味酒(うまざけ)を三輪の祝(はふり)が斎(いは)ふ杉手触れし罪か君に逢ひかたき(丹波大女(たにはのおほめ)娘子)
の、
味酒(うまざけ)を、
は、
三輪の枕詞、
祝、
は、
神官、
とあり、
手触れし、
は、
手に触れたはずはないのにの意がこもる、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
味酒、
は、
旨酒、
とも当て、
うまさけ、
とも訓み、
酒を、味美(うま)しと称賛して云ふ語、
で(大言海)、
脚日木(あしひき)の此の傍山(かたやま)に牡鹿(さをしか)の角挙(ささ)げて吾が儛(まは)しめば、旨酒(ムマさけ)、餌香(えか)の市に直(あたひ)以て買はぬ(日本書紀)、
と、
味の良い酒、
上等の酒、
美酒、
を意味するが、
うまさけを、
うまさけの、
と、
神に供える美酒や、それを醸造する瓶(かめ)を「みわ」というところから(デジタル大辞泉)、
味の良い酒である神酒(みわ)というところから(精選版日本国語大辞典)、
神酒を古くミワといったことから(岩波古語辞典)、
等々の故に、冒頭の歌のように、
「みわ(神酒)」と同音の地名「三輪」や、三輪山と同義の「三諸(みもろ)」「三室(みむろ)」「神名火(かむなび)」「餌香(えか)」、
にかかる枕詞として使われる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・岩波古語辞典・広辞苑)。
はふり、
は、
祝、
と当て、
祝三人、起正月一日尽七月卅日(正倉院文書・天平二年(730)大倭国正税帳)、
と、
祝(はふ)る人、
の意で、和名類聚抄(931~38年)に、
祝、波不利、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
祝、ハフリ、
などとあり、
動詞「はふる(放)」の連用形の名詞化したもの、
で、後世、
はうり、
ほうり、
ともいい、
神社に属して神に仕える職、
また、
その人、
をいい、しばしば神主(かんぬし)・禰宜(ねぎ)と混同され、三者の総称としても用いられる(精選版日本国語大辞典)が、
禰宜、
で触れたように、古くは、
神主、禰宜、祝(はふり)、
という位置づけで、
神主の指揮を受け、禰宜よりもより直接に神事の執行に当たる職をさす、
ことが多い(精選版日本国語大辞典)が、
神主よりは下位であるが、禰宜との上下関係は一定しない、
ともある(仝上・日本語源大辞典)。
はふりこ、
はふりし、
はふりと、
はふりべ、
ははり、
などともいう(精選版日本国語大辞典)。この由来は、
不詳、穢を放(はふ)る義か(大言海)、
ハデ(袖)を振って神を楽しませるものをいったか(東雅)、
羽振の義で、羽は衣袖をいう(和訓栞)、
イハヒベラの略転(万葉考)、
ハラヒ(祓)の義か(名言通)、
イハフリ(斎)の義(言元梯)、
犠牲となる動物を屠って神に供えるところから、ホフリ(屠)の義(祭政一致と祭政分離=喜田貞吉)、
ヒフリ(霊能降)の転。霊力の宿った人の意(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々あるが、その役割からみれば、
穢を放(はふ)る義か、
ハラヒ(祓)の義か、
イハフリ(斎)の義、
といったところが妥当ではあるまいか。
はふる(翥る・羽振る)、
で触れたように、「はふり」の元ととなった動詞、
はふる、
は、
はふる(放)、
はふる(溢)、
はふる(屠)、
はぶる(葬)、
等々とあり、清濁の決定し難い面もあるが、
基点とする場所から離れる、または離れさせるという意味を共通に持っているので、語源を同じくすると考えられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。大言海には、
はふる、
と訓ませるものを、
羽振る、
扇る、
放る、
葬る、
投る、
屠る
被る、
溢る、
と挙げている。
扇る、
は、
羽(は)を活用す、羽振るの意、
とする、
起り触る。
扇(アフ)がれて振ひうごく、
意、
放(抛)る、
は、
大君を島に波夫良(ハブラ)ば船余りい帰り来むぞ我が疊(たたみ)ゆめ(古事記)、
と、
遠くへ放ちやる、
意や、
みまし大臣の家の内の子等をも、波布理(ハフリ)賜はず(続日本紀)、
と、
うちすてる、
閑却する、
すてておく、
意となり、
葬る、
は、
