人言(ひとごと)


人言(ひとごと)を繁み言痛(こちた)み逢はずありき心あるごとな思ひ我が背子(高田女王)

の、

人言(ひとごと)、

は、

他人の言葉、
世人の言葉、

の意(広辞苑)、

ひとごと、

は、

他人言、

とも当てるように、

ひとごとの頼みがたさはなにはなる蘆の裏葉のうらみつべしな(後撰和歌集)、

と、

他人のいう言葉、

の意だが、そこから広げて、

現世(このよ)には人言(ひとごと)繁し来む世にも逢はむ我が背子今にあらずとも(万葉集)、

と、

人のうわさ、
世間の評判、

の意で使う(デジタル大辞泉)。

人言、

を、

じんげん、

と訓ませると、

内省不疚、何恤人言(後漢書・班超傳)、

と、漢語で、

人のうわさ、

の意で、それを使い、我が国でも、

空堂寂莫人言少、雑樹朦朧暗昏暁」(「経国集(827)」)、

と、

人の話すことば、
人語、

の意や、

治房曰、人言果不可聴也(「日本外史(1827)」)、

世人のうわさ、
取り沙汰、
また、
ある人が口に出したことば、
人の話、

の意で使う(精選版日本国語大辞典)。

ひとごと、

に、

人事、

と当てると、

じんじ、
にんじ、

とも、

ひとごと、

とも訓ませ、

ひとごと、

と訓ませれば、

他人事、

とも当て、

かく世のひとごとのうへを思いて(紫式部日記)、

と、

他人に関すること、

の意や、

人の国にかかる習ひあなりと、これらになきひとごとにて伝へ聞きたらんは(徒然草)、

と、

自分には関係のないこと、
よそごと、

の意で(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、

にんじ、

と訓ませると、仏教で、

坐禅弁道すること三十余年なり。人事たえて見聞せず(正法眼蔵)、

と、

人間界のこと、
また、
人の行なうべき事柄、
人生の諸事、

の意になる(仝上)。

じんじ、

と訓ませれば、漢語で、

人事不省、
人事棺を蓋(おほ)いて定まる、
人事を尽くして天命を待つ、

等々に使われているように、

此地幽閑人事少、唯余風動暮猿悲(「文華秀麗集(818)」)、

と、

(自然、超自然の事柄に対して)人間に関する事柄、人間社会の事件、

今朝人事繁多、寺家公事不及披露而退出也(蔭凉軒日録‐寛正五年(1464)一二月二五日)、

と、

人の行なう、また行なうべき事柄、また、人のなしうる仕事、

此程よりして奥方には、更に人事(ジンジ)も覚えぬ程重態にござりますれば(歌舞伎「関原神葵葉(1887)」)、

と、

人としてはっきりした意識でいること、人としての知覚、感覚、

等々、人に関わることとして使われ、今日でも、

人事部、
人事権、
人事考課、

等々広く使われている。なお、

「ひとごと」の「人事」、「他人事」の「 ひとごと」、については触れた。

「言」.gif



「言」 甲骨文字・殷.png

(「言」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%80より)

「言」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「言」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%80より)

「言」(①漢音ゲン・呉音ゴン、②漢音ギン・呉音ゴン)は、

会意文字。「辛(きれめをつける刃物)+口」で、口をふさいでもぐもぐいうことを音(オン)・諳(アン)といい、はっきりかどめをつけて発音することを言という、

とあり(漢字源)、曰(えつ)・謂(い)と同義の、「いふ」意、「遺言」「言行一致」など「口に出す」意、「五言絶句」「一言」など「言葉や文字の数」の意、「言刈其楚」と「ここ」の意、「言言(げんげん)」と「いかめしい」意の場合は、①の音、慎む意の「言言(ぎんぎん)」の場合は、②の音となる(仝上)とある。他に、

