いにしへに梁(やな)打つ人のなかりせばここにもあらまし柘(つみ)の枝(えだ)はも(若宮年魚麻呂)
の、
柘の枝、
は、詞書(和歌や俳句の前書きで、万葉集のように、漢文で書かれた場合、題詞(だいし)という)に、
仙柘枝(やまびめのつみのえ)の歌三首、
とあるうちの三首目で、他は、一首目が、
霰(あられ)降り吉志美(きしび)が岳(たけ)をさがしみと草取りかなわ妹が手を取る
二首目が、
この夕(ゆうへ)柘(つみ)のさ枝(えだ)の流れ来(こ)ば梁(やな)は打たずて取らずかもあらむ
で、その最後の歌になる。
すべて宴席歌であろう、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)
仙柘枝(やまびめのつみのえ)の歌、
は、
吉野の漁夫味稲(うましね)が谷川で山桑を拾った、桑の枝は仙女と化して味稲の妻となったという話が伝わる(懐風藻他)。その仙女に関する歌、
とある(仝上)。
柘枝伝説(つみのえでんせつ)、
は、日本の、
神婚伝説、
の一つ、
柘枝仙媛(つみのえやまびめ)と吉野の漁師味稲(うましね)との神婚譚、
で、
柘枝伝、
という書物もあったらしいが、今に伝わらない。上述の万葉集の三首の他、、懐風藻の詩や続日本後紀の歌などの断片的な言及から、およそのプロットは、
大和国吉野川で漁を業とする味稲(うましね)という男が、ある日梁にかかった柘(山桑)の枝を拾い取ったところ美女に変じ、相愛(め)でて結婚した。天女と結婚したことが理由であろうか、その後とがめを受け、ともに毗礼衣(ひれごろも 領巾(ひれ)のついた衣)を身につけて昇天した、
というものである(世界大百科事典)。
また、上述の三首の一首目の歌、
霰(あられ)降り吉志美(きしび)が岳(たけ)をさがしみと草取りかなわ妹が手を取る、
には、
或いは「吉野の人味稲、柘枝仙媛に与ふる歌」といふ。ただし、柘枝伝を見るに、この歌あることなし、
と付記があるが、この歌は、
味稲という漁師が詠んだ歌、
という体裁である。この歌は、逸文肥前国風土記の杵島山の条に春秋に歌垣があり、その歌に、
あられふる杵島が岳を峻(さが)しみと草採りかねて妹が手を取る、
と見え、これは、
杵島曲(きしまぶり)、
という民謡とされ、歌の内容はほぼ類同する。また、『古事記』仁徳天皇条の、速総別(はやぶさわけ)王と女鳥(めどり)王の物語中にも、
梯立(はした)ての倉椅(くらはし)山を嶮(さが)しみと岩かきかねて我が手取らすも、
という類歌がある。これも歌垣の誘い歌系統の笑わせ歌であったと思われ、九州の、
杵島曲、
という歌曲が、歌垣の基本曲として広く流伝していたことが知られる(仝上)とある。
柘(つみ)、
は、後世、
づみ、
といったらしい(精選版日本国語大辞典)が、
やまぐわ(山桑)の古名、
とされ(仝上)、和名類聚抄(931~38年)に、
柘桑、豆美、
字鏡(平安後期頃)に、
柘、豆美乃木、
とあり、
食(つみ)の義、蠶(蚕)の其葉を食ふものの意という、
とある(大言海)。
山桑(ヤマグワ)、
は、
クワ科の落葉高木。桑の野生種。山地に自生し、広く養蚕用などに栽植される最もふつうなクワの一種。高さ10~15メートルに達するものもあるが、ふつうは刈り取られて低木状となる。雌葉は卵形で多く三~五裂し、先端は尾状にとがる。雄異株または同株。春、単性花を穂状につける。果実は楕円形で黒く熟し食べられる、
とある(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。この別名とされる、
やまぼうし(山法師)、
は、
ミズキ科(APG分類:ミズキ科)の落葉高木。高さ10メートルに達する。幹は灰褐色。葉は対生し、楕円(だえん)形または卵円形で長さ4~12センチメートル、全縁。花は6~7月に開き、淡黄色で小さく、多数が球状に集合し、大形の花弁状で白色の総包片が4枚ある。総包片のない大形の散房花序をつける同属のミズキより進化した植物と考えられている。果実は球形で径1~1.5センチメートル、赤く熟し、食べられる。山地に普通に生え、名は、頭状花序を僧兵の頭に見立て、また白い総包片を頭巾(ずきん)に見立てたもの、
とある(日本大百科全書)。果実が食用となるため、
山に生える桑、
という意味からヤマグワともいわれるが、同名の、
クワ科のヤマグワ、
とはまったくの別種である(仝上)。近縁種に、
ハナミズキ(別名アメリカヤマボウシ)、
がある。
(ヤマグワ(ヤマボウシ) https://manyuraku.exblog.jp/16226573/より)
(ヤマボウシの実 https://gardenstory.jp/plants/53067より)
(「柘」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9F%98より)
「柘」(シャ)は、
形声。「木+音符石」、
とあり(漢字源)、他も、
形声。「木」+音符「石 /*TAK/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9F%98)、
形声。声符は石(せき)。石に斫(しやく)の声がある。〔説文〕六上に「柘桑なり」とあり、山桑をいう。燧火(すいか)をとるのに用いる(字通)。
形声。木と、音符石(セキ、シヤク)→(シヤ)とから成る(角川新字源)、
とするが、
会意兼形声文字です(木+石)。「大地を覆う木」の象形と「崖の下に落ちている、石」の象形(「石のようにかたいもの」の意味)から、「石のようにかたい木、やまぐわ」を意味する「柘」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2502.html)、
と、会意兼形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
倉野憲司訳注『古事記』(岩波文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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