むらきも


むらきもの心砕けてかくばかり我(あ)が恋ふらくを知らずかあるらむ(大伴家持)

の、

むらきもの、

は、

心の枕詞、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

むらきも、

は、

群肝、
村肝、

とあて、

むらぎも、

とも訓ませ、

群がっている肝(精選版日本国語大辞典)、
群がっている臓腑(きも)(岩波古語辞典)、
群がりたる肝の意、また腎肝(ムラトギモ)の略か(大言海)、

の意から、

体内の臓腑(ぞうふ)、

つまり、

五臓六腑(ごぞうろっぷ)、

を言い、転じて、

心の底、

の意で使い、

むらぎもの、

で、

心は内臓の働きと考えていたところから、冒頭のように、

村肝之(むらきもの)心くだけてかくばかり吾が恋ふらくを知らずかあるらむ(万葉集)、

と、

「心」にかかる枕詞、

として使う(精選版日本国語大辞典)。

人間の精神活動の内容や動きをいう「こころ」という日本語は、古くは、

身体の一部としての内臓(特に心臓)、

をさす場合が多く(世界大百科事典)、《古事記》《日本書紀》《万葉集》には、〈こころ〉の枕詞として、

群肝(むらぎも)の、

のほか、

肝(きも)むかふ、

が用いられている(仝上)し、また、

心前(こころさき)(胸さきの意)、
心府(こころきも)、

という言い方もあり、いわゆる五臓六腑の総称が、

群肝、

で、心臓がそれらの、

肝、

に対しているところから

肝むかふ、

といい、また「肝」の一類として、

心肝、

と呼んだのであろう(仝上)との指摘もある。

「群」.gif


「群」(漢音クン、御恩グン)の異体字は、

羣(本字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BE%A4。字源は、

会意兼形声。君(クン)は「口+音符尹(イン)」からなり、まるくまとめる意を含む。群は「羊+音符君」で、羊がまるくまとまってむれをなすこと、

とある(漢字源)が、

かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BE%A4、他は、

形声。「羊」+音符「君 /*KUN/」。「むれ」を意味する漢語{群 /*gun/}を表す字(仝上)、

形声。羊と、音符君(クン)とから成る。羊のむれ、ひいて、ひろく「むれ」「むらがる」意を表す(角川新字源)

形声文字です(君+羊)。「神聖な物を手にする象形と口の象形」(天子、君主の意味だが、ここでは、「昆」に通じ(「昆」と同じ意味を持つようになって)、「むらがる」の意味)と「ひつじの首」の象形から、むらがる羊を意味し、
そこから、「むらがる」、「むれ」を意味する「群」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji825.html

形声。声符は君(くん)。〔説文〕四上に「輩なり」、〔玉篇〕に「朋󠄁なり」と訓するが、もと獣の群集する意である。〔詩、小雅、無羊〕は牧場開きを祝う詩で、「三百維(こ)れ群す」とその多産を予祝する。羊や鹿の類には群集する習性があるので、羊には群といい、鹿には攈(くん)という。これを人に移して群衆という。金文の〔陳侯午敦(ちんこうごたい)〕に「群諸侯」の語がみえている(字通)

と、すべて形声文字としている。

「肝」.gif


「肝」(カン)は、

会意兼形声。干(カン)は、太い棒を描いた象形文字。幹(カン みき)の原字。肝は「肉+音符干」で、身体の中心となる幹の役目をするかん臓。樹木で、枝と幹があい対するごとく、身体では、肢(シ 枝のようにからだに生えた手や足)と肝があい対する、

とある(漢字源)が、他は、

形声。「肉」+音符「干 /*KAN/」。「きも」「肝臓」を意味する漢語{肝 /*kaan/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%9D

形声。肉と、音符干(カン)とから成る(角川新字源)形声文字です(月(肉)+干)。「切った肉」の象形と「先がふたまたになっている武器」の象形(「おかす・ふせぐ」の意味だが、ここでは「幹」に通じ、「みき」の意味)から、肉体の中の幹(みき)に当たる重要な部分、「きも」を意味する「肝」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji291.html

形声。声符は干(かん)。〔説文〕四下に「木の藏なり」とあり、肺を金、脾を土のように、五臓を五行にあてる。〔釈名、釈形体〕に「肝は幹なり。五行において木に屬す。故に其の體狀に枝幹有るなり」という。〔素問、六節蔵象〕に「肝は罷極の本、魂の居る所なり」とあり、人の活動力の源泉とされた(字通)、

と、すべて形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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