貫簀(ぬきす)


古人(ふるひと)のたまへしめたる吉備の酒病(や)まばすべなし貫簀(ぬきす)賜(たば)らむ(丹生女王)

の、

貫簀、

は、

洗い桶に敷く簀の子、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

(糸で)丸くけずった竹を編んだ簀、手洗いの水が飛び散ったり、自分に掛からないように、洗盤や角盥(つのだらひ)などにかけるもの、

である(岩波古語辞典・大言海・精選版日本国語大辞典)。

手洗いの時は、これを二つか三つかに畳み、先の方を盤の内の底につけておき、本の方は手洗ふ人の前の盤の縁におき、前さがりにし、膝に水のかからぬやうにし、又は、水の散るを避くるやうにす、ヌキスと云ひて、盥をこめて云ふ、

とある(大言海)。類聚名義抄(11~12世紀)、色葉字類抄(1177~81)にも、

貫簀、ヌキス、

とある。

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(貫簀(枕草子絵巻) 精選版日本国語大辞典より)

簀(す)、

は、

簾、

とも当て(岩波古語辞典)、

簀巻き、
葭簀(よしず)、

のように、

細板(ほそいた)や割竹(わりだけ)、または葦などを併列して、糸で粗く編みつないだもの、

で(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、和名類聚抄(931~38年)に、

簀、須乃古、床上藉竹名也、

とある。

透(すく)くの義(大言海・和句解・言元梯・名言通・和訓栞・本朝辞源=宇田甘冥・言葉の根しらべ=鈴木潔子・日本語源=賀茂百樹)、
スキ(隙)があるところから(国語の語根とその分類=大島正健)、

と、

隙間が透けている、

というところから来たもののようである。その形態を他に応用して、

男いたくめでてすのもとにあゆみきて(源氏物語)、

と、

すだれ(すだれ)
たれす、

の意でも、

さてこの男、簀子によびのぼせて、女どもはすのうへに集まりて(大和物語)、

と、

莚(むしろ)、

の意でも使う(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。また、

簀、

を、

さく、

と訓ませ、

竹や木を編んで作った敷物で、おもに寝台の上に敷く、

箪(たかむしろ)、

の意でも使い、

簀(さく)を易(か)う、

と、

學徳ある人の死、

の意で使う(広辞苑)。ちなみに、

簟、

は、

竹莚、
竹席、

とも当て、

細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ、

で、

夏の敷物、

である(デジタル大辞泉)。

たらいのおもな種類.jpg

(たらいのおもな種類 日本大百科全書より)

たらい

で触れたように、

たらい、

に当てる、

盥(カン)、

は、

会意。「臼(両手)+水+皿」。両手に水をかけ下に器を措いて水を受けるさま、

で、

手を洗う、
手に水を灌ぐ、

意とある。転じて、

手を洗うのに使う器、

古くは、洗った手をふって自然にかわかすのが習慣であった、

とある(漢字源)。

濯熱盥水(熱ヲ濯ヒテ水ニ盥ス)、
盥耳(カンスイ)(=洗耳、耳を洗う)、

などという。いわゆる、

たらい、

つまり、洗濯用の桶、

の意で使うのは、我が国だけである。ただ、「たらい」は、

テアライの約、

とある(広辞苑・大言海)ので、昔の人は、上手い字を当てたものだと感心する。

タは、

手の古形、

で、

手折る、
手枕、
手なごころ、
手挟む、

等々の複合語に残る。

水、又は湯を盛りて、手、又は面を洗ふに用ゐる扁(ひらた)き噐。左右にむ、持つべき二本づつの角の如きもの横出す、洗濯だらひなど出来て、これに別つために、角だらひの名あり(大言海)、
水や湯を入れて、手や顔を洗うための噐。歯黒や口を漱ぐためなどにも使った。普通、円形の左右に二本ずつの角のような取手があるので「つのだらい」ともいう(岩波古語辞典)、

などとあるので、その意味で、本来、「たらひ」は、

盥、

の漢字と同じ意味であった。で、

角盥(つのだらひ)、

は、

左右に二本ずつ角のように柄(え)の突き出た、小さいたらい、

で、多くは漆器で、うがい、手洗い、かねつけなどに用い (精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、また、歯ぐろめにも用いた(日本大百科全書)。

桶の種類.jpg

(桶の種類 デジタル大辞泉より)

円形の胴部左右に2本ずつ、4本の手があたかも角(つの)が生えているように出ている形状は、

袖(そで)をかけて手を洗うに都合がよいため、

という説、

2人して持ち運ぶのに便利である、

という説とがある(仝上)。

盥に水を注ぐ際、水が散らぬように、糸で編んだ貫簀(ぬきす)を敷く。これに付属して、楾(はんぞう/はぞう 半挿・匜)が水・湯を入れ注ぐ器としてあり、また水瓶(すいびょう)がかわりに用いられる場合もある。そして、楾を盥の中に入れて持ち運ぶ。、『枕草子』に

楾に手水などいれて、たらゐの手もなきなどあり、

とあり、手のついた盥の角盥のほうが多く用いられていたことがわかる(仝上)。

「簀」.gif


「簀」(漢音サク、呉音シャク)は、

会意兼形声。「竹+音符責(績 積み重ねて編む)」、

とある(漢字源)が、他は、

形声。「竹」+音符「責 /*TSEK/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B0%80

形声。声符は責(せき)。責に積・績のように、細小なるものを連ね重ねる意がある。〔説文〕五上に「牀の棧なり」とあり、簀牀(さくしよう)をいう。〔礼記、檀弓上〕に、曾子が病篤いとき、その用いている臥牀が「華にして睆(くわん)(美麗)たるは、大夫の簀(さく)か」と注意されて、簀を易(か)えて没した話がみえ、それで人の死を易簀(えきさく)という。また簀(す)の子の類をもいう(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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