春の日は山し見が欲し秋の夜は川しさやけし朝雲(あさくも)に鶴(たづ)は乱れ夕霧にかはづは騒(さわ)く(山部赤人)
の、
かはづ、
は、
河鹿(かじか)、
とされている(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
かわず、
は、
河蝦、
と当て(岩波古語辞典・広辞苑)、
カジカカエル(河鹿蛙)、
のことで、
川の清流にすみ、初夏から秋にかけて、多く夕方から夜中・朝にかけて、澄んだ美しい声で鳴く、
とある(仝上)。上代、平安では、
「かはづ」は歌語として使われたが、「かへる」はほとんど詠まれなかった、
ともある(仝上)。
かはづ、
は、その由来を、
河之蝦(カハノカヘル)の下略(萬葉集に、河蝦と書けり)、秋之蟲(蜻蜓)をアキツと云ひ、家之子(やつこ 奴)を竹取物語に、大盗人のヤツが云々と云へるが如し、ヅを濁るは、和名抄に「豹、奈賀豆可美(ナカヅカミ)」とある、中之(ナカツ)神なり、河の蝦(かへる)とは、田に棲む蛙(かへる)と別ちて云ふ語なり、万葉集「我が宿に黄葉(もみ)づ蝦手(かへるで)見る毎に妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし(後に云ふ楓なり、葉の形、蝦(かへる)の手に似たり)。『集韻(しゅういん)』(宋代の漢字を韻によって分類した韻書)「蝦、蝦蟆(かへる)也」(大言海)、
カハ(河)にすむ虫という意で、カハ(河)に助語ヅを添えたもの(和句解・和字正濫鈔・和訓栞)、
川の精の意で、カハチ(河霊)の転呼(日本古語大辞典=松岡静雄)、
川水の義。または、鳴く声から(言元梯)、
カハツドフ(川集)の義か(名言通)、
河出か(俚言集覧)、
等々あるが、
平安朝に至りて、カハヅは、田溝の濁水中に棲む蛙(かへる)と混じて、清流に棲む河蝦(かはづ)と云ふものは忘れられたりとおぼし、
とあり、
平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898~901)、『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)、和名類聚抄(931~38年)等にみえず、
とある(大言海)。もともとは、
河に棲む蝦(かへる)、
と、
田に棲む蛙(かへる)、
は区別していたと思われる。しかし、混同されるに至り、
夜ひごとにかはづのあまたなく田には水こそまされ雨は降らねど(伊勢物語)、
と、
かえる(蛙)」の異名、
として使われるに至り(精選版日本国語大辞典)、平安時代の用例は、両者の種別を特定しにくい場合が多い(デジタル大辞泉)とある。
主に声を賞美される河蝦、
は、季を問わず「万葉集」以後も和歌に詠まれる(精選版日本国語大辞典)のは上述のしたとおりで、
かはづなくゐでの山吹ちりにけり花のさかりにあはまし物を (古今和歌集)、
と、「古今集」の歌では、「かはづ」は、
「(井手の)山吹」とともに詠まれることが多い、
とある(精選版日本国語大辞典)。因みに、
かじか(河鹿)、
は、
かわしか(河鹿)の意。鳴き声が鹿に似るところから(デジタル大辞泉・俚言集覧・難波江・摂陽奇観)、
カハシカの略(河原(かはりら)ヨモギ、からよもぎ。河童(カハワッパ)、カッパ)、(幕末の)「難波江」(岡本保孝)「丸山、本妙寺上人云、河鹿の鳴く聲、しゅうしゅうと聞ゆ、鹿の鳴くもしゅうしゅうと聞きなされるものなれば、川に棲む鹿と云ふ意にて、河鹿とは、俗に名を負ひけむ」(大言海)、
と、
鹿の鳴き声(https://audiostock.jp/audio/1507801)、
との類似から名付けられたもののようで、カジカガエルの繁殖期は4~8月で、オスは、メスを呼んで、
フィフィフィフィフイーフィー、
と鳴く(https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&link_num=9273&inst=ino)とある。
アオガエル科のカエル。渓流の岩の間にすむ。体長は雄が4センチ、雌が7センチくらい。背面は灰褐色で暗褐色の模様があり、腹面は淡灰色または白色。指先に吸盤がある。5月ごろから繁殖期になると、雄は美声で鳴くので、昔から飼育される、
とあり(デジタル大辞泉)、
手足の指には吸盤があり、ふだん、水槽の中では葉っぱやガラスに張りついてじっとしています。しかし、捕まえようとすると、動きはとても素早く、狭い隙間に潜り込んで隠れてしまうこともあります、
ともある(https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&link_num=9273&inst=ino)。
ちなみに、
カエル、
は、
蛙、
蛤、
蝦、
と当て、
かへら、
かひる、
かへろ、
等々とも訛り(「かひる」は、室町時代以降の用語で、特に口語で多く用いられた)、
びき、
ひき、
などともいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898~901)に、
蛙・ 加留(かへる)、
和名類聚抄(931~38年)に、
蛙、加戸留(かへる)、
和名類聚抄(931~38年)に、
蛙黽 阿末加倍(あまがへる)、
類聚名義抄(11~12世紀)、
蛙 アヲガヘル/蛙黽 アマガヘル、
本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)に、
鼃(蛙)、加倍留、
新字鏡(鎌倉時代)に、
蛙 アマガヘル・カイル・カハヅ、
字鏡(平安後期頃)に、
蛙、加戸留(かへる)、
等々とある。
かへる(蛙)、
の由来は、
