すめろきの神の宮人(みやひと)ところづらいやとこしくに我(わ)れかへり見む(万葉集)
の、
ところづら、
は、
やまいもの一種、
とあり、
ところの蔓、
で、ここでは、
「いやとこしくに」の枕詞、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
(野老 デジタル大辞泉より)
ところづら、
は、
野老葛、
冬薯蕷葛、
薢葛、
などとあて(広辞苑・岩波古語辞典)、
トコロの古名、
とある(仝上)が、
おにどころ(鬼野老)の古名、
ともある(精選版日本国語大辞典)。
なづきの田の稲幹(いながら)に稲幹に這ひ廻(もとほ)ろふ登許呂豆良(トコロヅラ)(古事記)、
とあるように、多く、後述するように、
オニドコロ、
を指すことがある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%AD)ようである。
ところ、
は、
野老、
とあて、
ユリ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属 (Dioscorea)の蔓性多年草の一群、
を指し(仝上)、
原野に自生。葉は心臓形で先がとがり、互生する。雌雄異株。夏、淡緑色の小花を穂状につける、
とある(デジタル大辞泉)。
春旧根より苗を生じ、蔓、甚だ長く延ぶ。葉は互生して、楕円形にして尖り、たてすぢのみにして、やまいも(薯諸)の葉に似て大なり。根も相似たり、蒸せば黄色となり、髭ありて白く、味甘く、少し薟(えぐ)し。萆薢、又、鬼野老(おにどころ)あり、
とあり(大言海)、「~ドコロ」と呼ばれる多くの種があるが、特に、
オニドコロ、
を指すことがある(仝上)とある。和名類聚抄(931~38年)に、
薢、土古呂、俗用艹+宅字、用野老二字、
字鏡(平安後期頃)に、
薢、止己呂、
天治字鏡(天治本新撰字鏡)(898年~901年)に、
艹+宅、止古呂、
『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)に、
薢、止己呂、萆薢、
等々とあり、出雲風土記に、
そのわたりの山に掘れる葛根(くずのね)・薯蕷(やまついも)・萆薢(ところ)、
とあるように、ヤマイモによく似た野生植物で食用になり、古くは、
トコロヅラ、
中古に、
トコロと呼ばれるようになった(精選版日本国語大辞典)。ただ、
ヤマノイモなどと同属だが、根は食用に適さない。ただし、灰汁抜きをすれば食べられる。トゲドコロは広く熱帯地域で栽培され、主食となっている地域もある。日本でも江戸時代にはオニドコロ(またはヒメドコロ)の栽培品種のエドドコロが栽培されていた、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%AD)。
苦みがあるので、生食にもとろろにも適さず、焼いて食べるのが一般的、
とあり、
ゆでててい水にさらしてから、煮物にしたり、飯に炊き込んだり、飴の材料として菓子にもちいたりした、
ともある(日本語源大辞典)。
野老、
とあてるのは、
根茎にひげ根が多い、
ため、その、
髭根を老人の髭に見立て、
て、
野老(やろう)、
とよび、正月の飾りに用い長寿を祝う(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
海老にたいして野老、
つま、
ノノオキナ(野老)、
とも呼ばれた(仝上)。この芋が、
きわめて長いので長命を連想させ、毎年掘り出す普通の芋に対し長く土中においておくほど大きくなるところから、年をとるほど栄える縁起物、
として正月飾りに用いられた(仝上・日本語源大辞典)。
野老、
とあてたのは上記の通り、
根に髭多し、故に、野老の字を用ゐる(大言海)、
のだが、もともとの、
ところ、
の由来には、諸説ある。
イトコリ(最凝)の義(日本語原学=林甕臣)、
根にかたまりができるところからトコリ(凝)の義、トはトダエ、トギレなどのトと同語(名言通)、
トロリとコ(凝)った汁になり、コロコロとしているところから(本朝辞源=宇田甘冥)、
トケヲ(解麻)の義(言元梯)、
トキ(解)またはトロク(蕩)の転(日本語源=賀茂百樹)、
古語ト(解)クルの転訛(語源辞典・植物篇=吉田金彦)、
と諸説あるが、語呂合わせに過ぎてはっきりしない。古く、
トコロヅラ、
と言っていたところをみると、
蔓、
とかかわるのだろうとは思うが、はっきりしない。ちなみに、多く「ところ」にあてられる、
鬼野老(おにどころ)、
は、『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)に、
萆薢、於爾止古呂、
とあり、一名、
きどころ、
山萆薢、
ながどころ、
とあり(大言海)、
ヤマノイモ科のつる性多年草。各地の山野に生える。地下茎は長くはい、分枝する。地上茎は長さ数メートルに伸びる。葉は互生の心臓形で先がとがり長さ約一二センチメートル、幅約一〇センチメートルで長い柄がある。雌雄異株。夏、葉腋(ようえき)から長く伸びる花穂を出し、黄緑色の小花をつける。雄花序は分枝し、上を向くが、雌花序は分枝せず下垂する。果実は三枚のはねがあり、垂れ下がった花穂に上向きにつく。同類にキクバドコロ、タチドコロ、ヒメドコロなどがある、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
ひげ根のついた根茎を、老人のひげにたとえ長寿を祝うため正月の飾りに用いる、
とある(仝上)。ただ、漢名を当てた、
山萆薢、
は誤用とある(仝上)。多く、
ところづら、
とされる。なお、トコロのつく、
ハシリドコロ、
は有毒で、
トコロと名が付いているが、ヤマノイモ属ではなくナス目ナス科ハシリドコロ属である、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%AD)。
「野」(①漢音呉音ヤ、②漢音ショ、呉音ジョ)の異体字は、
㙒、埜(古字)、墅(いなかおの意)、𡌛(俗字)、𤝉(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%87%8E)。字源は、
会意兼形声。予は、□印の物を横に引きずらしたさまを示し、のびる意を含む。野は「里+音符予」で、横にのびた広い田畑、のはらのこと、古字の埜(ヤ)は、「林+土」の会意文字、
とある(漢字源)。なお、「野原」「原野」「在野」「野生」「野心」など「ひろくのびた大地」の意、およびそれをメタファにした意味の場合は、①の音、「別野(別墅)」のように、田舎の家、畑の中の小屋の意の場合②の音となる(仝上)。同じく、
会意兼形声文字です(里+予)。「区画された耕地の象形と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(耕地・土地の神を祭る為の場所のある「里」の意味)と機織りの横糸を自由に走らせ通す道具の象形(「のびやか」の意味)から広くてのびやか里を意味し、そこから、「郊外」、「の」を意味する「野」という漢字が成り立ちましたまた、「埜」は、会意文字です(林+土)。「大地を覆う木」の象形と「土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(「土」の意味)から「の」を意味する「埜」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji115.html)、
と、会意兼形声文字とするものも、
形声。声符は予(よ)。〔説文〕十三下に「郊外なり」とあり、重文として埜+予を録する。埜に予(よ)声を加えた字である。卜文に埜の字がみえ、金文の〔大克鼎〕に地名に用いる。里は田土に従って、田社の意。埜は林社、叢林の社を意味する字である。都に対して鄙野・樸野、官に対しては在野という(字通)、
形声。里と、音符予(ヨ)→(ヤ)とから成る。郊外の村里、のはらの意を表す(角川新字源)、
と形声文字とするものも、
「里」+「予」、
と分析しているが、これは、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)によるもので、この『説文解字』説の、
「里」+「予」との分析は、誤った分析である、
とし、
原字「埜」は会意文字、「林」+「土」。これに音符「予 /*LA/」を加えて「𡐨」の字体となった後、「林」の代わりに「田」を加えて「㙒」→「野」の字体となる。「の」「平原」を意味する漢語{野 /*laʔ/}を表す字、
として、
「土」と「田」は異なる時代に個別に加えられたものとする(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%87%8E)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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