和魂(にきたま)


大君の和魂(にきたま)あへ(会)や豊国の鏡の山を宮と定むる(手持女王)

の、

和魂(にきたま)、

は、後世、

にぎたま、

と濁音化するが、

にぎみたまは王身(みついで)にしたがひて寿命(みいのち)をまもらむ(日本書紀)、

と、

にきみたま(和魂)、

とも訓ませ(岩波古語辞典)、同じとする(デジタル大辞泉)が、

にぎみたま、

は、

和御魂、

とも当て、

温和な徳を備えた神霊、

の意で(岩波古語辞典)、前述の日本書紀の神功皇后のくだりは、

あらみたまは先鋒(さき)として師船(みいくさのふね)を導かむ(日本書紀)

と続き、

和魂、

は、

荒魂(あらみたま)、

と対で、

物事に対して激しく活動する神霊、

をいう。

みたま、

は、

御霊、

と当て、

神、人の霊を敬いて云ふ語、

で、和名類聚抄(931~38年)に、

霊、美太萬、一云美加介(みかげ)又用魂魄二字、

とあり、

吾(あ)が主(ぬし)の美多麻(みたま)賜ひて春さらば奈良の都に召上(めさ)げたまはね(万葉集)、

と、

お蔭、
御恩、

といった意味でも使う(大言海)。

あらみたま、

は、

神の御霊の徳用(はたらき)に就いて云ふ語、御霊の時として荒びて外に現し、強暴なるものを打伏せむとしたまふが、即ち、荒御霊なり。御霊が、内に和(にぎ)びて鎮まりましてあるを、和御魂(にぎみたま)と云ふ。又、和御霊の徳用に、二様あり、人の身を守りて幸(さき)くあらしめたまふを、幸御霊(さきみたま)、又幸魂(さきたま)と云ひ、奇(く)しき徳用を以て、事業を成さしめたまふを、奇御霊(くしみたま)と云ふ、

とある(大言海)。つまり、

古く日本人は神の霊魂の作用および徳用を異なる作用を持つ霊魂の複合による、

と考え、

和魂、

は、主として、

神霊の静的な通常の状態における穏和な作用、徳用、

をさし、これに対して、

荒魂、

は、

活動的で勇猛、剛健な作用、

をさしていう(世界大百科事典)。

その作用をおこさせる原動力は個別に存在するものと考えられ、神霊も平常のときには一つの神格に統一され別個のはたらきは見せないが、時と場合に応じて分離し、単独に一個の神格としてはたらくものと信じられたのである。そこで、神をまつるにあたっても、和魂だけをまつる場合も、荒魂だけをまつる場合もある、

とあり(仝上)、上述の、神功皇后は、出兵に際して、

にぎみたまは王身(みついで)にしたがひて寿命(みいのち)をまもらむ、あらみたまは先鋒(さき)として師船(みいくさのふね)を導かむ(日本書紀)、

と、

あらみたま、
にぎみたま、

を列記しているし、その、

神功(じんぐう)皇后の〈三韓征伐〉に際して功績があったとされる住吉(すみのえ)神(底筒男命、中筒男命、表筒男命3神の総称)は、和魂が摂津(大阪府)の住吉大社に、荒魂が長門(山口県)の住吉神社にまつられている、

