とこ夏の花をだに見ばことなしにすぐす月日も短かりなむ(よみ人知らず)
の、
とこ夏、
は、
なでしこの異称、
とあり(水垣久訳注『後撰和歌集』)、
夏の間咲き続けるゆえの名とされる、
とある(仝上)。
常夏(とこなつ)に思ひそめては人しれぬ心のほどは色にみえなむ(後撰和歌集)
の、
常夏に、
は、
常夏(撫子)の花が夏中ずっと咲くように、
というほどの意とし。また、
鮮やかな色の花の名として、「色にみえなむ」にもかかわる語、
と注釈する(仝上)。
常夏、
は、文字通り、
夏がいつまでもつづく、
意だが、
ナデシコの花の盛りが春から秋にわたるからその名がある(岩波古語辞典・広辞苑)、
という。
秋深く色移り行く野邊ながらなほとこなつに見ゆる撫子(源順集)、
と、
野生の撫子(なでしこ)の異名、
とある(大言海)のが正確なのかもしれない。和名類聚抄(931~38年)に、
瞿麥、奈天之古、一云、止古奈豆、
とある(「瞿麥(クバク)」は)撫子の漢名、「其の実は燕麦に似たり」(字源)とある)。また、家経朝臣和歌序には、
鐘愛抽衆草、故撫子、艶色契千年、故曰常夏、
とあり、
又此草の花、形、小さく、色愛すべきものゆゑ、愛児に擬し、ナデシコと云ふ、
とある(大言海)。また、鎌倉時代の古今集注釈書「顕注密勘(けんちゅうみっかん)」(藤原定家)に、
にほひ久しければ常夏といへり、
また、鎌倉時代の歌学書「八雲御抄」(順徳天皇)には、
とこ夏は四時花とかけり。夏秋は歌によむ。春冬いまだよまず、
とあり、
長く咲き続ける花である、
ことがその由来とみなされる。
なでしこ、
で触れたことだが、撫子は、
ナデシコ科ナデシコ属のカワラナデシコの異名、
である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%87%E3%82%B7%E3%82%B3)が、
牛麦 、
瞿麦(くばく)、
蘧麦(きょばく)、
洛陽花、
ともいい、
ひぐらしぐさ、
なつかしぐさ、
の名も持つ(精選版日本国語大辞典・大言海)。日本には、
ヒメハマナデシコ、
シナノナデシコ、
という日本固有種(日本にのみ自生)の他、
カワラナデシコ(ナデシコ、ヤマトナデシコの異名)、
ハマナデシコ、
が分布する(仝上)とある。
唐綾のなでしこのうちき(宇津保物語)、
とあるように、
撫子、
の異名なので、
常夏、
も、
撫子、
と同様、装束の襲(かさね)の色目の名もあり、若年の色とされ、
青系統と赤系統、
があり、
青系は多く男子の襲とし、表を紫の薄色、裏を青または紅梅
赤系は女子に多く表を紅梅、裏を赤または青、
とし、
なでしこがさね、
という(精選版日本国語大辞典)。襲の色目には、
白撫子(しろなでしこ) 表は白で、裏は蘇芳(すおう)。夏に用いる、
花撫子(はななでしこ) 表は紫、裏は紅。夏用いる、
唐撫子(からなでしこ) 表裏ともに紅色。一説に、表は紫、裏は紅ともいう。夏に着用する、
もある(仝上・https://whatsinaname.wiki.fc2.com/wiki/%E3%81%8B%E3%81%95%E3%81%AD%E3%81%AE%E8%89%B2%E7%9B%AE)なお、
撫子色(なでしこいろ)、
は、
撫子の花のような少し紫みのあるピンク系統の薄い赤色、
をさす(https://mbp-japan.com/miyazaki/ptech/column/5096709/)。
(撫子色 デジタル大辞泉より)
なでしこ、
でふれたように、
和撫子(やまとなでしこ)、
というのは、
唐撫子(石竹)、
に対していう(大言海)とある。ややこしいのは、
ナデシコ、
の異名、
瞿麦、
を、
せきちく(石竹)の漢名、
ともする(精選版日本国語大辞典)ところだろう。
セキチク、
は、
石竹、
とあて、ナデシコ科ナデシコ属、
葉が竹に似ていることからこの名がついた、
とされ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%81%E3%82%AF)、日本では平安時代には栽培されていたという(仝上)。
茎は高さ三〇センチメートルぐらいになり、葉ともに粉白色を帯びる。葉は線状披針形で、対生。五~六月ごろ、茎頂に縁が鋸歯(きょし)状に裂けた径二~三センチメートルの五弁花を開く。花色は紅・淡紅・白・紫紅色など、
があり、
イセナデシコ、
トコナツ、
など多数の園芸品種がある(精選版日本国語大辞典)。
(「撫」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%92%ABより)
「撫」(漢音呉音フ、慣用ブ)は、
形声。「手+音符無」。もと摸や摩(なでる)と同じく、手でなでること。のち、相手の頭や肩にやさしくあてる意に用いる、
とある(漢字源)。他も、
形声。「手」+音符「無 /*MA/」。「なでる」を意味する漢語{撫 /*ph(r)a/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%92%AB)、
形声。手と、音符無(ブ)→(フ)とから成る(角川新字源)、
形声文字です(扌(手)+無)。「5本指のある手」の象形と「人の舞う姿」の象形(もと、「舞」の字と同形で「まい」の意味を表したが、借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「ない、おおいかぶせる」の意味)から、「手でおおいかぶせて、なでる」を意味する「撫」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2474.html)、
形声。声符は無(ぶ)。〔説文〕十二上に「安んずるなり」、また「一に曰く、循(したが)ふなり」とし、古文として亡+辶をあげている。攴部三下に「亡+攵(ぶ)は撫するなり」とあり、亡+攵がその初文であろう。亡+攵は死体(亡)に手を加え、撫してこれを哀しむ意象の字。撫はその形声の字。〔国語、晋語八〕に「叔向(しゆくしやう)、司馬侯の子を見て、撫して泣く」とは哀撫の意。のち撫育・撫養、また安撫・慰撫の意より卹撫・循撫の意となる(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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