2025年01月18日
みやびを
風流士(みやびを)と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士(石川郎女)
の、
おその風流士、
の、
おそ、
は、
遲の意、
とあり、
のろまなこと、
とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
おそ、
は、
遲、
鈍、
と当て、
おそしの語幹、
とあり(広辞苑)、
あさ(浅)の母音交替形、
ともある(岩波古語辞典)。
風流士、
は、
教養ある風雅の士。道徳面から好色面まで幅広く用いる、
とし、ここは、
好色面をちらつかせている、
と注釈する(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
みやびを、
は、
風流士、
の他、
雅男、
遊士、
風流人、
遊子、
等々と当て(広辞苑・岩波古語辞典・大言海)、
風流を解する男、
風流を好む男、
風流人、
みやびやかな男、
洗練された風雅な男性、
といった意味である(仝上・精選版日本国語大辞典)。
みやび、
は、
里び、
鄙び、
の対で、由来については、
ミヤは宮(岩波古語辞典)、
動詞ミヤフの連用形の名詞化(広辞苑・小学館古語大辞典・精選版日本国語大辞典)、
ミヤブリ(宮振)の義(雅言考・名言通・和訓栞)、
ミヤ(御屋)ブリの義か。ミヤは都の義(俚言集覧)、
ミヤフリ(京風俗)の義(言元梯)、
ミヤコ(都)ビタ意(袖中抄・万葉集類林)、
と、諸説あるが、
び、
は、
接尾語ミ(廻)の転、めぐり、めぐっている所(岩波古語辞典)、
名詞に付いて、そのまわり、ほとりの意を添える(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
とあり、
川び、
浜び、
丘び、
などと使い、
奈良時代にべ(辺)という類義語があるが、べ(辺)はbeの音、ビ(廻)はbïの音で別語。べ(辺)は、はずれの所、近辺の意、ビ(廻)は周回の意(岩波古語辞典)、
意味的には「へ(辺)」(「へ」の甲類音)に近いものであるが、上代特殊仮名遣からみると、同じ乙類音の「み(廻)」との関連が考えられる(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
廻、
傍、
と当て、
当該地域まわり、
といった意味になる。
鄙、
の対になる、
みやこ、
は、
都、
宮、
京師、
等々と当て(岩波古語辞典・大言海)、
宮處(みやこ)、または宮所の義(大言海・広辞苑・日本釈名・東雅・類聚名物考・言元梯・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・ことばの事典)、
「みや」は宮、「こ」は場所の意(精選版日本国語大辞典)、
ミヤは宮、コはココ・ソコのコ(岩波古語辞典)
と、ほぼ
宮、
と見ていいのだが、場所を示す、
こ、
は、
上代において乙類であり、「みやこ」の「こ」は甲類であるが、「や」の母韻に引かれて甲類に転じた、
とする説がある(日本語源大辞典)。いずれにしろ、
みやび、
は、
宮+び、
と見ていいのではないか。ちなみに、動詞、
みやぶ、
は、
ミヤは宮。ブは、……らしい様子を示す意(岩波古語辞典)、
の、
宮+ブ、
で、この、
ブ、
は、
名詞、または形容詞の語幹などの名詞的な語に付いて、上二段活用の動詞をつくる、
とされ、
そのようなふるまいをすること、
そういう様子てどあることをはっきり示す、
意を表し(仝上)、
荒び、
うつくしび、
鄙び、
宮び、
都び、
など、
そのもののように、
そのような状態に近くふるまう、
意味で使う(精選版日本国語大辞典)。現代の口語では、
びる、
に当たり、
おとなびる、
いなかびる、
ふるびる、
あらぶ、
等々と使う(仝上)。なので、
是に、月の夜に清談(ものかたり)して、不覚(おろか)に天暁(あ)けぬ。斐然(ふみつくる)藻(ミヤヒ)、忽に言に形(あらは)る(日本書紀)、
と、
宮廷風で上品なこと、
都会風であること、
また、
そのさま、
で、
洗練された風雅、
優美、
の意だが、敷衍して、
昔人(むかしびと)は、かくいちはやきみやびをなん、しける(伊勢物語)、
と、
恋の情趣を解し、洗練された恋のふるまいをすること、
の意や、
大王(きみ)は風姿(ミヤヒ)岐嶷(いこよか)にまします(日本書紀)、
と、
すぐれた風采(ふうさい)、
りっぱな姿、
の意でも使う(仝上)。
みやび、
は、本来、
広く都(みやこ)風宮廷風の事柄・事物についていう、
物だが、漢文訓読史で、
風流、
閑雅、
などの漢語に、
みやびかなり、
の訓が付けられ、万葉集で、冒頭のように、
風流士
遊士、
を、
みやびを、
と訓ませたりした。これらは、いずれも、
奈良の都の文化の生み出したもの、
とある(世界大百科事典)。平安時代には、上述、伊勢物語の、
昔人は、かくいちはやきみやびをなん、しける、
という一例以外、
「竹取物語」「宇津保物語」「落窪物語」などには「みやび」の語は見いだせず、「源氏物語」でも「みやび」およびその派生語は15例を数えるにすぎない、
とある(仝上)。ただ、これは、
あらゆる面で「みやび」が自明の前提だったからと解される(仝上)。周知のように、この語は近世、国学の興隆とともに、それまでとは異なる意味を持たされ、本居宣長は平安時代の和歌、物語を含む古代文化の中心にあるものを、
みやび、
