みさご居(ゐ)る磯みに生(お)ふるなのりその名は告(の)らしてよ親は知るとも(山部赤人)
の、
なのりそ、
は、
勿告りそ、
の意を懸け、
求婚、
を意味し、
旅先の女に語りかけたもの、
と注釈がある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
なのりそ、
は、
なのりそも、
のことで、
莫告藻、
神馬藻、
と当て(岩波古語辞典)、この由来を、『日本書紀』允恭紀11年三月に、
幸於茅渟宮、衣通郎姬(そとおしのいらつめ)歌之曰、
等虚辞陪邇(とこしへに)、枳彌毎阿閇椰毛(きみもあへやも)、異舎儺等利(いさなとり)、宇彌能波摩毛能(うみのはまくもの)、余留等枳等枳弘(よるときどきを)(常(とこ)しへに君も逢へやも鯨魚取(いさなとり)海濱藻(うみのはまもの)寄よる時時(ときとき)を)、
時天皇謂衣通郎姬曰、是歌不可聆(きかしむ)他人、皇后聞必大恨、故時人號濱藻、謂奈能利曾毛也、
とあり、よって、
莫告藻(なのりそも)、
と名づけたとされ、
海藻中のほんだはらを指したまひしならん。然るに、これを莫騎(なのりそ)の意に移して、神馬藻の字を當つることとなりしと見えたり、此海藻と神馬とは、更に縁なきなり(大言海)、
とある。確かに、和名類聚抄(931~38年)には、
神馬藻、奈乃利曾、神馬、莫騎(なのりそ)之義也、
とある。
ホンダワラ類をさす以前は、広く、
浜藻、
を意味していたと思われ(日本大百科全書)、江戸時代には、
穂俵(ほだわら)に通ずる呼び名であるホンダワラが普及し、ナノリソは死語的になった、
とされる(仝上)。
なのりそ、
は、奈良時代、「なのりそ」の「り」の促音便形の、
ナノッソモ、
があり、正倉院文書には、
奈乃曾利、
奈乃曾、
とあるものが多い(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)とある。この、
濱藻、
は、
ホンダワラの古称、
とされ、
海中に生える大きな褐色の藻で、食用・肥料として生活に縁が深く、しばしば歌に詠まれた(仝上)、
とあり、冒頭の歌のように、
なのりその、
で、
「名告る」を導く序詞、
を構成したりする(デジタル大辞泉)。万葉集では、
海(わた)の底沖つ玉藻の名乗曾(なのりソ)の花妹と吾れとここにありと莫語(なのりそ)の花(万葉集)、
と、
なのりその花、
が詠まれているが、実際には存在しないもので、
なのりそに付いた米粒状の気泡を花と見立てたもの、
である(精選版日本国語大辞典)。
衣通郎姫、
については、
允恭天皇が寵愛する姫。皇后忍阪大中姫((おしさかのおおなかつひめ))の妹。詞藻や文才に富んで歌詞が絶妙である。容色が艶麗で、玉のような膚が衣を通して輝いていた。はじめは、帝は皇后に衣通郎姫を奉らせることを強いた。衣通郎姫は皇后を恐れて、帝の召し寄せを七回も辞退した。帝は中臣烏賊津使主を遣わして、衣通郎姫を召し寄せようとしたが、またも固辞された。使主は衣通郎姫の家の庭の中に伏して七日間、食物を食べず、涙ながら懇請し続けた。衣通郎姫はやむを得ず宮中に入った。帝は姫を寵愛し、藤原に宮殿を造営して住まわせた。後に河内茅淳の宮へ移り住み、天皇は屡々衣通郎姫の許に通い続けていた。
ある日、天皇は藤原宮へ行き、密かに衣通郎姫の様子を伺った。そこで物思いに耽る衣通郎姫が歌を詠んでいる姿を目にした。/わがせこが くべきよひなり ささがねの くものおこなひ こよひしるしも
姫の歌を聴いて、天皇は感動して歌を詠んだ。
ささらがた にしきのひもを ときさけて あまたはねずに ただひとよのみ(前賢故実)
とある(https://www.arc.ritsumei.ac.jp/opengadaiwiki/index.php/%E8%A1%A3%E9%80%9A%E9%83%8E%E5%A7%AB)。「日本書紀」では允恭天皇の皇后忍坂大中姫(おしさかのおおなかつひめ)の妹である弟姫(おとひめ)とするが、「古事記」では、同皇后の娘の軽大郎女(かるのおおいらつめ)とする(デジタル大辞泉)。
ほんだわら(穂俵)、
は、
ほだはら(穂俵)、
ともいい(大言海)、
馬尾藻(ばびそう)、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。近世初期の『宜禁本草』(ぎきんほんぞう)に、
海藻(ほんだはら)、黒如亂髪、大小都似藻葉、生浅水、
江戸初期の『本草食鑑』には、
海藻、今訓保牟多和羅……、或称保多和良、或作穂俵、又作本俵……、以供年始之賀膳、為蓬莱盤之具也、
とある。
ほんだわら、
は、
ヒジキの仲間でホンダワラ科ホンダワラ属の海藻。浅海底の岩に繁茂する。よく分枝し、長い葉をもち、米俵形の気胞を多くつける。食用、肥料用、また乾燥させて正月の飾り物にする、
とある(デジタル大辞泉)。
(ホンダワラ デジタル大辞泉より)
ほんだわら、
の由来は、
實の形によりて名あり(大言海)、
その実の形から、ホダワラ(穂俵)の義(名言通・和訓栞)、
とあるので、
ホダワラ→ホンダワラ、
と転訛したもののようである。
(「藻」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%97%BBより)
「藻」(ソウ)は、
会意兼形声。「艸+音符澡(ソウ 表面をさっと流す、表に浮かぶ)」。水面に浮かぶ水草をいう、
とある(漢字源)が、他は、
形声。(植物を表す)草冠と、声符は喿(説文解字)(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%97%BB)、
形声。艸と、水(みず)と、音符巢(サウ)(または喿(サウ))とから成る。「も」の意を表す(角川新字源)、
形声文字です(艸+澡)。「並び生えた草」の象形(「草」の意味)と「流れる水の象形と、器物の象形と木の象形(「操」に通じ(同じ読みを持つ「操」と同じ意味を持つようになって)、「使いこなす」の意味)」(「水を使いこなす・洗う」の意味)から、水中に洗われている「も」を意味する「藻」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1559.html)、
形声。正字は薻に作り、巢(巣)(そう)声。巢は細い木の枝を組み、あやなす意。〔説文〕一下に「水艸なり」とし、重文として藻を録する。藻が通行の字である。水藻の文様のような美しさから、藻麗の意となり、文彩・文章に関して、文藻・才藻という(字通)、
と形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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