片垸(かたもひ)


思い遣るすべの知らねば片垸(かたもひ)の底にぞ我(あ)れは恋ひ成りにける(粟田女娘子)

の、

片垸(かたもひ)、

は、

土製の蓋なしの椀、水飲み用、

で、

片思いをかける、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

かたもひ(かたもい)、

は、

片椀、
片垸、

と当て、

「片」は不完全の意、

とされ(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、

ふたのない、水などを入れる素焼きの土器(精選版日本国語大辞典)、
水を汲む、蓋のない土製の椀(岩波古語辞典)、
合子(がふし)などに対して、蓋なき椀のことならむ(大言海)、

であり、

かたわん、

ともいう(精選版日本国語大辞典)が、冒頭の歌のように、

「片思ひ」に言い掛ける、

とある(岩波古語辞典)。

合子(がうし)、

とは、

正韻「合子、盛物器」、子は助辞也、

で、和名類聚抄(931~38年)に、

合子、朱合、朱合、朱漆合子也、

とあり、

椀の蓋と身と合ふもの(大言海)、
身と蓋とからなる小さい容器、蓋物・香合の類(広辞苑)、

をいい、

合器(ごき)、

ともいい、

盒(ごう)、
白木合子、
引入(ひきいれ)合子、

などがある(大言海)とある。

もひ(もい)、

は、

盌、

と当て、

盛水(もりひ)の略、ひの水を云ふは、沾(ひ)ず、漬(ひた)る、冷(ひ)ゆ、などの意と同趣、

とあり(大言海)、和名類聚抄(931~38年)にも、

盌、椀、末里、俗云、毛比、小盂也、

とあり、

玉暮比(もひ)に水さへ盛り(記紀歌謡)、

と、

水を盛る食器、
おわん、
まり、

の意で、転じて、

飛鳥井に宿りはすべしやおけ蔭もよしみ毛比(モヒ)も寒し御秣(みまくさ)もよし(催馬楽)、

と、

「もい(椀)」に入れるものの意、

から

飲み水、

の意でも使い(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、その場合、

水、

と当てる(精選版日本国語大辞典)。

玉もひ、

は、

玉盌、

と当て、

玉製の盌、

の意だが、また、

美しい盌、
たままり、

の意でもある(精選版日本国語大辞典)。

まり、

は、

かなまり

で触れたように、

所捧鋺水溢、而腕凝不堪寒(日本書紀)、

と、

鋺、
椀、

と当て(岩波古語辞典)、

土や金属で作った酒や水を盛る器、

で(広辞苑)、

もひ(もい)、

ともいう(仝上)。

平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898~901)には、

椀、杯也、万利(まり)、

とあり、和名類聚抄(平安中期)金器類の、

金椀、

の註に、

古語謂、椀為磨利、

とあり、同・瓦器類には、、

盌(ワン)、亦作椀、……末里、俗云毛比、

天治字鏡(平安中期)には、

椀、萬利、

平安後期の漢和辞書『字鏡』(じきょう)には、

鎵、萬利、

などとある。

「垸」.gif


「垸」(漢音カン、呉音ガン)は、

会意兼形声。「土+音符完(円くとりまく、欠け目がない)」、

とあり(漢字源)、

漆を灰にあえて、まんべんなく器に塗る(漢字源)、
漆と灰を混ぜて塗るhttps://kanji.jitenon.jp/kanjiy/13723

意であり、

まるい、
まるく回る、

という意でもある(漢字源)。

「椀」.gif


「椀」(ワン)は、

会意兼形声。「木+音符宛(エン・ワン まるく曲がる、まるくくぼむ)」、

とあり(漢字源)、

食物を盛る、まるくえぐった木製の容器、

を指し(仝上)、

石+音符宛、

の「碗」とは、素材の差のようである。同趣旨で、

会意兼形声文字です(木+宛)。「大地を覆う木」の象形と「屋根・家屋の象形と月の半ば見える象形とひざまずく人の象形」(「屋内で身をくつろぎ曲げて休む」、「曲がる」の意味)から「曲線を持つ、食器を盛る小さな器」を意味する「椀」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2518.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「木」+音符「宛 /*ɁON/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A4%80

形声。木と、音符宛(ヱン)→(ワン)とから成る(角川新字源)、

と、形声文字としている。

「盌」.gif


「碗」.gif


「盌」(ワン)の異体字は、

碗、

とある(https://kanji.jitenon.jp/kanjin/6527・漢字源)。「碗」の字源は、

会意兼形声。宛(エン)は、まるい、まるくくぼむの意を含む。碗は「石+音符宛」、

とある(漢字源)。同趣旨で、

会意兼形声文字です(石+宛)。「崖の下に落ちている、いし」の象形と「屋根・家屋の象形と月の半ば見える象形とひざまずく人の象形」(「屋内で身をくつろぎ曲げて休む」、「曲がる」の意味)から「曲線を持つ、食器を盛る小さな器」を意味する「碗」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2616.htm

ともあるが、他は、

形声。「石」+音符「宛 /*ɁON/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A2%97

とし、「盌」の字源は、

形声。皿と、音符夗(ヱン)→(ワン)とから成る(角川新字源)、

形声。声符は夗(えん)。夗は人が坐して、ひざをまるくしている形。そのまるくふくよかな形のものをいう。材質によって盌・椀・夗+瓦・鋺・碗というが、みなはち形のもの。殷・周の青銅器に盂(う)というものがあり、儀礼の際に用いるが、于(う)もゆるくまがるものの意で、盂は深い鉢の形。みな命名の法が似ている(字通)
盌・椀・夗+瓦・剜は同声。剜(わん)は椀のような形に器を刳(えぐ)り削って作ることをいう。肙+刂uyanや、また刓nguanも、そのように削りとることをいう。肙+刂は〔段注〕四下に「抉(えぐ)りて之れを取るなり」とする。夗・宛iuanと于hiua、迂・紆iuaと声義近く、ゆるくめぐるようなさまをいう語である(字通)

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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