とゐ波
那珂(なか)の港ゆ船浮けて我が漕ぎ来れば時つ風雲居に吹くに沖見ればとゐ波立ち辺見れば白波騒く(柿本人麻呂)、
の、
とゐ波、
は、
跡位浪(とヰなみ)、
と表記され、
高くうねり立つ波、
高く盛りあがる波、
の意(広辞苑・精選版日本国語大辞典)だが、
とゐ、
は、
上二段動詞「とう」の連用形から(精選版日本国語大辞典)、
撓(たわ)むの「たわ」と同源(広辞苑)、
とをを(撓)と同根、トヲヲは「たわわ」の母音交替形(岩波古語辞典)、
などとあり、
とう、
は、
自動詞ワ行上二段活用、
の、
畝火山昼は雲登韋(トヰ)夕されば風吹かむとぞ木の葉さやげる(古事記)、
と、
うねり動く、
動揺する、
意とあり(精選版日本国語大辞典)、
撓(たわ)むの「たわ」と同源、
の、
たわ、
は、
撓、
と当て、
タワム(撓)・タワワのタワ、タヲリと同根、
とあり、
山の多和(タワ)より御船を引き越して逃げ上り行でましき(古事記)、
と、
山の尾根などのくぼんで低くなった所、
山の鞍部(あんぶ)、
をいい、
たをり、
たを、
ともいい、それをメタファに、
忘れずもおもほゆるかな朝な朝なしが黒髪のねくたれのたわ(「順集(983頃)」)、
と、
枕などに押されて髪についた癖、
をもいう(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。
たをり、
は、
撓、
と当て、
動詞「たおる(撓)」の連用形の名詞化、
で(精選版日本国語大辞典)、
タワと同根、撓んだところ、
とあり(岩波古語辞典)、
あしひきの山のたをりにこの見ゆる天の白雲海神(わたつみ)の奥津宮(おきつみや)辺に(万葉集)、
と、
もののたわんで低まった所、
山の稜線の低くくぼんだ所、
の意で(精選版日本国語大辞典)、
高山(たかやま)の峰にたをりに射目(いめ)たてて鹿(しし)待つがごとく(万葉集)、
と、
鹿や猪などの山越えの通路、
ともあり(岩波古語辞典)、また、
山の峰、
峠、
たわ、
の意でもある。因みに、
射目(いめ)、
は、
鳥獣を射るために隠れる場所(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
獲物を狙って、射手が身を隠すための設備(広辞苑)
狩りで獲物を待ちぶせて射るために、身を隠しておく所。身を隠すための設備をもいう(精選版日本国語大辞典)、
などとある。
たを、
は、
たをり(撓)の略 、
で、
撓、
と当て、日葡辞書(1603~04)に、
Tauouo(タヲヲ)コユル、
とあり、
山頂の道のあるところ、
峠、
をいい、
たを、山の低き処を云名。多和美、多遠牟、登遠々なと活(はたら)けり(菊池俗言考(1854))、
と、
山と山の間のくぼまっている所、
鞍部、
をもいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
たわわ、
は、
撓、
と当て、
タワタワの略、
とあり、
折りてみば落ちぞしぬべき秋萩の枝もたわわにおける白露(古今和歌集)、
と、
実の重さなどで木の枝などがしなうさま、
をいい(広辞苑)、
とをを、
は、
たわわの母音交替形、
で、
秋萩の枝もとををに露霜置き寒くも時はなりにけるかも(万葉集)、
と、
たわみ曲がるさま、
の意である(岩波古語辞典・広辞苑)。
こうみると、すべては、自動詞ワ行上二段活用の、
とう、
からきていると見ていい。これは、
たう(撓)、
であり、
たわむ、
たわめる、
意である。
波のうねり、
を、
山並の凹部、
に見立てたということであろう。
「撓」(漢音ドウ、呉音ニョウ、慣用トウ)は、「ををる」で触れたように、
形声、「手+音符堯(ギョウ)」で、柔らかく曲げること(漢字源)、
形声。「手」+音符「堯」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%92%93)、
形声。声符は堯(尭)(ぎよう)。堯に鐃(どう)・饒(じよう)の声がある。〔説文〕十二上に「擾(みだ)すなり」という。堯は窯に土器を積み重ねておく形。ゆえに撓(たわ)む意となる。これを窯中に遶(めぐ)らし、高熱を加えて焼く。土器を所狭く並べたてるので、「擾る」という訓を生ずるのであろう。人に及ぼしては嬈(じよう)といい、猥(みだ)りがわしいことをいう(字通)、
と、いずれも、形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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