2025年01月17日

八衢(やちまた)


橘の蔭踏む道の八衢(やちまた)に物をぞ思ふ妹(いも)に逢はずして(三方沙弥)

の、

橘の蔭踏む道の、

の、

上二句は序、

八衢に(あれやこれやと)、

を起す(伊藤博訳注『新版万葉集』)とある。

八衢(やちまた)、

は、神代紀に、

八達之衢(やちまた)、

とあり、

道が八つに分かれたところ、

また、

道が幾つにも分かれたところ、

をいい(広辞苑)、冒頭のように、

橘の影踏む道の八衢に物をそ思ふ妹いもに逢はずして(万葉集)、

と、

迷いやすいたとえ、

として使う(仝上)。

ちまた、

は、

巷、
岐、
衢、

と当て、字鏡(平安後期頃)に、

岐、知万太、

とあり、

チマタは道の分かれる所(岩波古語辞典)、
通股(みちまた)の意(広辞苑・大言海・精選版日本国語大辞典)、
チマタ(道股・路股・道俣・道胯)の義(日本釈名・万葉代匠記・万葉集類林・箋注和名抄・言元梯・和訓栞・柴門和語類集・日本語原学=林甕臣・日本語源=賀茂百樹)、

と、ほぼ由来ははっきりしている。

麗美(うるは)しき嬢子(をとめ)、其の道衢(ちまた)に遇ひき(古事記)、

と、

道がいくつかに分かれるところ、また、その道、

をいい、

分かれ道、
分岐点、
辻、
岐路、

をいう(精選版日本国語大辞典)が、転じて、和名類聚抄(931~38年)に、

巷、知万太、里中道也、、

とあるように、

門の内の南北に大きなる一つのちまたあり(今昔物語)、
前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそそぐ(奥の細道)、

と、

町の中の道路、また、にぎやかな所、

をいい、転じて、

世の中、
世間、

の意でも使い、

鬨声矢さけびの音のみやん事なく、修羅のちまたとなれり(北条五代記)、

と、

ある物事の行なわれているところ、その場所、

の意や、

この浦は源平両家の合戦のちまたと承り及び候(謡曲・八島)、

と、

戦場などのように、互いに激しく争い合う場所、

の意などで使う(仝上・岩波古語辞典)。

さへの神

で触れたように、

衢神(ちまたのかみ)、

というと、

道の分岐点を守って、邪霊の侵入を阻止する神、

で、

道祖神、
塞(斎)の神、
道陸神(どうろくじん)、
ちぶりの神
塞大神(さえのおおかみ)、

などともいう。なお、

大八衢(オホヤチマタ)にゆつ磐(いは)むらの如く塞(さや)ります(延喜式(927)祝詞)、

と、

大八衢(おおやちまた)、

というと、

おお、

は、

接頭語で、

八衢(やちまた)の美称、

で、

方々に通じる道が分かれるところ、

をいう(精選版日本国語大辞典)。

「衢」.gif

(「衢」 https://kakijun.jp/page/E5CB200.htmlより)

「衢」(漢音ク、呉音グ)は、

会意兼形声。瞿(ク)は「目二つ+隹(とり)」からなり、鳥があちこちに目をくばること。衢は「行(みち)+音符瞿」で、あちこちが見える大通り、

とあり(漢字源)、「通衢(つうく)」(大通り)、「街衢(がいく)」(まち)、「康衢(こうく)」(太い真っ直ぐな大通り)等々と使う(仝上)。別に、

形声。声符は瞿(く)。瞿は鳥が左右視して驚く意。「瞿+戈」(く)は矛刃の四出するもので、瞿に左右旁出の意がある。〔説文〕二下に「四達、之れを衢と謂ふ」とあり、〔爾雅、釈宮〕の文による。〔左伝、襄十一年〕「諸(こ)れを五父の衢に詛す」、また〔昭二年〕「諸(こ)れを周氏の衢に尸(さら)す」とあり、衢はその地の氏族の名でよばれ、呪詛や処刑を行う場所であった。わが国の辻にあたる語である(字通)、

とする。

「岐」.gif


「岐」(漢音キ、呉音ギ)は、異体字に、

㞿(同字)、 㟚、 歧、 𡹉、 𨙸、 𪨵、

がありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B2%90

会意兼形声。支は、細い小枝を手にした姿で、枝の原字。岐は「山+音符支(キ・シ)」で、枝状のまたにわかれた山、または細い山道のこと、

とある(漢字源)。また、同趣旨で、

会意兼形声文字です(山+支)。「山」の象形と「竹や木の枝を手にする」象形(「枝を払う・わける」の意味)から、「山のえだ道・分かれ道」を意味する「岐」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1423.html

ともあるが、他は、

形声。「山」+音符「支 /*KE/」。山の名前を表す固有名詞{岐 /*ge/}を表す字。のち仮借して「わかれみち」を意味する漢語{歧 /*ge/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B2%90

形声。山と、音符支(シ)→(キ)とから成る。山の名。歧(キ)に通じて、わかれる意に用いる(角川新字源)、

形声。声符は支(し)。支に伎・庋(き)の声がある。〔説文〕六下に字を「支+阝」に作り、「周の文王の封ぜられし所」、すなわち岐山の地であるとする。分岐を意味する字は〔説文〕二下に「跂は足に指多きなり」とあり、字はまた歧に作る。〔爾雅、釈道〕に「二達を岐旁と曰ふ。物兩なるを岐と爲し、邊に在るを旁と曰ふ」とあり、岐をその意に用いる(字通)、

と形声文字とする。

「巷」.gif


「巷」(漢音コウ、呉音ゴウ)は、

会意兼形声。「人のふせた姿+音符共」。人の住む里の公共の通路のこと。共はまた、突き抜ける意を含むところから、突き抜ける小路のことと解してもよい、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(共+邑)。「大きな物を両手で捧げる」事を示す文字(「ともにする」の意味)と「特定の場所を示す文字と座りくつろぐ人の象形の変形したもの」(「人が群がりくつろぐ所」、「村」の意味)から、村の人が共有する「村中の道」を意味する「巷」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2435.html

ともあるが、他は、

形声。「邑」+音符「共 /*KONG/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%B7

形声。意符邑(ゆう)(巳は省略形。むら)と、音符共(キヨウ)→(カウ)とから成る。村の中を通りぬけている道の意を表す(角川新字源)、

と形声文字とする。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:52| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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