韓人(からひと)の衣染むといふ紫の心に染みて思ほゆるかも(門部石足)

の、

紫、

は、

三位以上の礼服の色、

であり、この歌は、詞書(和歌や俳句の前書きで、万葉集のように、漢文で書かれた場合、題詞(だいし)という)に、

大宰帥(だざいのそち)大伴卿、大納言に任(ま)けらえて京に入る時に臨み、府の官人ら、卿を筑前の国蘆城(あしき)の駅家(うまや)にして餞する歌四首、

とあるように(「駅家」については駅使(はゆまづかい)で触れた)、ここでは、大伴卿、即ち、

正三位(大伴)旅人を匂わす、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

紫、

は、上述のように「色」の名だが、

むらさき草、

の意で、

紫草の根で染めた色、

を、

紫、

という。

古代紫.jpg

(古代紫 デジタル大辞泉より)

ムラサキ(紫)は、

ムラサキ科の植物の一種。多年草で、

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%B5%E3%82%AD)、各地の山地に生え、

根は太く、乾燥すると暗紫色になる。茎は高さ三〇~五〇センチメートル。全体に剛毛を密布。葉は披針形(細長く、先がとがり、基部がやや広い形)で厚い。夏、包葉の間に先の五裂した白い小さな漏斗状花が咲く。果実は卵円形で淡褐色に熟す、

とある(精選版日本国語大辞典)。昔から、根は、

紫色の染料、

とされ、また漢方で、

紫根、

といい(大言海)、

解熱・解毒剤とし、皮膚病などに用い、特に、紫根と当帰を主薬とした軟膏は火傷、凍傷、ひび、あかぎれに効く、

とある(精選版日本国語大辞典)。ただ、漢名に、

紫草、

をあてるが、正しくは別種の名(仝上)ともある。

ムラサキ.jpg


みなしぐさ、
紫草 (ムラサキ・ムラサキソウ)、

ともいう(仝上・大言海・動植物名よみかた辞典)。和名類聚抄(931~38年)に、

紫草、無良散岐、

本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)に、

紫草、无良佐岐、

とあり、万葉集では、

无良佐伎(むらさき)は根をかも終(を)ふる人の子のうら愛(がな)しけを寝(ね)を終(を)へなくに、

と詠われている。古くから、

むらさきのひともとゆゑに武蔵野(むさしの)の草はみながらあはれとぞ見る(古今和歌集)、

と、

「武蔵野(むさしの)」の名草として有名、

とある(学研全訳古語辞典)。

この草の根で染めたのが、色の、



で、染め方は、

椿などの木の灰汁(あく)を媒染剤とし、紫草の根から紫液を採って染色した、

とされ、万葉集で、

紫は灰(はひ)さすものぞ海石榴市(つばいち=椿市)の八十(やそ)の衢(ちまた)に逢へる子や誰れ、

と詠われている。その色は、

赤紫色。古代紫。古くから尊ばれた色で、律令制では三位以上の衣服の色とされた(学研全訳古語辞典)、
赤と青との間色、色調は赤黒くくすんでいた。そのため、のちの明るい紫を江戸紫・京紫などと呼び、古い色調を古代紫と呼んで区別することがある(精選版日本国語大辞典)、
赤と青との閒色、紫(支那にて、古く紫(シ)と云へるは、赤色の濃きもの。今云ふ深紅なり。論語・陽貨篇に、「惡紫之奪朱」と見へたり、天武天皇の御宇、遣唐使たる粟田眞人は、正四位下にして深緋袍なりしを、唐書に、紫袍を着たりときせり、達磨の国に其被りたる衣の赤色なるは、梁の武帝の贈れる紫衣なり、これにて、古への紫は、赤きを云ふ證とすべし。後には、黒み深きを、古代紫と呼ぶ(大言海)、
(紫草で)浅く染めた場合は赤味をもち、深く染めるほど黒味を増す(岩波古語辞典)、
紫根(しこん)で染められた絹のような赤と青の中間の色のことです。飛鳥時代にはその名が見られる非常に古い色https://irocore.com/murasaki/

などとあり、現代の紫色とは異同があるが、

「延喜式」では、紫根(しこん)の単一染めを「深紫(こきむらさき)」と「浅紫(あさむらさき)」の二級にわけていますが、この中間にあたる「中紫」が一般的な「紫色」にあたります、

とある(仝上)。「紫系」の日本の伝統色「59色」については、「紫系の色」(https://irocore.com/category/violet/)に詳しい。なお、「袍(ほう)」は、「うへのきぬ」で触れたように、

束帯や衣冠などの時に着る盤領(まるえり)の上衣、

で、

束帯や衣冠に用いる位階相当の色による、

位袍、

と、位色によらない、

雑袍、

とがあり、束帯の位袍には、

文官の有襴縫腋(ほうえき 衣服の両わきの下を縫い合わせておくこと)、



武官の無襴闕腋(けってき)、

の二種がある(精選版日本国語大辞典)。束帯、衣冠については「衣冠束帯」で触れた。

紫色、

は、宮廷の位階の色である当色(とうじき)において上位の色であり、衣服令では、時代で異同があるが、

一位、深紫(ふかきむらさき)、
二位、浅紫(あさきむらさき)、
三位、浅紫、
四位、深緋(あけ)、
五位、浅緋、
六位、深緑、
七位、浅緑、
八位、深縹(はなだ)、
初位、浅縹、

