つき(槻)


早(はや)来 ても見てましものを山背(やましろ)の多賀(たか)の槻群(つきむら)散りにけるかも(高市黒人)

の、

槻、

は、

欅(けやき)の古名、

とあり、

つきのき、
つく、

ともいう(広辞苑)。平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898~901)に、

欟 豆支(つき)、又、加太久弥(かたくみ)、

和名類聚抄(931~38年)に、

槻 都岐乃岐(つきのき)、堪作弓也、

類聚名義抄(11~12世紀)に、

槻 ツキノキ、

とある。ただ

槻はあて字、

とある(精選版日本国語大辞典)。

けやき.jpg


つき、

の由来は、

ツクの転(岩波古語辞典)、
ツキ(衝)の義(言元梯)、
強木(つよき)の略かと云ふ(大言海)、
ツヨキ(強木)の義(和語私臆鈔・名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子・日本語原学=林甕臣)、

等々とある。

大木になり、神の降ってくる木として神聖視された、

とあり(岩波古語辞典)、

樹勢が盛んでしばしば大木になるためか、古来神聖視され、その樹下も聖域とみなされたらしい、

とある(精選版日本国語大辞典)。特に、

法興寺(飛鳥寺)の槻の木の下では重要な儀式や行事がたびたび行なわれた、

といい、万葉集では、

神聖で清浄なツキの木、

という意で、

泊瀬(はつせ)の斎槻(ゆつき)が下(した)に我(わ)が隠(かく)せる妻(つま)あかねさし照れる月夜(つくよ)に人見てむかも(万葉集)、

と、

ゆつき、

天(あま)飛(と)ぶや軽(かる)の社(やしろ)の斎槻(いはひつき)幾代(いくよ)まであらむ隠(こも)り妻(づま)ぞも(万葉集)、

と、

いはひつき、

神奈備の清き御田屋(みたや)の垣(かき)つ田の池の堤の百(もも)足らず斎槻(いつき)が枝に瑞枝(みづえ)さす秋のもみち葉まき持たる小鈴(をすず)もゆらに(万葉集)、

と、

いつき、

とも訓ます、

斎槻、

が詠われている。

いつき、

の、

「い」は、斎(い)み清めた、

の意になり、

神聖なツキの木、

の意で(仝上)、

百(もも)足らず斎槻(いつき)が枝に、

では、

五十槻(いつき)が枝、

と当てており、この、

「五十槻(いつき)」の「い」は、数多くの意で、枝葉の多いツキの木、

とする(仝上)とあり、

ゆつき、

には、

斎槻、

の他、

弓槻、
五百槻、

とも当てている(仝上)。なお、

品太(ほむだ)の天皇、此の山にみ狩したまひ、欟弓(つきゆみ)を以ちて、走る猪(ゐ)を射たまふに(播磨風土記)

と、

槻の木を割りけずって作った弓、

を、

槻弓(つきゆみ)、

といい、

弓を作る材料、

とされた(仝上・大言海・精選版日本国語大辞典)ため、

強木、

とされた所以である。で、

つくゆみ、

とも言った(仝上)。

けやき、

は、

異樹(ケヤケキ)の義、木理に云ふ(大言海)、
木目が美しいところから、ケヤケキキ(異木)の義(和句解・名言通)、
キメアヤギ(木目綾木)の義(日本語原学=林甕臣)、
カヨキ(香好)の転声か(和語私臆鈔)、
「欅」の別音kyaにキ(木)を添えた語が転訛したものか(日本語原考=与謝野寛)、

と、どうやら、その、

木の材質、

に着目したもののようだが、はっきりしない。

欅、
槻、

と当て、

ニレ科の落葉高木。高さ三〇メートル、径二メートルに達し、枝は扇状にひろがる。樹皮は灰褐色、若枝と若葉には細毛を密布。葉は互生し、短柄があり長さ三~七センチメートルの長卵形で先はとがり基部は心臓形で縁に鋸歯(きょし)があり、しばしば左右不相称。雌雄同株。春、新葉と同時に淡黄緑色の小花を開く。雄花は新枝の基部に多数集まってつき、雌花は先の方の葉腋(ようえき)に一~三個ずつつく。果実は灰黒色で径四ミリメートルぐらいの球形。材は堅く木目が美しいので建築、器具、船舶材に用いる、

とある(精選版日本国語大辞典)。ただ、

欅、

の字は、

クルミ科の植物の漢名、

という(牧野富太郎「牧野新日本植物図鑑」)。

「槻」.gif

(「槻」 https://kakijun.jp/page/1548200.htmlより)

「槻」(キ)は、

会意兼形声。「木+音符規(そろった矢)」

とあり(漢字源)、別に、

会意兼形声文字です(木+規)。「大地を覆う木」の象形と「両手両足を広げた人に冠のかんざし(冠を髪に留める為のもの)を表す、一を付した象形(「成人の男子」の意味)と大きな目と人の象形(「見る」の意味)」(成人が見て、「手本とするもの」の意味)から「手本となるような美しい木、つき」を意味する「槻」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2532.html

も、会意兼形声文字とするが、

形声。木と、音符規(クヰ)とから成る(角川新字源)、

形声。声符は規(き)。木名、欅(けやき)の一種。〔和名抄〕に〔唐韻〕を引いて「弓を作るに堪ふるなり」とあり、弓材に適するとされた。また「とねりこ」をいう(字通)、

は、形声文字とする。

槻、

は、

弓などに用いる弾力性に優れた樹木類、

で、

欅、トネリコ、ハンノキ、

等々とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A7%BB

「欅」.gif


「欅」(漢音キョ、呉音コ)の、異体字は、

榉(簡体字)、櫸(別体/繁体字)、﨔(俗字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AC%85。字源は、

会意兼形声。「木+音符擧(キョ 手をそろえて持ち上げる)で、手を挙げた形に伸びる大木、

とあり(漢字源)、

にれ科のけやき、

の意とも、中国原産の

くるみ科の落葉高木、

ともある(仝上・https://www.kanjipedia.jp/kanji/0001449900)。別に、

形声。声符は擧(挙)(きよ)。〔玉篇〕に「木名」とあり、〔本草綱目、木二、欅〕の〔李時珍注〕に「其の樹高擧、其の木柳の如し。故に名づく。山人訛(あやま)りて鬼柳と爲す。郭璞、爾雅に注して柜柳と作して云ふ、皮、煮て飮むべきなり。~欅の材は紅紫、箱案の類を作るに甚だ佳し」という(字通)

と、形声文字とする説もある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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