会意。辛(しん)+口。辛は入墨に用いる針の形。口は祝詞を収める器のꇴ(さい)。盟誓のとき、もし違約するときは入墨の刑を受けるという自己詛盟の意をもって、その盟誓の器の上に辛をそえる。その盟誓の辞を言という。〔周礼、秋官、司盟〕に「獄訟有るは、則ち之れをして盟詛(めいそ)せしむ」とみえるものが、それである。〔説文〕三上に「直言を言と曰ひ、論難を語と曰ふ」とし、また字を䇂(けん)声に従うとするが、卜文・金文の字は辛に従う。かつ言語は、本来論議することではなく、〔詩、大雅、公劉〕は都作りのことを歌うもので、「時(ここ)に言言し 時に語語(ぎよぎよ)す」というのは、その地霊をほめはやして所清めをする「ことだま」的な行為をいう。言語は本来呪的な性格をもつものであり、言を神に供えて、その応答のあることを音という。神の「音なひ」を待つ行為が、言であった(字通)、

会意文字です(辛+口)。「取っ手のある刃物」の象形と「口」の象形から悪い事をした時は罪に服するという「ちかい・ことば」を意味する「言」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji198.html

と、会意文字とするものもあるが、

『説文解字』では「䇂」+「口」と分析されており、「辛」+「口」と解釈する説もあるが、甲骨文字の形とは一致しないhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%80

とあり、上述の、

辛(しん)+口、

とする説を否定し、

「舌」+「一」。「いう」を意味する漢語{言 /*ngan/}を表す字。もと「舌」が{言}を表す字であった(甲骨文字に用例がある)が、区別のために横画を加えた(仝上)、

としている。それと同趣旨なのは、

象形。口の中から舌がのび出ているさまにかたどる。口からことばを発する意を表す(角川新字源)、

で、象形文字としている。

「事」.gif

(「事」 https://kakijun.jp/page/koto200.htmlにより)

「事」 金文 殷.png

(「事」 金文 殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%8B


「事」 甲骨文字・殷.png

(「事」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%8Bより)


「事」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「事」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%8Bより)

「事」(漢音シ、呉音ジ、慣用ズ)の異字体は、

亊(俗字)、叓(俗字)、𠁱、𠃍(略字)、𠭏(古字)、𤔇、𪜃、𭄡(同字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%8B。字源は、

会意文字。「計算に用いる竹のくじ+手」で、役人が竹棒を筒の中にたてるさまを示す。のち人のつかさどる所定の仕事や役目の意に転じた。また、仕(シ そばにたってつかえる)に当てる、

とある(漢字源)。しかし、同じ会意文字でも、

会意。史+吹き流し。史は木の枝に祝詞の器(ꇴ(さい))をつけて捧げる形。廟中の神に告げ祈る意で、史とは古くは内祭をいう語であった。外に使して祭るときには、大きな木の枝にして「偃游(えんゆう)」(吹き流し)をつけて使し、その祭事は大事という。それを王事といい、王事を奉行することは政治的従属、すなわち「事(つか)える」ことを意味した。史・使・事は一系の字。卜辞には「人を河に事(つかひ)せしめんか」「人を嶽に事せしめんか」のようにいい、河岳の祭祀はいわゆる外祭である。金文に使役の形式を「~史(せ)しむ」のように、史を使役に用いる(字通)

と、解釈が異なり、他は、

形声。意符史(記録官)と、音符之(シ)の省略形とから成る。記録官の意を表す。もと、史(シ)・吏(リ)・使(シ)に同じ。一説に、象形で、文書をはさんだ木の枝を手に持つ形にかたどるという(角川新字源)、

象形文字です。「神への祈りの言葉を書きつけ、木の枝に結びつけたふだを手にした」象形から、「祭事にたずさわる人」を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「しごと、つかえる」を意味する「事」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji491.html

とばらばらで、さらに、

もと「吏」の異体字。秦の時代に使い分けが生じた(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%8B)

と、「吏」の異字体とする説もある(仝上)。

「吏」(リ)は、

もと「史」の異体字で、甲骨文字ではしばしば用法が区別されないhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8F

とあり、

「吏」 金文・西周.png

(「吏」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8Fより)

「吏」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「吏」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8Fより)

「史」(シ)は、

会意。史官を象徴するある種の道具を手に持ったさまを象る(具体的な由来は明らかではなく、さまざまな説があるが定説はない。「書記」を意味する漢語{史 /*srəʔ/}を表す字、

で、もと、

「吏」「事」と同一字、

とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%B2)、『説文解字』では、

「中」+「又」と分析されているが、これは誤った分析である。甲骨文字の形を見ればわかるように「中」とは関係がない、

としている(仝上)。

「史」 甲骨文字・殷.png

(「史」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%B2より)


「史」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「史」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%B2より)

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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