こす


吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも(弓削皇子)

の、

こせ、

は、

… してくれの意の補助動詞コスの未然形、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。初出は、

うれたくも鳴くなる鳥かこの鳥も打ち止め許世(コセ)ね(古事記)、

とあり、

こす、

は、動詞の連用形に付いて、

相手の動作、状態が自分に利益を与えたり、影響を及ぼしたりすることを望む意、

を表わし(精選版日本国語大辞典)、

……してくれ、
……してほしい、

という、相手に対する希求、命令表現に用いられる(仝上・広辞苑)。活用は、

未然形「こせ」・終止形「こす」・命令形「こせ」、

だけとされる(広辞苑)が、

助動詞下二段型、こせ/○/こす/○/○/こせ・こそ、

の活用で、相手に望む願望の終助詞「こそ」を、

「こす」の命令形、

とする説があり((学研全訳古語辞典))、また、

命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法、

とする説もある(精選版日本国語大辞典)。

また活用についても、下二段型とする説の他、

サ変の古活用の未然形「そ」を認めてサ変動詞、

とする説がある(精選版日本国語大辞典)。未然形「こせ」についても、

「こせね」「こせぬかも」のように、希求を表わす助詞などとともに用いられ、終止形「こす」は、「こすな」のように、禁止の終助詞「な」とともに用いられる。命令形「こそ」は最も多く見られる活用形で、これを独立させて終助詞とする説もある(仝上)、

と、平安時代以降、

命令形に「こせ」、

の形が見られるようになる(仝上)とある。

冒頭の歌の、

吉野川逝く瀬の早みしましくも淀むことなく有り巨勢濃香問(コセヌかモ)、

の、

こせぬかも、

は、

助動詞「こす」の未然形「こせ」に打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」、詠嘆の助詞「かも」の付いたもの、

で、相手の動作・状態に対する希望を詠嘆的に表わし、

…であってくれないかなあ、

の意で、

我が背子(せこ)は千年五百年(ちとせいほとせ)ありこせぬかも(万葉集)、

と、

ありこせぬかも、

の形で用いることが多い(精選版日本国語大辞典)。この、

ぬかも、

は、

ぬかも

で触れたように、

ぬ-かも、
と、
ぬか-も、

があり、この歌は、

ぬか-も、

の可能性があることについては触れた。

こす、

は、その由来について、

呉れる、寄こす意のオコスのオが直前の母音と融合して脱落した形、希求の助詞コソと同根も他の動詞の連用形と連なった形で現れる。接尾語とする説もある(岩波古語辞典)、
オコス(送來)と同意、オコスは、此語に、オの添はりたるものなるべし、オの略せらるるは、おこおこし、おここし (厳)。思ふ、もふなどあり(大言海)、
「おこ(遣)す」の音変化、カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いたとみるなど、諸説がある(デジタル大辞泉)、
語源に関しては、( イ )寄こす意の下二段動詞「おこす」のオが脱落した、( ロ )カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いた、( ハ )「く(来)」の他動詞形、などの説がある。また、命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法とする説もある(精選版日本国語大辞典)、

などとある。因みに、

おこす、

は、

遣す、
致す、

と当て、

せ/せ/す/する/すれ/せよ、

の、他動詞サ行下二段活用で、

白玉の五百箇集(いほつつどひ)を手に結びおこせむ海人(あま)はむがしくもあるか(万葉集)、

と、

よこす、
届けてくる、

意だが、

空合はせ(=夢判断)にあらず、いひおこせたる僧の疑はしきなり(かげろふ日記)、
月の出(い)でたらむ夜は、見おこせ給(たま)へ(竹取物語)、

と、動詞の連用形に付いて、

せ/せ/す/する/すれ/せよ、

の、補助動詞サ行下二段活用で、

その動作が自分の方へ及ぶことを表す、

とし、

こちらへ…する、
…してくる、
こちらを…する、

意で使う(デジタル大辞泉、学研全訳古語辞典)とあり、これが、

こす、

へ転じたと見るのが、一番納得できる。なお、

後に、

こぜる、

ともいい、

こせる、

となる、

こす、

は、

いかにも連歌はこせずして長(たけ)高く幽玄を先とすべきものなり(古今連談集)、

と、

細かいことにこだわってゆとりを欠く、
こせこせする、

意で別語である。

「遣」.gif

(「遣」 https://kakijun.jp/page/1340200.htmlより)

「遣」(ケン)の異体字、

𠳋(古字)

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A3より)。字源は、

会意兼形声。𠳋は「積み重ねた物+両手」からなり、両手で物の一部をさいて、人にやることを示す。遣は、それを音符として、辶(足の動作)を加えた字で、人や物の一部をさいて、おくりやること、

とあり(漢字源)、同じく、

会意兼形声文字です。「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」の意味)と「両手で束ねた肉を手にする」象形(「肉を保存食として軍隊が遠征につく」の意味)から、「つかわす(行かせる)」を意味する「遣」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1140.html

も、会意兼形声文字とするが、他は、

形声。辵と、音符𠳋(ケン)とから成る。ときはなす、釈放する意を表す。ひいて「つかわす」意に用いる(角川新字源)、

形声。声符は𠳋 (けん)。𠳋は𠂤(し)(脤肉)を両手で奉ずる形。軍行のとき、軍社や廟に祭った脤肉を奉じて行動したが、𠂤はその祭肉である脤肉の象形で、師旅の師の初文。これを携行し、その所在に榜示する字は𠂤+朿(し)で駐屯地、これを建物の中におくときは官。軍を分遣するときは、その脤肉を頒かってこれを奉じた。ゆえに分遣の意となり、遣贈の意となる(字通)、

と、形声文字とする。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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