那珂(なか)の港ゆ船浮けて我が漕ぎ来れば時つ風雲居に吹くに沖見ればとゐ波立ち辺(へ)見れば白波騒く(柿本人麻呂)、
の、
時つ風、
の、
時つ、
の、
時、
は、
時刻、
の意(精選版日本国語大辞典)、
「つ」は「の」の意の格助詞、
で、名詞の上に付けて、
時つ海、
時つ國、
などと、
その時期にかなった、
その時にふさわしい、
などの意を表し(デジタル大辞泉)、
ほめことばのように用いられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。また、
時つ風吹飯(ふけひ)の浜に出で居つつ贖(あか)ふ命(いのち)は妹がためこそ(万葉集)、
と、時つ風が吹く意から、
地名の「吹飯(ふけひ)」にかかる、
枕詞としても使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
冒頭の、
なかの港ゆ舟浮けて吾が漕ぎくれば時風(ときつかぜ)雲ゐに吹くに、
は、本来、
潮が満ちてくる時刻頃吹く風、
その時になると吹く風、
潮時の風、
を指す(大言海・精選版日本国語大辞典)が、中世以降、「論衡‐是応」の、
太平之世、五日一風十日一雨、
などの語句を意識して、
時、
を、
時節・時候、
などの意に用いて、
四海波静かにて国も治まる時つ風、枝も鳴らさぬみ代なれや(謡曲「高砂(1430頃)」)、
のように、
その季節や時季にふさわしい風、
の意、さらに、この、
謡曲・高砂、
の語句から、
ことさら天下の町人おもふままなる世に住めるは有かたき時津風(浮世草子「懐硯(1687)」)、
と、
平和でありがたい世の中、
世間、
あるいは、
快適な風潮、風習、
の意に広げて使うに至る(精選版日本国語大辞典)とある。なお、
時風、
を、
じふう、
と訓むと、
時風加而茂草靡、震雷動而蟄虫驚(「類聚三代格・延喜格序(908)」)、
と、
その時節にかなった風、
時節の風、
の意もあるが、
是等は時風なり。後々はあるべからず(「遊楽習道風見(1423‐28頃)」)、
と、
その時代の風習、時の風趣、
時流、
また、
流行、
の意となる(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
なお、「風」については触れた。
「時」(漢音シ、呉音ジ)の異字体は、
时(簡体字)、旹、𣅱(古字)、㫭、𭥱(同字)、塒(「塒」の通字)、司(「司」の通字)、蒔(「蒔」の同字)、
とある(https://www.facebook.com/toshihiko.sugiura.14)。「時」で触れたように、
会意兼形声。之(シ 止)は足の形を描いた象形文字。寺は「寸(手)+音符之(あし)」の会意文字で、手足をはたらかせて仕事をすること。時は「日+音符寺」で、日がしんこうすること。之(いく)と同系で、足が直進することを之といい、ときが直進することを時という、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(止+日)。「立ち止まる足の象形と出発線を示す横一線」(出発線から今にも一歩踏み出して「ゆく」の意味)と「太陽」の象形(「日」の意味)から「すすみゆく日、とき」を意味する漢字が成り立ちました。のちに、「止」は「寺」に変化して、「時」という漢字が成り立ちました(「寺」は「之」に通じ、「ゆく」の意味を表します)、
ともある(https://okjiten.jp/kanji145.html)が、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とされ(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%99%82)、
形声。「日」+音符「寺 /*TƏ/」。「とき」「時間」を意味する漢語{時 /*də/}を表す字(仝上)、
形声。日と、音符寺(シ)とから成る。日の移り変わり、季節、時期などの意を表す(角川新字源)、
形声。声符は寺(じ)。寺に、ある状態を持続する意があり、日景・時間に関しては時という。〔説文〕七上に「四時なり」と四季の意とする。〔書、尭典〕「敬(つつし)んで民に時を授く」は農時暦の意。古文の字形は中山王鼎にもみえ、之(し)と日とに従う。之にものを指示特定する意があり、〔書、舜典〕「百揆(き)時(こ)れ敍す」、〔詩、大雅、緜〕「曰(ここ)に止まり 曰に時(を)る」のような用法がある(字通)、
といずれも、形声文字とする。
(「風」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
(「風」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
(「風」 金文・西周② https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
(「風」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
(「風」 簡牘((かんどく))文字(睡虎地秦簡(すいこち しんかん)と呼ばれる竹簡群、秦の官吏を務めていた喜という人物の個人的な所有物とされる)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
(「風」中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
「風」(漢音ホウ、呉音フウ・フ)の異字体は、
凬(古字),凮,飌, 风(簡体字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8)、「風」で触れたように、字源は、
会意兼形声。風の字は大鳥の姿、鳳の字は大鳥が羽搏いて揺れ動くさまを示す。鳳(おおとり)と風の原字は全く同じ。中国では、おおとりを風の遣い(風師)と考えた。風はのち「虫(動物の代表)+音符凡(ハン・ボン)」。凡は広く張った帆の象形。はためきゆれる帆のように揺れ動いて、動物に刺激を与える「かぜ」をあらわす、
とある(漢字源)。同趣旨の解釈は、
もと、鳳(ホウ、フウ)(おおとり)に同じ。古代には、鳳がかぜの神と信じられていたことから、「かぜ」の意を表す。のち、鳳の鳥の部分が虫に変わって、風の字形となった、
がある(角川新字源)。別に、
形声。「虫」+声符「凡/*[b]rom/」。「かぜ」を意味する漢語{風/*prəm/}を表す字。もと「鳳」字が{風}を表していたが(仮借)、数百年の空白を経て戦国時代に「虫」に従う「風」字が現れた。「虫」に従う理由は、有力な説として以下の2つがある。
①西周金文の「鳳」字の、尾羽末端の飾り羽根が変化して「虫」になったという説(字形の演変を参考)。音韻学的には、「風/*prəm/」の原字は「凡/*[b]rom/」を声符にしていたが、「風」の発音が*prəm > *prum > *pruŋと変化したため、「鳳」の飾り羽根の部分が(不完全な)声符化を起こして「虫(蟲の省体)/*C.lruŋ/」になったと説明される。文字の一部が変化して声符化する現象「音化」は珍しくない、
②「風」は、{堸/虫の巣}または{𧍯/虫の巣穴}の表意文字で、{風/かぜ}の意は仮借という説、
とする(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8)。また、字通は、
〔説文〕に飆・飄・颯・飂など十二字、〔新附〕に三字を属し、〔玉篇〕に九十七字を属する。〔玉篇〕に風の古文として録する飌は、〔周礼、春官、大宗伯〕に「槱燎(いうれう)を以て司中・司命・飌師(ふうし)・雨師を祀る」とみえるもので、なお字形中に鳥の形を残している。字が風に作られるのは、雲が竜形の神と考えられていたので、のち竜蛇の類とされたのであろう。虹・霓(げい)も、卜文に竜蛇の形としてしるされている、
と説いている。別に、
会意兼形声文字です(虫+凡)。甲骨文では「風をはらむ(受ける)帆」の象形(「かぜ」の意味)でしたが、後に、「風に乗る、たつ(辰)」の象形が追加され、「かぜ」を意味する「風」という漢字が成り立ちました、
と「帆」を始原とする説(https://okjiten.jp/kanji100.html)もある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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