くぐつ
潮干(しほひ)の御津(みつ)の海女(あまめ)のくぐつ持ち玉藻(たまも)刈るらむいざ行きて見む(角麻呂)、
の、
くぐつ、
は、
莎草(くぐ)で編んだ籠の類、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
くぐつ、
は、
裹、
と当て、
海辺に生えている莎草(くぐ)で編んだ手下げ袋(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
をいい、
藻または貝などを入れるのに用いる(広辞苑)とある。
越前大野郡にては、今も、カマスを、クグツと云ふ、
ともある(大言海)。
くぐつ、
の由来は、
莎草簀(くくぎす)の転、蒲簀(かます)と同趣(放(はな)す、はなつ。寸断(すたすた)、つたつた)、莎草にて編み作るに起これる語なりと云ふ、莎草苞(くぐつと)の下略か(蜘蛛の糸、くものい)(大言海)、
クグツツリ(莎草綴)の意(俗語考)、
材料のクグを、もとクグシ、クグチなどといったところから(巫女考=柳田國男)、
等々、材料の、
莎草、
にかかわっているようだ。もともと、
「くぐつ」は、刈った藻の入れ物で、海辺の草「くぐ」を編んだものと見られる。時代が下がるにつれて、藁、糸、竹などで編んだ袋や籠もいうようになり、また入れる内容も、海藻から、米、絹、綾、石炭などに及んでいる、
とあり(日本語源大辞典)、平安時代末の歌学書『袖中抄(しゅうちゅうしょう)』(顕昭)では、
クグツとは、藁もて袋のやうに編みたるものなけり、それに、藻などをも入るるなり、
と、藁で編むとあり、
絹綾を糸のくぐつに入れて(宇津保物語)、
では、糸で編んだ「くぐつ」になっている。なお、
傀儡(くぐつ)、
は、
クグ(莎草)で編んだ袋の意のクグツコ、クグツトの語尾脱落か。その袋に人形を納めていたところから(偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道=折口信夫)、
クグ(莎草)を編んで作った袋を携帯していたところから(和訓栞・巫女考=柳田國男)、
等々、
袋類の「くぐつ」を作ることを生業とした漂白民の集団で、人形遣いの技を持ち、その人形を「くぐつ」に入れてあるいたことによる、
という説もある(日本語源大辞典)。なお、
傀儡子(くぐつ)、
については触れた。
莎草(くぐ)、
は、
磚子苗、
磚子苗草、
とも当て(広辞苑・大言海)、
カヤツリグサ科の多年草。西日本から台湾・中国南部に分布。茎は緑色で、三稜、高さ30~50センチ。茎頂に多数の花穂を散形につけ、長い苞がある。イヌグサ(広辞苑)、
海辺に生ず、葉は、カヤツリグサに似て、高さ二、三尺、又、イトススキに似て、垂れず、秋、小さき穂を出して、花を開く、カヤツリグサに似て、大きく、初、青く、後に、茶褐なり、茎を刈りて、蓑を作り、叉、くぐ縄をつくる(大言海)、
等々とあり、
浜菅の古名、
とも(植物名辞典)、
イヌクグの別名
とも(デジタル大辞泉)ある。
莎草、
を、
ささめ、
と訓ますと、
綾ひねささめの小蓑衣(きぬ)に着む涙の雨も凌(しの)ぎがてらに(山家集)、
と、
スゲやチガヤのようなしなやかな草。編んで蓑みのやむしろを作った、
とある(デジタル大辞泉)。また、
しゃそう、
と訓ますと、
はますげ(浜菅)の漢名、
(に当てる場合(「大和本草(1709)」)もある)とあり(仝上・精選版日本国語大辞典)、また、
カヤツリグサの別名、
ともあり(デジタル大辞泉)、
莎草、
を、
カヤツリグサ、
と訓ませている(動植物名よみかた辞典)ものもある。おそらく、
莎草(くぐ)、
と
莎草(ささめ)、
と、
莎草(しゃそう)、
とは、同じものを言っているようだ。その由来は、
クグは茎の意(東雅)、
もとクグシ、クグチなどと呼ばれていたが、それを編んで作った袋をクグツといったので、製品と区別するためにクグ、といったか(巫女考=柳田國男)、
と、これでは、どの草をさしているのかははっきりしないが、クグとは、
カヤツリグサ類の古い名称、
とあり(世界大百科事典)、ひろく、
カヤツリグサの仲間、
を指しているのであろう(https://www.ja-narita.or.jp/toyamayasouen/)。
カヤツリグサ科の仲間の草をいくつか拾ってみると――。
ヒメクグ(姫莎草)、
は、
カヤツリグサ科の雑草で、水田のあぜや川や池沼の岸の湿った土地に生える。全体緑色で高さ10cmくらいの細い一年草で、長く横にはった根茎の節から茎が立ち上がる。葉は1~2枚で茎の基部につく。7~10月、茎の頂に2~3枚の葉状の苞を有する1個の球状の花序をつける。小穂は多数あり、長さ2.5mmで、2~3個の花がある。果実は左右から強く扁平のレンズ形で、花柱には2個の柱頭がある。根茎は感冒、痛み止めなどに漢方で利用される、
とある(世界大百科事典)。
浜菅(ハマスゲ)、
は、
カヤツリグサ科の多年草。海辺や河原に生え、高さ20~30センチ。地下に走出枝を出し、その先に塊茎をつける。葉は堅く、狭線形で稈の基部に数個つく。春、稈頂に数本の花序を出し、夏から秋、茎の頂に細い苞ほうを数枚つけ、その中心から穂を出す。葉は漢方では塊茎を香付子(こうぶし)といい、通経・鎮痙(ちんけい)・浄血薬に用いる。漢名、莎草、
とある(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
イヌクグ、
は、
カヤツリグサ科の多年草。高さは30~80センチメートル、茎の基部は球状に膨れ、赤紫色を帯び、葉は幅3~6ミリメートル。花期は夏から秋で、茎頂に数個から十数個の花穂をつける。海岸近くの日当りのよい草地に生え、畑や果樹園の雑草となる。関東地方南部、紀伊半島、四国、九州、沖縄にみられ、世界の熱帯に広く分布する。クグともよばれるが語源は不明。小穂が基部から落ちるため、カヤツリグサ属と区別し、イヌクグ属を認める説もある、
とある(日本大百科全書)。
「裹」(カ)の異字体は、
果、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A3%B9)。字源は、
形声。「衣」+音符「果 /*KOJ/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A3%B9)、.
会意文字。衣+果。果を衣中に加えるのは、招魂のための魂振り儀礼。死喪のとき行ったものであろう。〔説文〕八上に「纏(まと)ふなり。果聲」とするが、哀・襄・褱などの構造から考えると、この字も会意である(字通)、
と別れている。なお、晋平安後期の漢和辞書『字鏡』(じきょう)には、
裹 豆々牟(つつむ)、
類聚名義抄(11~12世紀)には、
裹 ツツム・マトフ・メグル・ハナフサ・フサ、
とある。
「莎」(①サ、②漢音サ、呉音シャ)は、
会意兼形声。「艸+音符沙(サ、砂)」、
とあり(漢字源)、かやつりぐさ科のはますげ、の意の時は①の音、「莎鶏」(サケイ)、こおろぎの類の、「はたおりむし」の意の時は②の音となる(仝上)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント