古形、サキは最初、第一の意(岩波古語辞典)、
荷先(ニサキ)の転、貢物の荷の最先(いでさき)に到れるを取分けたるもの(大言海)
ニサキ(荷先)の転(日琉語族論=折口信夫)、
ノリサキ(登先)の約(松屋筆記)、
とあり、上述の、
当年の調庸の初荷から、山陵等の供献用に納入時に前もって抜き取り別置した初物のこと
ということからみると、
貢物の荷の最先(いでさき)に到れるを取分けたるもの、
という説明が最も近い気がする。
(「荷」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8D%B7より)
「荷」(漢音カ、呉音ガ)は、
会意兼形声。「艸+音符何(人が直角に、にもつをのせたさま)」で、茎の先端に直角にのったような形をしている蓮の葉のこと。になう意は、もと何と書かれたが、何が疑問詞に使われたため、荷かになう意に用いられるようになった、
とある(漢字源)。同趣旨で、
会意兼形声文字です(艸+何)。「並び生えた草の象形」と「人が肩にになう象形」から「になう・かつぐ」を意味する「荷」という漢字が成り立ちました。(また、「ハスの花」の意味も持ちます)、
ともある(https://okjiten.jp/kanji452.html)が、他は、
形声。「艸」+音符「何 /*KAJ/」。植物の「はす」を意味する漢語{荷 /*gaaj/}を表す字。のち仮借して「になう」「かつぐ」を意味する漢語{荷 /*gaajʔ/}に用いる(もともとは「何」がこの単語を表す字であった)(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8D%B7)、
形声。艸と、音符何(カ)とから成る。「はす」の意を表す。借りて、「になう」意に用いる(角川新字源)、
形声。声符は何(か)。〔説文〕一下に「芙渠(ふきょ)の葉なり」とみえる(字通)、
と、いずれも形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95