韓藍(からあゐ)


我がやどに韓藍(からあゐ)蒔(ま)き生(お)ほし枯れぬれど懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ(山部赤人)

の、

韓藍(からあゐ)、

は、

けいとう、

のことで、

移し染めに用いられた、

とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、ここでは、

愛する女性の喩、

とある(仝上)。

けいとう.jpg


『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)に、

韓藍草、加良阿為、

とあるように、

韓藍、

は、

「けいとう(鶏頭・鶏冠花)」の古名、

である(精選版日本国語大辞典・大言海)が、その由来は、

外来の藍の意。その紅色の花汁をうつし染めに用いたところから(精選版日本国語大辞典)、
赤藍(あからあゐ)の上略、葉、藍に似て、花、赤き意なるべし(大言海)、
もともと韓の地から渡って来たので、韓藍の義(東雅・尾崎雅嘉随筆・槻の落葉信濃漫録・万葉集の恋歌=折口信夫)、
韓渡来の藍の意で。呉の藍すなわちクレナヰに対する(時代別国語大辞典-上代編)
葉の形状が、強い辛味のある蓼に似るので、辛藍(アラアヰ)というか(東雅)、

等々諸説あるが、単純に、外来なので、

韓(から渡来の)藍、

でいいのではないか。なお、異説として、

鴨頭草(つきくさ)(=露草(つゆくさ))とする説、
呉藍(くれない)(=紅花(べにばな) )とする説、

などがあるが、上代の用例による、種子をまいて、秋に紅色の花が咲き、うつし染めにするという条件には、露草、紅花ともに合致しない、

とする(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。

韓藍、

は、のちに、

わが恋はやまとにはあらぬからあゐのやしほの衣深く染めてき(続古今和歌集)、
立田川山とにはあれどからあひの色そめ渡る春の青柳(壬二集)、

と、

美しい藍色、

の意でも使うようになる(広辞苑・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。

鶏頭、

は、

ヒユ科の一年草。熱帯アジア原産で、中国を経て、古くに渡来。古くから観賞用に庭園などで栽培されている。鶏冠(とさか)状、球状、羽毛状などの帯化した花序をつけ、茎は直立して条線があり、赤みを帯び、高さ五〇~九〇センチメートルになる。葉は互生し、卵形あるいは披針形で長さ五~一〇センチメートルで先はとがる。秋、茎頂に赤、紅、黄、白などの花色の小花を密集してつけ帯化する。高さは、三〇~九〇センチ、

とある(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。漢名は、

鶏冠、

からあい(韓藍)、

のほか、

とさかけいとう(鶏冠鶏頭)、
けいとうか(鶏頭花)、
けいかんか(鶏冠花)
けいとうげ(鶏頭花)、

などともいう(仝上)。

鶏頭、

の由来は、

形がとさかに似ているところから(俚言集覧・重丁本草綱目啓蒙)、
漢名「鶏冠」を「鶏頭」と誤って言ったもの(中華名物考=青木正児)、

とあるが、ここは形状の類似でいいのではあるまいか。

「韓」.gif


「韓」(漢音カン、呉音ガン)の異字体は、

㙔(俗字)、韩(簡体字)、𡋶(草書体)、𩏑(本字)、

とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9F%93)

字源は、

会意兼形声。「韋(なめしがわ)+音符幹(カン かわいて丈夫な板、強い、大きい)の略体」、

とある(漢字源)。

韓藍、

の他、

韓紅(からくれない 唐紅)、 
韓衣(からころも 唐衣)、
 
等々とも使う。ただ、字源は、
形声。「韋」+音符「倝 /*KAN/」。「いげた」を意味する漢語{韓 /*gaan/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9F%93)

形声。韋と、音符倝(カン、ケン)(𠦝は省略形)とから成る。もと、国名を表した(角川新字源)

と、形声文字とする説、

会意。正字は倝(かん)に従い、倝+韋(い)。〔説文〕五下に「井垣なり」といげたの意とし、韋は「其の帀(めぐ)ることを取るなり」というが、韋は韋皮。金文の〔羌鐘(ひゆうきようしよう)〕に韓の字がみえ、その字は韋に従わず、旗竿の象。その旗竿に韋皮を巻くことがあり、韓の字が作られたのであろう。〔段注〕に〔説文〕の文を「井橋なり」とするが、それならば桔槔(きっこう)の意となる(字通)、

と、会意文字とする説に別れる。

「藍」.gif


「藍」(ラン)は、

形声。「艸+音符監」(漢字源)、

形声。「艸」+音符「監 /*RAM/」。「あい」を意味する漢語{藍 /*raam/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%97%8D)

形声。艸と、音符監(カム)→(ラム)とから成る(角川新字源)。

形声。声符は監(かん)。監に濫・覽(覧)(らん)の声がある。〔説文〕一下に「靑を染むる艸なり」とあり、染料として用いる。〔詩、小雅、采緑〕に「終朝に藍を采る」の句があり、〔周礼、地官、掌染草〕の職は、春秋に藍を収めて染人に頒(わか)つことを職掌とした。〔荀子、勧学〕に「出藍」の語がある(字通)、

と、多く形声文字とするが、

会意兼形声文字です(艸+監)。「並び生えた草」の象形(「草」の意味)と「しっかり見開いた目の象形とたらいをのぞきこむ人の象形と水の入ったたらいの象形」(人が水の入ったたらいをのぞきこむ様(さま)から「鏡に写して見る」、「鏡」、「手本」の意味)から、染料に使用する美しい草「あい」、「あい色」を意味する「藍」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2195.html

と、会意兼形声文字とする説がある。。

「鷄」.gif



「鶏」.gif

(「鶏」 https://kakijun.jp/page/1923200.htmlより)

「鶏(鷄)」(漢音ケイ、呉音ケ)の異字体は、

雞(繁体字)、鷄(旧字体)、鸡(簡体字)、

とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B6%8F)

「鶏(鷄)」の字源は、ニワトリで触れたように、

会意兼形声。奚(ケイ)は「爪(手)+糸(ひも)」の会意文字で、系(ひもでつなぐ)の異字体。鶏は「鳥+音符奚」で、ひもでつないで飼った鳥のこと。また、たんなる形声文字と解して、けいけいと鳴く声を真似た擬声語と考えることもできる、

とある(漢字源)。同趣旨で、

会意兼形声文字です(奚+鳥)。「手を下に向けてつかむ象形とより糸の象形と人の象形」(「つながれた人、召し使い」の意味)と「鳥」の象形から、家畜としてつなぎとめておく鳥「にわとり」を意味する「鶏」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji326.html

ともあるが、

形声。「鳥」+音符「奚 /*KE/」。「にわとり」を意味する漢語{雞 /*kee/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B7%84)

形声。鳥と、音符奚(ケイ)とから成る。「にわとり」の意を表す。常用漢字は省略形による(角川新字源)、
形声。声符は奚(けい)。正字は雞に作り、鷄はその籀文。常用漢字は、その籀文によって鶏を用いる。卜文の字形は鳥に従い、卜文において鳥形を用いるものはおおむね聖鳥とされるものであった。その形は高冠脩尾、鳳(風神)に近い形にしるされている。〔説文〕四上に「雞は時を知る畜なり」とあり、〔周礼、春官、雞人〕はその職を掌る。殷・周の祭器を彝器(いき)といい、銘末に「寶●彝(はうそんい)を作る」というのが例であるが、彝は鶏を羽交いじめにして血を取る形。その牲血を以て器を清めた。奚はその鳴く声。わが国では「かけ」という(字通)、

と、他は形声文字とする。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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