立ちあざる
天つ神仰ぎ祈(こ)ひ禱(の)み國つ神伏して額(ぬか)つきかからずもかかるも神のまにまにと立ちあざり我(あ)れ祈(こ)ひ禱(の)めど(山上憶良)
の、
天つ神仰ぎ祈(こ)ひ禱(の)み國つ神伏して額(ぬか)つき、
は、
仰いで天の神に祈り、伏して地の神を拝み、
とし、
かからずもかかるも、
は、
治してくださるもせめてこのままで生かして下さるのも、
として、
たちあざる、
は、
うろうろ取り乱して、
の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
たちあざる、
語義未詳、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
立ち騒ぐ意か、
また、
立ってうろうろ歩きまわる意か、
とある(仝上)。
あざる、
には、
狂る、
戯る、
とあてる、
あざる、
鯘る、
とあてる、
あざる、
のほかに、冒頭の歌の、
たちあざる、
の、
あざる、
がある。この、
あざる、
は、
荒る、
とあて(大言海)、藤裏葉(ふじのうらば)(『源氏物語』第33巻)で、
おほやけざまは、少し戯(たは)れて、あざれたるかたなりし、
とあるのを、室町時代の源氏物語注釈書『細流抄』(「公条(きんえだ)聞書」「三条西家抄」では、
あざれたる、しどけなき状なり、
と注釈しているが、この語は、
一説に、ア(足)サル(移動する)の複合した形で、動き回る意という(広辞苑)、
語義未詳。「あざる(戯)」との関係から、とり乱し騒ぐの意か。一説に、「あ(足)」「さる(移動する)」で、うろうろ歩きまわる意かとする(精選版日本国語大辞典)、
鯘る、戯ると同根の語、古くは四段活用なりしにか(大言海)、
として、
さわぎくるう、
荒(すさ)ぶ、
取り乱す、
意とする(広辞苑・大言海)。この「あざる」と関連するらしい、
狂る、
戯る、
とあてる、
あざる、
は、天治字鏡(天治本新撰字鏡)(898年~901年)に、
戯、阿佐禮和佐須(あされわざす)、
とあり、
ら/り/る/る/れ/れ、
と、自動詞ラ行四段活用から、後に、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
の、自動詞ラ行下二段活用になるが、、
ア戯(ざ)るの義、(「鯘(あざ)る」の)アは、発語、あ曝(さ)るの義(あ戯(ざる、あ迫(せ)ね(躁急)))(大言海)、
ア(接頭語・強め)+ザル(戯る・じゃれる)です。戯れるの意の古語です(日本語源広辞典)、
鯘(あざ)るの転(岩波古語辞典)、
あざる(鯘・餒)の意味変化した語(日本語源大辞典)、
アは発語ではなく「嗟(ああ)」で、ザルはザル(進)(日本語源=賀茂百樹)、
などとあり、どうやら、
鯘る、
からの転化のようである。この、
戯る、
は、
かみなかしも、酔ひあきて、いとあやしく、潮海(しほうみ)のほとりにて、あざれあへり(土佐日記)、
と、
ふざける、
たわむれる、
ざれる、
意や、
しどけなくうちふくだみ給へる鬢茎(びむくき)、あざれたる袿(うちき)姿にて(源氏物語)、
と、
うちとける、
くつろぐ、
儀式ばらないでくだける、
意や、
返しはつかうまつりけがさじ、あざれたり(枕草子)、
と、
しゃれる、
風流である、
気転がきく、
で使い、自動詞 ラ行下二段活用となって、
たとへば、我身にちがひなどあるとき、そのおりのしゅびを、すこしもかくさず、いちいちあざりていふ類也(評判記「難波物語(1655)」)、
と、
ふざける、
たわむれる、
意となる(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)。この、
戯る、
に転訛した、もとの、
鯘る、
は、論語(郷党篇)には、
魚、鯘(あざれ)而肉敗、不食、
とあるのと同じで、
新和名類聚抄(931~38年)に、
鯘、魚肉爛也、阿佐留、
新撰字鏡(平安前期)に、
肉+習、魚肉爛也、阿佐礼太利、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
鯘、アザル、
とあり、後の、日葡辞書(1603~04)にも、
ニクガ azareta(アザレタ)、
とある。この、
鯘る、
は、後に、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
と、自動詞ラ行下二段活用の、
鮾(あざ)れる、
と転訛するが、
是に海人(あま)の苞苴(おほむへ)、往還(かよふあひだ)に鮾(アサレ)ぬ(日本書紀)、
と、
(魚肉などが)腐る、
意で使う(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。
鯘る(鯘れる)、
の由来は、
アは、発語、あ曝(さ)るの義(あ戯(ざる、あ迫(せ)ね(躁急)))(大言海)、
アはウハの反。ウハクサリ(表腐)の義(和訓栞)、
アは感動詞、ザルはザラザラになる意(本朝辞源=宇田甘冥)、
アザル(荒進)の意から(日本語源=賀茂百樹)、
アザ(虚)になる意から(日本古語大辞典=松岡静雄)、
アザはアダ(徒)の転(国語の語根とその分類=大島正健)、
等々とあるが、どうも語呂合わせが過ぎる。
「あざ(痣)」「あざける」「あざわらふ」などの「あざ」を動詞に活用させたもので、色が目立って変化するところから、魚肉などが腐ることを言った、
とする(日本語源大辞典)のが適切だろう。
あざむく、
でふれたが、「あざむく」の、
あざ、
は、
アザ(痣)・アザヤカ・アザケルのアザと同根(岩波古語辞典)、
アザケルやアザワラフのアザ(時代別国語大辞典-上代編)、
で、このアザは、
あざやか、
に当てる、
鮮、
ではなく、
痣、
である。この、
あざ(痣)、
は、
あばた、ほくろ、瘤、
なども含めており、和名抄には、
痣、師説阿佐(あざ)、
とあり、文明本節用集には、
瘤、アザ、肉起、
とある。
アザアザ・アザワラフ・アザケル・アザムク・アザヤカと同根、
とある(岩波古語辞典)ように、この、
あざ、
は、
痣、
由来であり、
あざやか、
あざける、
あざわらふ、
に共通する「あざ」のようである。
立ちあざる、
の、
立ち、
については、
立つ、
でふれたように、
動詞に冠して語勢を強める語(広辞苑)、
接頭]動詞に付いて、その意味を強めたり、やや改まった感じを表したりする。「立ちまさる」「立ち向かう」(デジタル大辞泉)
とされるが、どうもそれだけではあるまい。
もともと坐っている状態が常態だったのだから、
立つ、
ということはそれだけで目立つことだったのに違いない。そこに、ただ、
立ち上がる、
という意味以上に、
隠れていたものが表面に出る、
むっくり持ち上がる、
と同時に、それが周りを驚かし、
変化をもたらす、
に違いない。
立つ、
には特別な意味が、やはりある。
引き立つ、
思い立つ、
気が立つ、
心が立つ、
感情が立つ、
あるいは、
忠義立て
隠し立て
心立て
という使い方もある。伊達も「取り立て」のタテから来ているという説もある。そう思って、振り返ると、腹が立つ、というように、立つが後ろに付くだけではなく、前につけて、
立ち会い、立ち至る、立ち売り、立ち往生、立ち返る立ち並ぶ立ち枯れ、立ち遅れ、立ち働く、立ち腐れ、立ち遅れ、立ち竦む、立ち騒ぐ、立ち直る、立ち退き、立ち通す、立ち回り、立ち向かう、立ち行く、立ち入り、立ち戻る、立ち切る、立ち居振る舞い、立ち代り、立ち消え、立ち聞き、立ち稽古、立ち込み、立ち姿、立ちどころに、立ち退き、立ちはだかる、立て替え、建て替え、立ち水、立ち塞がる、立待の月、立て板、立て付け、立て直し…。
等々、すごい数になる。こうみると、
「立つ」ことが目立つ、ある特別のことだ、
というニュアンスが、接頭語としての「立ち」に波及しているのではないか。しかも、
立場、立木、立つ瀬、建前、立て方、立ち衆、立行司、立て唄、立女形、立て作者、立ち役…、
と並べて見ると、
立つ、
には、特別な意味がある。「立つ」ことが、際立って重要で、
満座が坐っている中で、立つことがどれほどの勇気がいることで、目立つことか、
と思い描くなら、「立つ」には、いい意味でも、悪い意味でも、目立つ、中心に立つ、という意味が込められている。
立つ、
の用例から見ると、
立(たち)てゐて 思ひそわがする逢はぬ児ゆゑに(万葉集)、
と、
横になったり、すわったりしていた人が身を起こす、
立ち上がる、
意だけではなく、
項(うな)かぶし汝(な)が泣かさまく朝雨の霧に多多(タタ)むぞ(古事記)、
東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立(たつ)見えてかへりみすれば月かたぶきぬ(万葉集)、
と、
雲、霧、煙などが現われ出る、
風、波などが起こり動く、
等々、
物、人などが、目だった運動を起こす、
意や、
堀江漕ぐ伊豆手(いづて)の船の楫(かぢ)つくめ音しば多知(タチ)ぬ水脈(みを)早みかも(万葉集)、
わが名はも千名(ちな)の五百名(いほな)に立(たち)ぬとも君が名立(たた)ば惜しみこそ泣け(万葉集)、
と、
音や声が高くひびく、
人に知れわたる、
目に見えるようにはっきり示され、
等々、
作用、状態などが目立ってあらわれる、
意や、
さねさし相摸の小野に燃ゆる火の火中に多知(タチ)て問ひし君はも(古事記)、
ちはやひと宇治の渡りに渡瀬に多弖(タテ)る梓弓(古事記)、
と、
足などでまっすぐに支えられる、
草木などが地から生える、
等々、
物や人が、たてにまっすぐな状態になる、また、ある位置や地位を占める、
意や、
なんの用にかたたせ給ふべき(平家物語)、
盗みをしたと言はれては立(たた)ぬ(歌舞伎・傾城壬生大念仏)、
と、
使ったり、仕事をさせたりすることができる、
等々、
ある状態が保たれる、また、物事が成り立つ、
意等々、
目に立つ、
目立つ、
という含意がある。
立つあざる、
の、
立ち、
にも、
ただ動き回る、
という意味を強調した以上に、
目立った振る舞い、
という含意があるような気がしてならない。
「鯘」(漢音ダイ、呉音ナイ)の異体字は、
餒(同字)、鮾(同字)
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AF%98)、
「餒」は同字、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AF%98)。
会意兼形声。「魚+音符妥(ぐったり垂れる)」、
とある(漢字源)。魚が腐って肉がだれる、意である(仝上)。
「戯」(①慣用ギ・ゲ、木漢音キ、呉音ケ、②漢音呉音キ、③漢音コ、呉音ク)の異体字は、
戏(簡体字)、戱(俗字)、戲(旧字体/繁体字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%AF)、
「戲」の異体字は、
㪭、戏(簡体字)、戯(新字体)、戱(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%B2)。「戯言」等々、たわむれ、ふざける意や、「戯曲」の場合①の音、「戯下の騎」のように、大将の旗の意の場合、②の音、「於戯(ああ)」と、ため息の意の場合は③の音、となる(仝上)。字源は、
形声文字。「戈(ほこ)+音符虚(コ)」。説文解字は、ある種の武器で我(ぎざぎざの刃のあるほこ)と似たものと解する。その原義は忘れられ、もっぱら「はあはあ」と声を立てて、おどけ笑う意に用いる、
とある(仝上)。他も、解釈は異なるが、
形声文字です(虚+戈)。「虎(とら)の頭の象形と頭がふくらみ脚が長い食器、たかつきの象形」(「虚(コ)」に通じ(同じ読みを持つ「虚」と同じ意味を持つようになって)、「むなしい」の意味)と「にぎりのついた柄の先端に刃のついた矛」の象形から、むなしい矛、すなわち、実践用ではなく「おもちゃの矛」を意味する「戯」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1321.html)、
形声。戈と、音符䖒(キ)とから成る。出陣前に軍舞をすること、借りて「たわむれる」意を表す。常用漢字は省略形の俗字による(角川新字源)、
とするが、
会意。旧字は戲に作り、䖒(き)+戈(か)。䖒は〔説文〕五上に「古陶器なり」とするが、その器制も明らかでない。䖒は虎頭のものが豆形の台座に腰かけている形。それに戈で撃ちかかる軍戯を示す字であろう。金文の〔師虎皀+殳(しこき)〕に「嫡として左右戲の繁荊を官𤔔+司(司)せしむ」とあり、「左右戲」とは軍の偏隊の名であろう。〔左伝〕に「東偏」「西偏」の名があり、〔説文〕十二下に「戲は三軍の偏なり。一に曰く、兵なり」とし、字を䖒声とする。「左右戲」の用法が字の初義。麾・旗と通用し、麾下をまた戯下という。戯弄の意は、虎頭のものを撃つ軍戯としての模擬儀礼から、その義に転化したのであろう。敵に開戦を通告するときに、〔左伝、僖二十八年〕「請ふ、君の士と戲れん」のようにいうのが例であった。嶷・巍と通ずる字で、〔玉篇〕に「山+戲は嶮山+戲、巓危きなり」とあり、山巓の険しいさまをいう(字通)、
と、会意文字とするものもある。
「狂」(漢音キョウ、呉音ゴウ)は、
会意兼形声。王は二線の間に立つ大きな人を示す会意文字、または末広がりの大きなおのの形を描いた象形文字。狂は「犬+音符王」で、大げさにむやみと走りまわる犬。ある枠をはずれて広がる意を含む、
とある(漢字源)が、他は、
形声。「犬」+音符「㞷 /*WANG/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8B%82)、
形声。犬と、音符王(ワウ→クヰヤウ)とから成る。手に負えないあれ犬の意を表す。転じて「くるう」意に用いる(角川新字源)
形声文字です(犭(犬)+王)。「耳を立てた犬」の象形と「支配権の象徴として用いられたまさかりの象形」(「王」の意味だが、ここでは、「枉(おう)」に通じ(同じ読みを持つ「枉」と同じ意味を持つようになって)、「曲がる」の意味)から、獣のように精神が曲がる事を意味し、そこから、「くるう」を意味する「狂」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1163.html)、
形声。正字は㞷に従い、㞷(こう)声。㞷は〔説文〕六下に「艸木妄生するなり」とするが、卜文・金文の字形は、鉞頭の形である王の上に、山+⊥(止(あし))を加えた形。おそらく出行にあたって行われる呪儀で、魂振りの意があり、神の力が与えられるのであろう。秘匿のところでその礼を行うことを匡といい、神意を以て邪悪を匡(ただ)すことを匡正という。その霊力が獣性のもので、誤って作用し、制御しがたいものとなることを狂という。〔説文〕十上に「狾犬(せきけん)なり」と噛(か)み癖のある犬の名とするが、発狂・狂痴の状態をいう語である。〔書、微子〕「我は其れ狂を發出せん」、〔論語、公冶長〕「吾が黨の小子狂簡、斐然(ひぜん)として章を成す」、〔論語、子路〕「子曰く、中行を得て之れと與(とも)にせざるときは、必ずや狂狷(きやうけん)か」のように、古くから理性と対立する逸脱の精神として理解された。清狂・風狂なども、日常性の否定に連なる一種の詩的狂気を示す語であった(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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