はぶる、
ほぶる、
と訓ませ(広辞苑)、
はぶる(放)と同根、
はふる(放)の語意と同じ、即ち、古へ、死者を野山へ放(はふ)らかしたるにより起こる(大言海)、
と、
死者を埋めること、
野山へ送り遣ること、
転じて、
葬る、
意となり、
投る、
は、
放(はふ)る意(大言海)、
とあり、
衣の上に投げかける、
羽織る、
意と共に、
投げ遣る、
意もある。
屠(屠)る、
は、
窮刀極俎、既屠且膾(欽明紀)、
と、
ほふ(屠)る、
意、また、
切散(キリハフリ)、其蛇(古事記)、
と、
切り散らす、
意でもある。
溢る、
は、類聚名義抄(11~12世紀)に、
灑、ハフル、
とあり、
葦鶴のすだく池水溢(はふ)るともまけ溝の辺(へ)に吾れ越えめやも(万葉集)、
と、
溢れる、
意である。
放(はぶ)る、
は、
溢(はふ)るの転なるべし、此の放るると同意なるあふるると云ふ語あり(大言海)、
とあり、
つながるものの放れ散る、
鎮まり居るものの散り乱れる、
意が、転じて、
親なくして後に、とかく、はふれて、人の国に、はかなき所にすみけるを(大和物語)、
と、
家を離れてさまよう、
さすらう、
流離する、
意、さらに転じて、
落ちぶれる、
零落、
流離、
意で使う。
ところで、神職の上位、
神主、
は、
かんぬし、
かむぬし、
と訓ませ、
神官の長、
で、広く、
神職、
をさし(岩波古語辞典)、
神を祭るときに、中心となって祭を行う人、
で、
祭主、
ともいい、神社の神職としては、
神官の長、
で、その下に、
禰宜、はふり(祝)、巫覡(かんなぎ)、
がいる(大言海)。この由来は、
神の大人(うし)の約、斎(いはひ)の大人(うし)、いはひぬし(大言海)、
カノノウシ(神大人)の約(日本古語大辞典=松岡静雄)、
神に奉仕するウシ(主人)の意から(古事記傳)、
とあり、上古、
重職とせり(大言海)、
という意味が伝わる言葉である。
(「祝(祝)」 https://kakijun.jp/page/u_j053200.htmlより)
(「祝(祝)」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Dより)
(「祝(祝)」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Dより)
(「祝(祝)」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Dより)
「祝(祝)」(①シュク、②漢音シュウ、呉音シュ)は、
会意文字。「示(祭壇)+兄(人のひざまずいたさま)」で、祭壇でのりとを告げる神職をあらわす、
とあり(漢字源)、「巫祝(フシュク)」「祝史(神官・神職と記録係)」「祝賀」など、神官の意やほぐ意の場合、①の音、のりとの意の場合は、②の音となる(仝上)。他も、
会意。示と、兄(神にのりとをささげる人)とから成る。神を祭る意を表す。転じて「いわう」意に用いる(角川新字源)
会意文字です(ネ(示)+口+儿)。「神にいけにえをささげる為の台」の象形と「口」の象形(「祈りの言葉」の意味)と「ひざまずく人」の象形から「幸福を求めて祈る」・「いわう」を意味する「祝」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji682.html)、
会意。示+兄。示は祭卓。兄は祝禱の器であるꇴ(さい)を戴く人の形で、巫祝。〔説文〕一上に「祭に贊詞を主(つかさど)る者なり」とあり、〔詩、小雅、楚茨〕に「工祝、吿致す」とみえるものである。女巫を巫、男巫を祝といい、また覡(げき)という。〔段注〕に「人の、口を以て神に交はる者なり」とするが、祝の奉ずるものは、祝詞を収めた器である。祝の長官は大祝。祭政的な政治が行われた古代には、大祝が聖職者として最高の地位にあり、周公の子伯禽の作器に〔大祝禽鼎〕がある。また〔禽皀+殳(きんき)〕に「周公某(はか)(謀)り、禽●(いの)る」とあって、周公父子が神事に当たる聖職者であった。王朝滅亡の後には、その祝は賤官とされ、〔儀礼〕には夏祝・商祝は喪祭の末事に従うものとされた(字通)、
と会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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