ををる


絶ゆれば生(お)ふる打橋に生ひををれる川藻もぞ枯るれば生ゆるなにしかも(柿本人麻呂)

の、

生ひををれる、

は、

茂り撓む意の「ををる」に完了の「り」のついた形、

で、

生い茂っている、

と訳される(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

ををる、

は、

ら/り/る/る/れ/れ、

と活用する、自動詞ラ行四段活用で、

撓る、
生る、

と当て(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、

いっぱい茂り合う(岩波古語辞典)、
花や葉がおい茂って枝がしなう、また、枝がしなうほど茂る(精選版日本国語大辞典)、
(たくさんの花や葉で)枝がしなう。たわみ曲がる(学研全訳古語辞典)、
たわむほどに茂る(デジタル大辞泉)、

と、微妙に意味にずれがあるが、

いっぱい茂り合い→(花や葉の重みで)枝がしなう、

という意味の変化だろうか。ただ、

春去者花咲乎呼里(ハナサキヲヲリ)秋付者丹之穗尓黄色(ニノホニニホフ)味酒乎(ウマザケヲ)(春されば花咲きををり秋づけば丹(に)のほにもみつ味酒(うまざけ)を)、

では、

乎遠里(ヲヲリ)、

と当てており、

花が枝もたわわに、

と注釈している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

撓、

と当てているところを見ると、

たわわ(撓)、

に力点があり、

たわわに茂る、

意の方が強いのかもしれない。

たわわ、

は、

タワタワの約、

とあり(岩波古語辞典)、

足引の山道(やまぢ)も知らず白橿(しらかし)の枝も多和多和(たわたわ)に雪の降れれば(万葉集)

の、

たわたわ、

は、

とをとを、

とも表記されるが、

木の枝などのたわみしなうさま、

をいう、

擬態語、

である。そうみると、

(花や葉の重みで)枝がしなう→いっぱい茂り合う、

という変化の方が強いのかもしれない。因みに、

撓る、

を、

しをる、

と訓ませると、

風は軒端の松をしをる夜に月は雲居をのどかにぞ行く(玉葉和歌集)、

と、他動詞 ラ行四段活用の、

しなわせる、
たわめる、

意で、

しわる、

と訓ませると、

さあ、これは屋根裏が腐った故、此の大雪でしわらうかと(歌舞伎「吾嬬下五十三駅(天日坊)(1854)」)、

と、自動詞ラ行四段活用の、

しなう、
たわむ、

意で、

しなる、

と訓ませると、

櫓ろをしならせて力一杯漕ぐ、

と、自動詞 ラ行五(四)段活用の、

しなう、

意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)。

「撓」.gif


「撓」(漢音ドウ、呉音ニョウ、慣用トウ)は、

形声、「手+音符堯(ギョウ)」で、柔らかく曲げること(漢字源)、

形声。「手」+音符「堯」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%92%93

形声。声符は堯(尭)(ぎよう)。堯に鐃(どう)・饒(じよう)の声がある。〔説文〕十二上に「擾(みだ)すなり」という。堯は窯に土器を積み重ねておく形。ゆえに撓(たわ)む意となる。これを窯中に遶(めぐ)らし、高熱を加えて焼く。土器を所狭く並べたてるので、「擾る」という訓を生ずるのであろう。人に及ぼしては嬈(じよう)といい、猥(みだ)りがわしいことをいう(字通)、

と、いずれも、形声文字とする。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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