つばら


浅茅原(あさぢはら)つばらつばらにもの思(も)へば古(ふ)りにし里し思ほゆるかも(帥大伴卿)、

の、

浅茅原(あさぢはら)、

は、

つばらつばらの枕詞、

で(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

「茅」は古く「つ」ともいったところから「つはら(茅原)」と類音の「つばらつばら」にかかる、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

つばらつばらにもの思(も)へば、

は、

つらつらと物思いに耽っていると、

と訳注されている(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

つくづく、

とか、

よくよく、

とか、

念入りに、

の意である。

浅茅原(あさぢはら)、

は、

浅茅生(あさぢふ)

で触れたように、

浅茅生(あさじふ)、

の、

フ、

は、

芝生、園生(そのふ)の生(ふ)なり、

とあり(大言海)、

生(フ)、

は、

生(お)ふの約、音便に、ウと云ふ、

ともあり(仝上)、

生えた所、

の意(岩波古語辞典)で、

浅茅生、

は、

茅(ちがや)の生えたところ、

を言い、転じて、

荒れ果てた野原、

をいう(広辞苑)。

浅茅原、

とも(仝上)、

浅茅ヶ原、

ともいい、平安時代以降、

荒廃した邸の景物、

をいう(仝上)。ただ、万葉集・古今集では、

浅茅、

は、

印南野(いなみの)のあさぢおしなべさ寝(ぬ)る夜の日(け)長くしあれば家し偲(しの)はゆ(万葉集)、

と、

叙景や恋の歌にも使われるが、源氏物語以後は、ヨモギ・ムグラと共に寂しい荒廃した場所の象徴とすることが多い、

とある(岩波古語辞典)。なお、古事記の、

阿佐遅波良(アサヂハラ)小谷(をだに)を過ぎて百傳(ももづた)ふ 鐸(ぬて)響(ゆら)くも置目(おきめ)来らしも(古事記)、

とある、

阿佐遅波良(浅茅原)、

は、

地名、

とする(倉野憲司訳注『古事記』)説もある。また、枕詞としては、

浅茅原小野に標(しめ)結(ゆ)ふ空言(むなごと)も逢はむと聞こせ恋のなぐさ(慰)に(万葉集)、

と、

茅生(ちふ)、
小野(をの)、

にもかかるともいう(精選版日本国語大辞典)。

くま(隈)

で触れたように、

味酒(うまざけ)三輪の山あをによし奈良の山の山の際(ま)にい隠るまで道の隈(くま)い積(つ)もるまでにつばらに見つつ行かむをしばしばも見放(みさ)けむ山を心なく雲の隠さふべしや(万葉集)

つばら、

は、

委曲、
審、

と当て(精選版日本国語大辞典)、

つばひらか(詳らか)と同根、

とあり(岩波古語辞典)、

くまないこと、
まんべんなくすること、
くわしいこと、

の意(仝上・広辞苑)で、

つばらに、

で、

くまなく、
まんべんなく、

の意となる(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

つばら、

の由来は、

ツは、一箇一箇(ひとつひとつ)のツ、ハラは、散散(はらはら)のハラ(大言海)、
ツブラの意で、ラは助辞(日本語源=賀茂百樹)、
ツマビラカの略(冠辞考・万葉考)、
語根ツブにラをつけたもの(国文学=折口信夫)、
ツバは先鋭のの意のツマの転、ラは接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ツバアレアの約(国語本義)、

等々などあるが、冒頭の歌もそうだが、

朝開(あさびら)き入江漕ぐなる梶(かじ)の音(おと)の都波良都波良(ツバラツバラ)に我家(わぎへ)し(万葉集)、

の、

つばらつばらに、

は、

委曲委曲、

と当て、

くまなく、
まんべんなく、
大変詳しく、
ねんごろに、

の意だ(広辞苑・岩波古語辞典・大言海)が、これについて、

つぶつぶ(委曲委曲)の転音に、ラの接尾語の添へたるもの、重ねて意を強くする、

とある(大言海)。

つぶつぶ、

の、

つぶ

は、つぶらで触れたように、

つぶ(粒)と同根、

とあり、

粒、

とつながるが、

粒粒、

と当てて、

物が粒状であるさまを表わす、

意や、

円円、

と当てて、

まるまると肥えているさま、ふっくらとしているさまを表わす、

意や、

ぶつぶつ、
ふつふつ、

と同義に、擬音語として、

の意の他に、

いかでつぶつぶと言ひ知らするものにもがなと(蜻蛉日記)、

と、

こまごまとくわしいさまを表わす語、

として、

つまびらか、

の意や、それを敷衍して。

妻、経方が彼(かしこ)にて云つる事を一言も不落さず、つふつふと云ふに(今昔物語集)、

と、

すっかり完全なさまを表わす語、

として使い、あきらかに、

つぶさ、
つばら、

とつながる用法がある(精選版日本国語大辞典)。その意味で、

一箇一箇(ひとつひとつ)のツ、ハラは、散散(はらはら)のハラ、

という解釈には意味がある。つまり、

ひとつひとつ丹念に、

つぶさに、

まんべんなく、

完全に、

といった意味の外延を広げていくさまが想定できる。

なお、「円」「粒」などの関連については、

まる(円・円)
つぶら
くるぶし

で触れた。

「委」.gif

(「委」 https://kakijun.jp/page/0855200.htmlより)