とある(仝上)。また、

あらみたま、

は、

死者と死霊の中間にあり、たたりの可能性があるとされる新霊にも通じる、

とあり(ブリタニカ国際大百科事典)、これは、

疫神(ヤクジン)の神霊、又は、死者の怨霊(ヲンリヤウ)(疫神となりたる)の敬称、

である、

をごりょう、

と訓ませる、

御霊、

につながる。この、

御霊、

については、「御霊会」で触れた。因みに、

和魂、

をわこん、

と訓ませると、

やまとだましい、

の意となる(精選版日本国語大辞典)。

」(にぎ)で触れたように、

和魂(にぎみたま)、

の、

にぎ、

は、

和、
熟、

と当て、

にき、

と訓んだが、中世以降、

にぎ、

と訓む。

和魂(にぎたま)、

の、

にき、

は、

ニコと同根、

として(広辞苑)、

「おだやかな」「やわらかな」「こまやかな」「精熟した」などの意を表す、

とする(仝上)。

荒(あら)、

が対で、動詞化すると、

にき(和)び、

で、

和らぐ、慣れ親しむ、

という意味になる。対は、

あら(荒)ぶ、

になる。因みに、

にきび(面皰)、

は、かつて「にきみ」といったが、

ニキはニキ(和)と同根、

とある(岩波古語辞典)。

にきたえ(へ)、

は、

和妙、
和栲、
和幣、

と当てるが、

古く折目の精緻な布の総称、また、うって柔らかく曝した布、

の意で、対は、

荒妙(荒栲)、

になる。

神に供える麻布をぎたへ(和栲)といったのが、たへ(t[ah]e)の縮約で、にぎて(和幣)になった、

とある(日本語の語源)。因みに、

にこ、

は、

和、
柔、

と当て、「にき」と同じく、

荒(あら)、

と対で、

体言に冠して「やわらかい」「こまかい」の意を表す、
穏やかに笑うさま、

とある(広辞苑)。

前者の「やわらかい」「こまかい」の意の「にこ」は、

にこ毛、にこ草、

等々と使う。後者の、「穏やかに笑う」意の「にこ」は、

にこと笑う、

の「にこ」である(仝上)。

大言海は、「にぎ」の項として、

和(なぎ)に通ず。荒(あら)の反、

とし、

柔飯(にぎいひ)、
塾蝦夷(にぎえみし)、
和稻(にぎしね)、
和炭(にぎずみ)、

等々と並べるが、

和稻(にぎしね)、

とは、

籾をすりさった米、

の意で、

抜穂の荒稻(あらしね)、

が対である。因みに、

にぎはひ、

は、

賑はひ、

と当てるが、語源は、

ニギ(和)+ハフ(延ふ)、

で、

和やかな状態が打ち続き、盛んになる、

意であり、

にぎやか、

も、

賑やか、

と当てるが、語源は、

ニギ(和)+やか(形容動詞化)、

で、

和やかで、豊かで活気がある状態の形容動詞、

である(日本語源広辞典)。

にき・にこ(和)の反対の、

荒(あら)、

は、

アラカネ(鉄)・アラタマ(璞)・アラト(磺)などのアラで、物が生硬で剛堅で、烈しい意を表す、

とある(岩波古語辞典)。また、

荒(あら)、

は、

粗、

とも当てるが、その場合は、

こまか(濃・密)の対。アラアラ(粗・略)・アラケ(散)・アライミ(粗忌)・アラキ(粗棺)などのアラ。物が、バラバラで、粗略・粗大である意を表す。母音交替によってオロに転じ、オロカ・オロソカのカタチでも使われる、

とあり(仝上)、こう注記がある。

(粗と荒は)起源的に別であったと思われるが、後に混用され、次第に「荒」の一字で両方の意味を表すようになった、

と。しかし、そうではないのではないか。元々和語では、

あら、

という表現しかなく、漢字によって、荒と粗を区別することを知ったが、意味に無理があり、混淆した、と見るべきではないか。だから、「あら」と言っている限り、

粗いの「あら」

も、

荒っぽいの「あら」、

も区別がつかない。前述した、

にきたえ(へ)(和妙、和栲)、

の反対は、

荒妙(荒栲)、

つまり、この場合、荒々しいではなく、粗いを指す。両者の区別はとうについていない。このあたりは、

あらたま

で触れたことと重なるが、

和名類聚抄(平安中期)には、

璞、阿良太万(あらたま)、玉未理也、

とある。この場合の、

あら、

は、

粗、
荒、

と当てる、

あら、

で、

柔き、
和(にご・にき)、

に対し(大言海・岩波古語辞典)、

アラカネ(鉄)・アラタマ(璞)アラト(硫)などのアラ、

で、

物が生硬・剛堅で、烈しい意、

を表すので、

剛(こわ)き、

意で、

毛の荒物、毛の和物(ニゴモノ)、
荒炭、和炭(ニゴスミ)、

と対比して使ったり、烈しい意で、

荒御霊(アラミタマ)、和御霊(ニギミタマ)、

と対比して使い、さらには、そこから広げて、

荒波、荒海、

等々と使う(仝上)。しかし、

あら、

には、いまひとつ、

こまか(濃・密)、

に対し(岩波古語辞典)、

アラアラ(粗・略)・アラケ(散)・アライミ(粗忌)・アラキ(粗棺)などのアラ、

で、

物がばらばらで、粗略・粗大である意を表す、

あら、

があり、この「あら」は、

母音交替で「オロ」と転じ、「オロカ」「ワオロソカ」の形で使われる(岩波古語辞典)、

とある。

「荒」のあら、
と、
「粗」のあら、

は、

起源的に別であったかと思われるが、後に混用され、次第に「荒」一字で両方の意味を示すようになった(仝上)、

のは前術したとおりであるある。この、

あら、

が、

あらたま、

として、

「年」「月」「日」「夜」「春」、

にかかり、

あらたまの年、

で、

新年、
新春、

の意で使われる。これは、

枕詞「あらたまの」が、「年」「春」等々に冠せられ、「あらたまの年」「あらたまの春」ともちいられているうちに、「あらたま」だけで、「春」や「年」の意を表すに至った、

ものとされる(岩波古語辞典)。しかし、この、

あらたま、

の、

あら、

は、上述の、

荒、
粗、

の、

あら、

とは、意味が違い過ぎる。あるいは、由来を異にするのではないか。

(江戸中期)『万葉代匠記』(契沖著、『万葉集』の注釈・研究書)、総釋枕詞、あらたまの「あらたまるなり」(谷(はさま)も、挟(はさま)るなるべし)、此語原説、殊に平易なるをおぼゆ、然れども、語原を枕詞としたる例もなきやうなれば、強ひて、云ひがたし。尚、考ふべし。新閒(アラタマ)と云ふ説もあれど、間と云ふ意、落ち着かず。此外にも諸説あれど、皆理屈に落つ、

とある(大言海)ものの、

あらたまる、

は捨てがたい。

あらたま、

に、

新玉、

と当てるのは、

新しい、

意の、

あらた(新)、

からきている。

あたら」で触れたように、

あらたし、

は、

あらた(新)の形容詞形、

つまり、

あらたを活用した、

もので、

平安時代以後、アタラシ(可惜)と混同を起こしたらしく、アタラシという形に変わった。ただし、可惜の意のアタラシと新の意のアタラシとのアクセントば別で、アタラシ(新)の第一アクセントは、アラタ(新)の第一アクセントと一致していた、

とある(岩波古語辞典)。つまり、状況依存の、口語では、

あたらし(可惜)、

あたらし(新)、

とは区別されていたが、書き言葉の中では区別がつかなくなっていった、ということなのだろうか。日本語源大辞典は、

アラタシからアタラシへの変化は、音韻転倒の典型的な例として引かれることが多いが、変化の説明はなお考慮すべき点がある。まず、アクセントのうえでは区別できるものの、「惜しい」の意の形容詞「アタラシ」と同形となり、一種の同音衝突となる点をどのように考えるかが問題となる。さらに、同根の類語アラタナリ・アラタムとの類似が薄まるために起こりにくくなるはずの変化が、どうして起こり得たかを明確にする必要がある、

と、述べている。確かに、

あらた(新)なり、
あら(新)た、

はそのまま生きているのである。憶説にすぎないが、この、

あら(新)、
と、
あら(荒)、

とが混用されてしまったのではあるまいか。意味からいえば、

あら(新)、

が、

あらたま(新玉)、

とつながる方が自然なのではないかという気がしてならない。なお、

たま(魂・魄)
魂魄

については触れた。

「和」.gif

(「和」 https://kakijun.jp/page/0845200.htmlより)


「和」 金文・西周.png

(「和」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%92%8Cより)


「和」 楚系簡帛文字.png

(「和」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す) 戦国時代  https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%92%8C

「和」(漢音カ、呉音ワ、唐音オ)の異体字は、

咊、龢

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%92%8C。字源は、

会意兼形声。禾は粟の穂のまるくしなやかに垂れたさまを描いた象形文字。窩(カ まるい穴)とも縁が近く、かどだたない意を含む。和は「口+禾(カ)」、

とある(漢字源)が、

会意。禾(か)+口。禾は軍門の象。口はꇴ(さい)、盟誓など、載書といわれる文書を収める器。軍門の前で盟約し、講和を行う意。和平を原義とする字である。〔説文〕二上に「相ひ應(こた)ふるなり」(段注本)と相和する意とするが、その義の字は龢(わ)、龠(やく)(吹管)に従って、音の和することをいう。〔周礼、夏官、大司馬〕「旌を以て左右和(くわ)(禾)の門と爲す」の〔鄭注〕に「軍門を和と曰ふ。今、之れを壘門(るいもん)と謂ふ。兩旌を立てて以て之れを爲す」とあって、のち旌を立てたが、もとは禾形の大きな標木を立てた。のち華表といわれるものの原形をなすもので、華表はのち聖所の門に用いられる。金文の図象に、左右に両禾相背く形のものがある。〔戦国策、魏三〕「乃ち西和門を開きて、~使を魏に通ず」、〔斉一〕「交和(かうくわ)して舍す」のようにいう。のち桓(かん)の字を用い、〔漢書、酷吏、尹賞伝〕「寺門の桓東に瘞(うづ)む」の〔注〕に引く「如淳説」に、その制を説いて、「舊亭傳(駅)は四角の面百歩に、土を四方に築き、上に屋有り。屋上に柱の出づる有り。高さ丈餘。大板(版)有り、柱を貫きて四出す。名づけて桓表(くわんへう)と曰ふ。縣の治する所、兩邊を夾(はさ)みて各一桓あり。陳・宋の俗言に、桓の聲は和(くわ)の如し。今猶ほ之れを和表(くわへう)と謂ふ」とみえ、両禾軍門の遺制を伝えるものであろう。調和の意は、龢字の義であるが、いま和字をその義に用いる(字通)、

と、会意文字とする説もある。ただ、

会意文字とする説があるが、これは誤った分析である、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%92%8C、他は、

形声。「口」+音符「禾 /*KOJ/」[字源 1]、「龢」の偏を入れ替えた異体字。「調和する」を意味する漢語{和 /*gooj/}を表す字(仝上)、

形声。口と、音符禾(クワ)とから成る。人の声に合わせ応じる、ひいて、心を合わせて「やわらぐ」意を表す(角川新字源)、

形声文字です。「口」の象形と「穂先が茎の先端に垂れかかる」象形(「稲」の意味だが、ここでは、「會(か)に通じ、「会う」の意味)から、人の声と声が調和する「なごむ」を意味する「和」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji45.html

と、形声文字とする。

「魂」.gif


「魂」(漢音コン、無呉音ゴン)の異体字は、

䰟、䲰、𠇌、

とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AD%82)。字源は、たま(魂・魄)で触れたように、

会意兼形声。「鬼+音符云(雲。もやもや)」、

とあり(漢字源)、雲と同系で、「もやもやとこもる」意を含む、渾(コン もやもやとまとまる)と、非常に縁が近い(仝上)ともある。「たましい」、「人の生命のもととなる、もやもやとして、決まった形のないもの、死ぬと、肉体から離れて天にのぼる、と考えられていた」の意とある(仝上)。

とある(漢字源)。なお、

「魂」は陽、「魄」は陰で、「魂」は精神の働き、「魄」は肉体的生命を司る活力人が死ねば魂は遊離して天上にのぼるが、なおしばらくは魄は地上に残ると考えられていた、

ともある(仝上)。同じく、

会意兼形声文字です(云+鬼)。「雲が立ち上る」象形(「(雲が)めぐる」の意味)と「グロテスクな頭部を持つ人」の象形(「死者のたましい」の意味)から、休まずにめぐる「たましい」を意味する「魂」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1545.html

ともあるが、他は、

形声。「鬼」+音符「云 /*WƏN/」。「たましい」を意味する漢語{魂 /*wəən/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AD%82

形声。鬼と、音符云(ウン)→(コン)とから成る。「たましい」の意を表す(角川新字源)、

と、形声文字とする説、

会意。云(うん)+鬼(き)。云は雲の初文で、雲気の象。人の魂は雲気となって浮遊すると考えられた。〔説文〕九上に「陽气なり」とあるのは、次条の魄字条に「陰神なり」とあるのに対するもので、白とは生色のない頭顱(とうろ)(されこうべ)の形。〔荘子、馬蹄〕に神(神)・魂・云・根を韻しており、云・魂は畳韻の語であった(字通)、

と、会意文字とする説がある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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