雨障(あまつつ)み


雨障(あまつつ)み常する君はひさかたの昨夜(きぞ)の夜(よ)の雨に懲(こ)りにけむかも(大伴郎女)
ひさかたの雨も降らぬか雨障み君にたぐひてこの日暮らさむ(万葉集)

の、

雨障(あまつつ)み、

は、

雨を忌み嫌って家に籠ること、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

雨障(あまつつみ)、

は、

障(つつ)む、

が、

斎(つつ)むより轉ず(大言海)、
ツツム(包)と同根、こもって謹慎する意(岩波古語辞典)、

とあるように、

雨に降られて外に出られず、とじこもっていること、

つまり、

雨ごもり、

の意だが、後に、

あまづつみ 是雨の装束也(「言塵集(1406)」)、

と、

雨から身を包むもの、
雨に濡れないための身支度、

つまり、

雨具、

の意に転じた(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。この場合、

あまづつみ、

とも訓ませる(仝上)。これは、

「つつみ」が障りの意であるという原義が忘れられて、「包み」への類推から生じたものと思われる、

とあり(仝上)、

雨包み、

とも当てる(岩波古語辞典)。ただ、

雨障(あまつつみ)、

を、

あまさわり、

と訓まそうとする説もあるが、この場合、

障り、

の意味が少し薄らぎ、

雨を忌む、

というより、

雨を嫌う、

という含意の、

雨に降りこめられて外出しないこと、
雨に降られ濡れるのをきらって外出をひかえること、

の意にスライドするし、また、四段動詞、

あまつつむ、

を想定する考えもある(仝上)とある。

雨隠(あまごも)り心いぶせみ出(い)で見れば春日(かすが)の山(やま)は色づきにけり(大伴家持)
雨隠(あまごも)り物思(ものも)ふ時にほととぎす我(わ)が住む里に来(き)鳴き響(とよ)もす(中臣宅守)
雨隠(あまごも)る三笠(みかさ)の山を高みかも月の出(い)で来(こ)ぬ夜は更(ふ)けにつつ(安倍蟲麻呂)、

などの、

雨隠り

は、どちらかというと、

雨天を嫌って家の中に籠っていること、

をいい、

「雨に籠る御笠」の意から「御笠」と同音の「三笠の山」にかかる、

枕詞として使う(仝上)。

障る、

意の、

つつむ、

は、

石上(いそのかみ)降るとも雨につつまめや妹に逢はむと言ひてしものを(大伴像(かた)見)、

と、

障む、
恙む、

と当て、上述のように、

包むと同根、

とされ(岩波古語辞典)、

差し支える、

意(大言海)で、類聚名義抄(11~12世紀)に、

障、サハル、ツツム、

とあるが、

謹む、

も、

ツツム(包)と同根、悪いことが外に洩れないように用心する、

意であり、

包む、
裹む、

は、

ツツはツト(苞)と同根、

とある(岩波古語辞典)。

苞、

は、「苞豆腐」で触れたように、

苞苴、

とも当て(「苞苴」は「ほうしょ」とも訓む。意味は同じ)、

わらなどを束ねて物を包んだもの、

で、

藁苞(わらづと)、
荒巻(あらまき 「苞苴」「新巻」とも当てる)、

とも言う(広辞苑)が、「苞」には、

土産、

の意味がある(広辞苑)のは、

歩いて持ってくるのに便利なように包んできたから、

という(たべもの語源辞典)。土産の意では、

家苞(いえづと)、

ともいう(広辞苑)。「苞」は、また、

すぼづと、

ともいう(たべもの語源辞典)が、

スボというのはスボミたる形から呼ばれた、

かららしい(仝上)。

「苞」(つと)は、「つつむ」で触れたことだが、

ツツム(包)のツツと同根、包んだものの意、

とある(岩波古語辞典)。

包(ツツ)の転(大言海)、
ツツムの語幹、ツツの変化(日本語源広辞典)、

と、「つつむ」とつながる。なお、

あめ(雨)、

については、触れた。

「雨」.gif

(「雨」 https://kakijun.jp/page/ame200.htmlより)


「雨」 甲骨文字・殷.png

(「雨」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%A8より)


「雨」 金文・西周.png

(「雨」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%A8より)

「雨」 金文・戦国時代.png

(「雨」 金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%A8より)

「雨」 楚系簡帛文字.png

(「雨」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)  https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%A8より)

「雨」(ウ)の異字体は、

㲾、𠕒、𠕘、𠕲(古字)、𡷎、𣴆、𩁼、𩃯、𩗿、𮦄、𮦆(俗字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%A8。字源は、

象形。天から雨の降るさまを描いたもので、上から地表を覆ってふる雨のこと、

とある(漢字源)他も、

象形。空から雨の降る形。「あめ」を意味する漢語{雨 /*w(r)aʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%A8

象形。空から水滴が落ちてくるさまにかたどり、「あめ」の意を表す(角川新字源)、

象形文字です。「天の雲から水滴が滴(したた)り落ちる」象形から「あめ」を意味する「雨・⻗」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji103.html

象形。雨の降る形。全体が象形(字通)、

と、同じである。

「障」.gif

(「障」 https://kakijun.jp/page/1429200.htmlより)

「障」(ショウ)は、

形声。「阜(壁やへい)+音符章」で、平面をあてて進行をさしとめること。章(あきらか)の原義には関係がない、

とある(漢字源)。他も、

形声。阜と、音符章(シヤウ)とから成る。へだてる、ひいて、さえぎる、「ふせぐ」意を表す(角川新字源)

形声文字です。「段のついた土山」の象形(「丘」の意味)と「墨だまりのついた大きな入れ墨ようの針」の象形(「しるし」の意味だが、ここでは「倉(ショウ)」に通じ(同じ読みを持つ「倉」と同じ意味を持つようになって)、「かくしおおう」の意味)から、丘でかくし「へだてる」を意味する「障」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji989.html

形声。声符は章(しよう)。〔説文〕十四下に「隔つるなり」とあり、障壁をなすことをいう。〔左伝、定十二年〕の「保障」は「堡障」の意。鄣も声義同じ。土部十三下に「墇は擁(ふさ)ぐなり」とあって、これは壅塞(ようそく)することをいう。𨸏(ふ)は神の陟降する神梯の象であるから、障は聖域を壅ぎ衛る意である(字通)、

と、いずれも形声文字とする。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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