うはへなし


うはへなき妹にもあるかもかくばかり人の心を尽(つく)さく思へば(大伴家持)

の、

うはへなき、

は、

かわいげのない、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

うはへなし(うわえなし)、

は、

無情、

とも当て(大言海)、

上重(ウハヘ)なしにて、露骨(ムキダシ)なる意にもあるか、

とあり(仝上)、

愛想がない、
すげない、

意で(仝上・広辞苑)、

上辺無し、

と当てる(精選版日本国語大辞典)ともあり、

表面をかざらない、
苛酷だ、

の意もあり(仝上)、

宇波弊無(ウハヘなき)ものかも人はしかばかり遠き家路を帰(かへ)さく思へば(万葉集)、

では、

上っ面の愛想の意か、

ともあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

不愛想、

と訳す(仝上)。語源については、通常、

表辺無し、

と説かれ、

ただうはべばかりの情けに、手走り書き、をりふしの答へ心得て、うちしなどばかりは、随分によろしきも多かりと見たまふれど(源氏物語)、

では、

「うはべ」が「ない」の意と思われる、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

表面の情愛、

と訳される。

うはべ(うわべ)、

は、

上辺、

と当て、

白き紙のうはべはおいらかにすくすくしきに(源氏物語)、

と、

物の表面、
外面、
おもて、

の意で、

うしろやすくのどけき所だに強くは、うはべの情けは、おのづからもてつけつべきわざをや(源氏物語)、

と、

内実とは違った見かけ上の様子や事情、

の意で使い、

うわつら、
うわっぺら、
うわべら、

等々と訛る(精選版日本国語大辞典)。どうやら、

うはへなし、

の含意には、

御愛想、

は、

表面上のもの、

という含みがあり、

それさえない、

という意味で、冒頭の、

かわいげがない、

という意訳になったものと思われる。

上辺、

は、

かみべ、

古くは、

かみへ、

とよますと、

下辺(しもべ)、

の対で、

かみの方、
川の上流、

の意になる(仝上)。

じょうへん、

とよますと、

上のあたり、

の意となり、

囲碁の盤面の大まかな区分の一つ、

で、

棋譜に向かって上になる辺、

をさす(仝上)。なお、

うへ

については触れた。

「上」.gif

(「上」 https://kakijun.jp/page/0303200.htmlより)

「上」 甲骨文字・殷.png

(「上」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8Aより)

「上」 金文・春秋時代.png

(「上」 金文・春秋時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8Aより)


「上」 金文・戦国時代.png

(「上」 金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8Aより)

「上」(漢音ショウ、呉音ジョウ)の異体字は、

丄(篆書体)、𠄞、𨑗(古字)、𫵂、𬅸(同字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8A)。字源は、

指事(点画の組み合わせなどによって、位置・数量などの抽象的な意味を直接に表しているもの)。ものが下敷きの上にのっていることを示す。うえ、うえにのる意を示す。下の字の反対の形、

とあり(漢字源)、他も、

指事(「何かを指し示す」という意味。抽象的なものを点や線で示して、それを文字化したもの)、物が下敷きに載っている様を表すhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8A

指事。「下」の字とは逆に、高さの基準の横線の上に短い一線(のちに縦線となり、縦線と点とを合わせた形となる)を書いて、ものの上方、また「あげる」意を表す(角川新字源)、

指事。掌上に指示点を加えて、掌上の意を示す。〔説文〕一上に古文の字形をあげ、「高なり。此れ古文の上、指事なり」という。卜文の字形は掌を上に向け、上に点を加え、下は掌を以て覆い覈(かく)す形で、下に点を加える。天子の意に用いるときは、清音でよむ(字通)

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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