高橋氏文((たかはしうじぶみ 宮内省内膳司に仕えた高橋氏が安曇氏と勢力争いしたときに、古来の伝承を朝廷に奏上した延暦8年(789)の家記)に、カヘラとあり、俗にカイロと云ふ、カヘは、鳴く聲、ラ、ル、ロは添へて意なき辞(大言海)、
元のところへ必ずカヘル(帰)ところから(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・鋸屑譚・重丁本草綱目啓蒙・名言通・和訓栞・柴門和語類集・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
カヘル(孵)意から(東雅)、
カヘル(還)意から(和字正濫鈔)、
ヨミガヘル(蘇生)の意から(松屋筆記)、
その鳴き声カヒルカヒルから(雅語音声考所収本居大平説・言元梯・国語の語根とその分類=大島正健)、
ヒル(蛭)と関係のある語か(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々とあるが、語呂合わせを除けば、はっきりしない。
ケラケラ、
ゲロゲロ、
ケロケロ、
等々、
鳴き声(https://ototoy.jp/_/default/p/1713728)、
由来とするのが妥当だろうが。
かえる
は、いうまでもなく、
両生綱無尾目に属する動物の総称。外形は頭、胴の二部からなり、胴部には四肢(しし)をもち、前足に四本、後足に五本の指をもち、しばしばみずかきがある。幼生はおたまじゃくしと呼ばれ、水中で暮らすものが多い。成体は水から離れるものもいる。水田、沼などに多く見られるが、樹上や地中にすむものもある。トノサマガエル、ヒキガエル、ウシガエルなど種類は多く、食用、または美声のため飼育される種もある、
とある(精選版日本国語大辞典)。
「蛙」(慣用ア、漢音ワ・ワイ、呉音ワイ、)の異字体は、
䖯、䵷(別体)、鼃(本字)
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9B%99)、字源は、
形声。「虫+音符圭(ケイ)」。かへるの鳴き声をあらわす擬声語、
とある(漢字源)。他も、
形声。「虫」+音符「圭 /*KWE/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9B%99)、
形声文字です。「かえる」の象形と「かえるの鳴き声を表す擬声語」から「かえる」を意味する「蛙」という漢字が成り立ちました。(のちに、「かえる」の象形は、「頭が大きくてグロテスクな、まむし」の象形に変化しました。)(https://okjiten.jp/kanji313.html)、
形声。声符は圭(けい)。圭に哇(あ)・洼(わ)の声がある。〔説文〕十三下に鼃を正字とし、「蝦蟇なり」という。鼃も蟇も、その鳴き声をとる(字通)、
と、形声文字とする。これを併せて考えると、和語、
かへる、
も、擬声語と考えられるかもしれない。
(「蝦」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9D%A6より)
「蝦」(漢音カ、呉音ゲ)は、
会意兼形声。「虫+音符叚(カ 仮面をかぶる、外皮をかぶる)」、
とあり(漢字源)、「えび」の意だが、蝦蟆(カボ)とは、がま、ひきがえる、「蛤蟆(ハアマ)」はがまをさす(仝上)。しかし、
会意兼形声文字です(虫+叚)。「頭が大きくてグロテスクな、まむし」の象形と「削りとられた崖の象形と未加工の玉の象形と両手の象形」(「岩石から取り出したばかりの未加工の玉」の意味)からグロテスクな、まむしとあまり変わらない動物「かえる」、「えび」を意味する「蝦」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2720.html)、
を除くと、他は、
形声。「虫」+音符「叚 /*KA/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9D%A6)、
形声。虫と、音符叚(カ)とから成る(角川新字源)、
形声。声符は(か)。〔説文〕十三上に「蝦蟆(がま)なり」とするが、えびの意に用いることが多い(字通)、
と、いずれも形声文字とする。
(「蛤」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9B%A4より)
「蛤」(①漢音呉音コウ、②カ)は、
会意兼形声。「虫+音符合(コウ あわせてふさぐ)」、
とあり(漢字源)、「はまぐり」の意の場合は、①の音、「かじか」の意の時は、②の音となる(仝上)。ただ、他は、
形声。「虫」+音符「合 /*KOP/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9B%A4)、
形声。声符は合(ごう)。〔説文〕十三上に「蜃の屬なり。三有り。皆海に生ず。千歲にして化して蛤と爲る。秦には之れを牡厲と謂ふ。又云ふ、百歲の燕の化する所なり。魁蛤(くわいかふ)、一名復累(ふくるい)、老翼の化する所なり」という奇怪な伝承をしるしている。服翼は蝙蝠(こうもり)。三種の蛤とは、千歳雀・百歳燕・老服翼である。燕雀化生のことをいう文献は甚だ多いが、清の王筠の〔説文釈例〕に、老雀化蛤の実見談のことを記している(字通)、
と、形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館).
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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