2025年01月19日

ゆくゆくと


丹生(にふ)の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋(こひ)痛(いた)し我が背(せ)いで通ひ来(こ)ね(長皇子)

の、

ゆくゆくと、

は、

行く行くと、

で、

心はやる意か、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

ゆくゆく、

は、

動詞「行く」を重ねた語、

で(精選版日本国語大辞典)、

ゆくゆくその惡もあらわれ候事(沢庵書簡)、
或は今善き事もゆくゆくのためにあしく(玉くしげ)、

と、

行く末、
やがて、
将来、

の意で、今日でも、

ゆくゆくは大物になるだろう、

などと使う(岩波古語辞典・広辞苑)。また、

臥しつつ泣き行(ゆくゆく)号(おら)びて(顯宗紀)、
紀小弓宿禰等即ち新羅に入りて行(ユクユク)傍の郡を屠(ほふ)りとる(雄略紀)、

と、

ゆきながら、
道すがら、

の意と、副詞的に使う(仝上)。しかし、多く、

と、

を伴なって、

ゆくゆくと、

と使われるが、その意味は、

未詳、

とされ、はっきりしない(広辞苑)。一説に、冒頭の歌のように使われ、

心が動揺しているさま、

また、

ずんずん、

の意とも言うとある(広辞苑)。で、

何事にかはとどこほり給はん、ゆくゆくと、宮にも愁へきこえ給ふ(源氏物語)、

と、

遠慮せずにずかずかと、
他をはばからないさま、心のままであるさまを表わす、

との含意で、

ずんずん、
ずけずけ、

の意で使う。また、

御腹はゆくゆくと高くなる(宇津保物語)、

では、

滞りなく物事の進行するさまを表わす、

との含意で、

ずんずん、
どんどん、

の意で使っている(仝上・精選版日本国語大辞典)。しかし、冒頭の、

丹生(にふ)の河瀬は渡らずて由久遊久(ユクユク)と恋ひいたき吾が背いで通ひ来(こ)ね(万葉集)、

では、上記の訳注者とは異なり、

心が落ち着かず定まらないさまを表わす語か(精選版日本国語大辞典)、
気持ちが安定しないようす(デジタル大辞泉)、
心が動揺しているさま(広辞苑)、

として、

悶々(もんもん)と、

の意とする説もある(デジタル大辞泉)。歌の、

ゆくゆくと恋痛し、

からみると、

心が落ち着かず定まらないさま、

を表し(精選版日本国語大辞典)、

悶々と思い惑う、

の方がすんなり通る気がするがどうだろう。だから、

我が背いで通ひ来ね、

と促したているのではないか。

なお、

行行、

を、

コウコウ、

と訓むと、

行行として重ねて行行たり(海道記・序)、

と、

しだいに進んでいくさま、
また、
どこまでも歩いていくさま、

の意となり(精選版日本国語大辞典)、

行行、

を、

いけいけ、

とよますと、

動詞「いく(行)」の命令形を重ねた名詞、

で、

さうして十年も家へ往(い)なずに、後はどうなった、どうなったやらいけいけぢゃ(歌舞伎「桑名屋徳蔵入船物語(1770)」)、

と、

ほったらかしのこと、

を意味し、

受け渡しや損益の差し引きがゼロである、

という、

相殺(そうさい)、

の意でも使うが、

いけいけどんどん、

と、今日でも、

やたらに威勢がいいこと、

の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。

「行」.gif


「行」(「ゆく」「おこなう」意では、漢音コウ、呉音ギョウ、唐音アン、「人・文字の並び、行列」の意では、漢音コウ・呉音ゴウ・慣用ギョウ)は、異字体は、

𧗟、 𬠿(同字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A1%8C。「正行」で触れたように、

象形。十字路を描いたもので、みち、みちをいく、動いで動作する(おこなう)などの意を表わす。また、直線をなして進むことから、行列の意ともなる、

とある(漢字源)。他も、

象形。四方に道が延びる十字路の形にかたどり、人通りの多い道の意を表す。ひいて「ゆく」、転じて「おこなう」意に用いる(角川新字源)、

象形文字です。「十字路の象形」から「みち・いく」を意味する「行」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji364.html

象形。十字路の形。交叉する道をいう。〔説文〕二下に「人の歩趨なり」とあり、字を彳(てき)、亍(ちょく)の合文とするものであるが、卜文・金文の字形は十字路の形に作る。金文に先行・行道のように用いる。呪力は道路で行うことによって、他の地に機能すると考えられ、術・衒など呪術に関する字に、行に従うものが多い(字通)、

といずれも象形文字とする。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:53| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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