等々と、

紫→赤→緑→縹(はなだ)(うすい藍色)

という尊貴の順序が決められていて(有職故実図典)、

濃(こき)といえば濃紫(こきむらさき)、
薄色といえば薄紫、

をさした(世界大百科事典)。なお、「縹(はなだ)」については触れた。

平安時代には、

花も糸も紙もすべて、なにもなにもむらさきなるものはめでたくこそあれ(枕草子)、

とあるように、深紫が禁色の一つとされ、高貴な色としての扱いが定着する一方で、浅紫は「ゆるし色」となって広く愛好された(精選版日本国語大辞典)とある。なお、

紫、

を、女房詞で、

いはし。むらさき。おほそとも。きぬかづき共(「大上臈御名之事(16C前)」)、

と、

鰯(いわし)、

をいい、

おむら、

ともいい、

鰯多く集まる時は、海水、紫の色をなすと云ふ、もと下品の食とする隠語なるべし、

とある(大言海)。江戸初期の噺本『醒睡笑(安楽庵策伝)』に、

鰯ヲバ、上臈方ノコトバニ、むらさきトモテハヤサルル、ムラサキノ色ハ、鮎(藍ニカク)ニハマダシと云フエントヤ、

とある。つまり、

アイ(鮎)にまさるところから紫は藍(アイ)にまさるとかけていったもの、

である(梅村載筆(ばいそんさいひつ)・嘉良喜(からき)随筆)。また、色が紫色であるところから、

特に牛肉店等の如きを通じて、肉を生(なま)、葱を五分(ごぶ)、醤油を紫(ムラサキ)、これに半、味淋を加へたるを割下、香の物を「しんこ」といふ(「東京風俗志(1899~1902)」、

と、

醤油、

をもいう(精選版日本国語大辞典・仝上・広辞苑)。なお、

紫、

の語源は、

叢咲の義、花に黄白粉紅あれば云ふと云ふ、或いは、辨萼層層して開けば云ふか、或は又、羣(むら)薄赤きの約轉と云ふ(大言海)、
叢咲の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ムレサキ(群咲)の義(名言通・日本語原学=林甕臣)、
紫陽花をいうムラサキ(叢咲)の義から(日本古語大辞典=松岡静雄)、
薄く濃くムラムラ咲の意か(和句解)、
モロサキ(諸幸)の転(和語私臆鈔)、
諸色群れた中にサラリと清い色であるところからか(本朝辞源=宇田甘冥)、

等々とされ、大勢は、

群れて咲くことから「群ら咲き」、

とするが、図鑑(大嶋敏昭監修『花色でひける山野草・高山植物』)等には紫色の根が由来と説明するものもあるとしているhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%B5%E3%82%AD

「紫」.gif



「紫」 金文・春秋時代.png

(「紫」 金文・春秋時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%ABより)

「紫」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「紫」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)  https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%ABより)

「紫」(シ)は、

会意兼形声。此(シ)は「止(趾 あし)+比(ならぶ)の略体」の会意文字で、両足がそろわず、ちぐはぐに並ぶこと。紫は「糸+音符此」で、赤と青をまぜて染めた色がそろわず、ちぐはぐの中間色になること、

とある(漢字源)が、他は、

形声。「糸」+音符「此 /*TSE/」[字源 1]。「むらさき」「紫色の刺繍」を意味する漢語{紫 /*tseʔ/}を表す字。
「会意形声文字」と解釈する説がある[字源 2]が、誤った分析であるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%AB

形声。糸と、音符此(シ)とから成る(気角川新字源)

形声文字です(此+糸)。「立ち止まる足の象形と年老いた女性の象形」(「ここ」の意味だが、ここでは、「觜(シ)」に通じ(同じ読みを持つ「觜」と同じ意味を持つようになって)、「くちばし」の意味)と「より糸」の象形から、くちばしのような色「むらさき」を意味する「紫」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1352.html

形声。声符は此(し)。〔説文〕十三上に「帛(きぬ)の靑赤色なるものなり」とあり、紫宸・紫禁など宮廷、また紫霞・紫微など神仙のことをいう語に用いる。間色の美しいものであるので、〔論語、陽貨〕に「紫の朱を奪ふことを惡(にく)む」という語がある(字通)、

と、形声文字としている。

紫、

は、

青と赤の混じった色(漢字源)、
青と赤との閒色(字源)、

で、孔子は、

惡紫之奪朱也(紫の朱を奪うを惡む)、

と、紫を憎んだが、孟子も、

惡紫、恐其亂朱也(紫を惡むは、その朱を乱るを恐るればなり)、

としたが、

紫は高貴の色として珍重された(漢字源)。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
鈴木敬三『有職故実図典』(吉川弘文館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
小林勝人訳注『孟子』(岩波文庫)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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