と呼び、それを儒教、仏教とは異なる「神の道」すなわち神道にも通ずる、日本人の精神の基盤と考えた(仝上)のはまた別の話になる。なお、万葉集では、
風流、
を、
みやび、
と訓ませ、
情け、好き心、
などの意も含んでいた(仝上)が、平安末期から中世にはもっぱら、
ふりゅう、
と訓ませ、祭りの山車(だし)や物見車に施された華美な装飾、その警固者の奇抜な衣装、宴席に飾られた洲浜台(すはまだい)の趣向などを総称するようになったことは、
風流、
で触れた。
なお、
みやび、
の対語である、
鄙び、
は、
田舎めく、
意、
鄙、
は、類聚名義抄(11~12世紀)に、
鄙、ヰナカ、ヒナ、
とあり、
都の外の地の称、
とあり(大言海)、その由来も、
隔(へナ)の転という、天離(アマザカ)るの意(大言海)、
ヰナカの略転(和句解・菊池俗語考)、
タヰナカ(田居中)の略転(冠辞考)、
ヰナカと同語源(古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀)、
本来は賤しい人の意で、ヒはヒクキ(低)のヒに通じ、ナはオトナ(大人)・ヲミナ(女)のナに同じ(国語の語根とその分類=大島正健)、
ヒナ(日無)の義、天子のいない所の意(東雅・言元梯・名言通・和訓栞・柴門和語類集・本朝辞源=宇田甘冥・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
ヒノホカ(日之外)の義(日本語原学=林甕臣)、
ヒノシタ(日下)の約(日本紀和歌略註・箋注和名抄・和訓集説)、
ヒナガ(日永)の略、辺土では日が長く感ぜられるところから(柴門和語類集)、
等々諸説あるが、語呂合わせが多く、
隔(へナ)の転、
が真っ当に見える。で、
都から遠く離れたところ、
開けていない、未開の地、
支配が及んでいない土地、
意になる(日本語源大辞典・岩波古語辞典)。
里び、
は、
田舎風をおびる、
里の風に馴れる、
といった意(大言海・岩波古語辞典)で、
さと、
は、
里、
郷、
と当て、
人の住めない山や野に対して、人家の集落をなしている場所、育ち、生活し、生存する本拠となる所、転じて、宮仕えの人や養子・養女・嫁・奉公人などからみて、自分の生まれ育った家、
の意(岩波古語辞典)である。で、
人家の集っているところ、
人里、
の意から、
生活・生存の本拠となる所、
家郷、
生まれ育った家、
の意、都に対して、
田舎、
在郷、
村里、
の意で使う(岩波古語辞典・大言海・精選版日本国語大辞典)。その由来は、
多處(サハト)の約(多蠅(サハバへ)、さばへ)、多居の義。人の集まり住みて、聚落をなせる地の意(大言海)、
サト(小所・小処)の義(日本釈名・言元梯・柴門和語類集)、
サトコロ(小処)の義から(名言通)、
サト(狭所・狭処)の義(東雅・箋注和名抄・碩鼠漫筆・和訓栞)、
辺土には小家ばかりあるところから、サト(小戸)の義(和句解)、
サト(狭戸)の義(桑家漢語抄)、
サト(幸所)の義。原義はさきところ(幸処)で、サは人の居住している地を祝していったもの。あるいはサタ(栄田)の音便か(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ソト(疏土)の転か(和語私臆鈔)、
離れた場所の意のサト(閒処)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
スミドコロの約(冠辞考続貂)、
スマトコロ(住所)の約(和訓集説)、
サは一種の霊の名、トはト(座)で、神座の意。サの霊を齋く場所の意のサトを中心に郷里生活がけいせいされたところから(六歌仙前後=高崎正秀)、
等々諸説あるが、語呂合わせに過ぎ、ちょとどれも取りにくい。原義から考えれば、
多處(サハト)の約、
だろうか。
「雅」(①漢音ガ・呉音ゲ、②漢音ア・呉音エ)は、
形声。牙(ガ)は、交互にかみあうさまで、交差してすれあうの意を含む。雅は「隹(とり)+音符牙」で、もと、ガアガア・アアと鳴く鴉のこと。ただし、おもに牙の派生語である「かみあってかどがとれる」の意に用いられ、転じて、もまれてならされる意味となる、
とある(漢字源)が、よく意味が分からない。「風雅」「爾雅」など、みやびやか、みやこめく、上品の意は、①の音、からすの意は②の音、である(仝上)。他も、
形声。「隹」+音符「牙 /*NGRA/」。「カラス」を意味する漢語{鴉 /*qraa/}を表す字。のち仮借して「ただしい」「みやびやか」を意味する漢語{雅 /*ngraaʔ/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%85)、
形声。隹と、音符牙(ガ)→(ア)とから成る。みやまがらすの意を表す。借りて「みやびやか」の意に用いる(角川新字源)、
形声。声符は牙(が)。〔説文〕四上に「楚烏なり」という。牙は鴉の従うところと同じく、その鳴き声(字通)、
と形声文字だが、
会意兼形声文字です(牙+隹)。「からすの鳴き声を表す擬声語」と「尾の短いずんぐりした小鳥」の象形から、「からす」を意味する「雅」という漢字が成り立ちました。また、みやびやかな夏祭りの意味の「夏」に通じ(同じ読みを持つ「夏」と同じ意味を持つようになって)、「みやびやか」の意味も表します(https://okjiten.jp/kanji1301.html)、
は、会意兼形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください