ぬかも


己妻(おのづま)と頼める今夜(こよひ)秋の夜の百夜(ももよ)の長さありこせぬかも(笠金村)
吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも(弓削皇子)

の、

ヌカモ、

は、

願望、ヌは打消の助動詞、カモは詠嘆の助詞、

とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、前者は、

秋の夜の百夜(ももよ)の長さありこせぬかも、

は、

秋の長い夜を百も重ねた長さであってくれないものか、

と訳し、後者、

淀むことなくありこせぬかも

は、

淀もことなくあってくれないものかなあ、

と訳す(仝上)。

吉野川.jpg

(吉野川(紀の川) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E3%81%AE%E5%B7%9Dより)

ぬかも、

は、上代語で、

連語「ぬか」+終助詞「も」、

で、

…くれないかなあ、
…てほしいなあ、

と願望をあらわす(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。連語、

ぬか、

は、

打消しの助動詞ズの連体形ヌに疑問の助詞カのついたもの、

で、

……ないものかなあ、
……ほしい、

と、

願望の意を表す、

とある(岩波古語辞典)。で、

ぬかも、

は、

打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」+詠嘆の終助詞「かも」、

で、

否定的な事態の詠嘆、

を表わし、

………ないなあ、
……ないことよ、

と、

詠嘆の意を表し、

……くれないかなあ、
……ないものかなあ、
……てほしいなあ、
……ないなあ、

といった意となり、

ぬか、

よりも強い願望の意を表す、

とある(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。しかし、

ぬかも、

は、

ぬか‐も、

とみると、冒頭の、

吉野川行く瀬のはやみしましくも淀むことなくありこせ濃香問(ヌカモ)、

は、

願望の終助詞「ぬか」に詠嘆の助詞「も」の付いたもの、

とみなし、

先行する助詞「も」と呼応して、ある事態の生ずることを願う意、

を表わし、

………てでもくれないかなあ、
………であってほしい、

という意になり、

ぬ‐かも、

と見なすと、

さ寝床もあたは怒介茂(ヌカモ)よ浜つ千鳥よ(日本書紀)
あをによし奈良の都にたなびける天(あま)の白雲見れど飽かぬかも(万葉集)

と、

打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」に係助詞「か」、詠嘆の助詞「も」の付いたもの、

として、

否定的な事態の詠嘆を表わす、

……ないなあ、
……ないことよ、

という意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)として、

ぬか‐も、

ぬ‐かも、

を別項を立てている。前者は、

……であってほしい、

となり、後者は、

……ないなあ、

となり、前者が、「ない」から、

……ほしい、

という願望なのに対して、後者は、

……ないなあ、

と、

「ない」ことを詠嘆する、

意になる。

冒頭に掲げた二首は、共に、願望で、

ないことを嘆いているのではない、

ので、

願望の終助詞「ぬか」に詠嘆の助詞「も」の付いたもの、

になるのではないか。微妙だが、上代、同じ願望でも、

ない、

ことを嘆く、

のと、「ない」から、

……あってほしい、

と願望することとは、同じように、

ない、

を前にして歎いているにしても、区別していたように思える。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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