「委」(イ)は、

会意文字。「禾(曲がって垂れたいね)+女」で、しなやかに力なく垂れることを示す。また、「女+音符禾(カ)」会意兼形声もじと考えてもよい、

としている(漢字源)。他も、

会意。禾(か)+女。〔説文〕十二下に「委隨なり。女に從ひ、禾に從ふ」と会意とするがその意を説かず、徐鉉は「其の禾穀の垂れし穗の委曲の皃を取る」という。禾は禾形の稲魂(いなだま)。これを被(かぶ)って男女が歌舞し、豊作を祈る。その女は委、男は年(禾+人)で、年は稔りを祈る意。女はしなやかに、低く臥すような姿勢で舞う(字通)

会意。女と、禾(か)(くねくねと曲がる)とから成り、女がなびき従う、ひいて、まかせる、転じて「すえ」「くわしい」意を表す(角川新字源)

会意文字です(禾+女)。「穂先の垂れた稲の象形」と「両手をしなやかに重ねひざまずく女性の象形」から「なよやかな女性」を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「素直にしたがう・ゆだねる」を意味する「委」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji443.html

と、会意文字とするが、しかし、

会意文字とする説があるが、これは誤った分析であるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A7%94

とし、

形声。「女」+音符「禾 /*KOJ/」。「したがう」を意味する漢語{委 /*ʔ(r)ojʔ/}を表す字、

としている説がある(仝上)。

「曲」.gif

(「曲」 https://kakijun.jp/page/0692200.htmlより)

「曲」(漢音キョク、呉音コク)は、「曲水の宴」で触れたように、

象形、曲がったものさし描いたもので、曲がって入り組んだ意を含む、

とあり(漢字源)、直の対、邪の類語になる。他も、

象形。木や竹などで作ったまげものの形にかたどり、「まがる」「まげる」意を表す。転じて、変化があることから、楽曲・戯曲の意に用いる(角川新字源)、

象形。竹などで編んで作った器の形。〔説文〕十二下に「器の曲りて物を受くる形に象る」とあり、一説として蚕薄(養蚕のす)の意とする。すべて竹籠の類をいい、金文の簠(ほ)はその形に従う。簠の遺存するものは青銅の器であるが、常用の器は竹器であったのであろう。それで屈曲・委曲の意となり、直方に対して曲折・邪曲の意がある(字通)、

も象形文字としている。

「審」.gif

(「審」 https://kakijun.jp/page/1513200.htmlより)


「審」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「審」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%A9より)

「審」(シン)は、

会意文字。番(バン)は、穀物の種を田にばらまく姿で、播(ハ)の原字。審は「宀(やね)+番」で、家の中にちらばった細かい米粒を、念入りに調べるさま、

とある(漢字源)。他も、

会意。宀と、釆(はん)(わける)とから成る。おおわれているものを区別して明らかにすることから、「つまびらかにする」意を表す。のち、宀と番とから成る字形となった(角川新字源)、

正字は宷。宀(べん)+釆(べん)。篆文は審に作り、番に従う字とする。釆は獣爪。田はその掌。番は掌と獣爪の全体を示す形。〔説文〕二上に「悉(つく)すなり。知ること宷諦(しんてい)なるなり」とあり、釆を悉の意を以て解する。悉二上には「詳盡なり」という。宷は廟中に・釆番を供する形で、犠牲として用いるものには、その角・蹄・毛色など詳審な吟味を加えた。犠牲を慎重に扱うことから、詳審・審定の意となった(字通)、

とするが、

『説文解字』では「宩」を「宀」+「釆」と分析し、「審」を「宩」+「田」と分析しているが、これは誤った分析である。甲骨文字や金文の形を見ればわかるように、「釆」や「田」とは関係がない、

としhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%A9

会意。「宩」(「宀」+「米」)と羨符「口」を併せた字]だが、本義はわかっていない、

とある。別に、

形声文字です。「屋根・家屋」の象形(「屋根・家屋」の意味だが、ここでは、「探(シン)」に通じ(同じ読みを持つ「探」と同じ意味を持つようになって)、「さぐる」の意味)と「種を散りまく象形と区画された耕地の象形」(「田畑に種をまく」の意味)から、要素的な物をばらばらにして「つまびらかにする」を意味する「審」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1689.html

と形声文字とする説もある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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