たく
娘子(をとめ)らが織る機(はた)の上(うへ)を真櫛(まくし)もち搔上(かか)げ栲島(たくしま)波の間(ま)ゆ見ゆ(万葉集)
の、
栲島(たくしま)、
にかけた、
たく、
は、
機の糸筋を整える、
意(伊藤博訳注『新版万葉集』)とあり、
「搔上げ」まで序。「栲島」(所在未詳)を起す、
とある(仝上)。また、
大船(おほぶね)を荒海(あるみ)に漕ぎ出や船たけ我(わ)が見し子らがまみはしるしも(万葉集)
では、
船たけ、
は、
一心に漕いでいるけれど、
と訳し、
「や」は「いや」、「たく」は手を働かす、
とある(仝上)。
たく、
は、
綰く、
とあて、
か/き/く/く/け/け、
の、他動詞カ行四段活用、
で、
手を活用せる語か(大言海)、
手(て)を動詞化した語(精選版日本国語大辞典)、
とあるように、
腕を動かしてことをする意、
で、
手でする動作が幅広く意味の範囲に入っている、
気がする。たとえば、
多気(タケ)ばぬれ(ほどけ)多香(タか)ねば長き妹が髪この頃見ぬに掻きれつらむか(万葉集)、
では、
髪をかきあげたばねる、
意に、上述の、
大船(おほぶね)を荒海(あるみ)に漕ぎ出や船たけ我(わ)が見し子らがまみはしるしも(万葉集)
では、
力いっぱい舟を漕ぐ、
全力で漕ぐ、
意に、
思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせんとは(古今和歌集)〈、
では、
網などをたぐりあげる、
意に、
石瀬野(いはせの)に馬太伎(ダキ)行きて遠近(おちこち)に鳥踏み立て白塗(しらぬり)の小鈴(をすず)もゆらに(万葉集)、
では、
馬の手綱(たづな)をあやつる、
手綱をとる、
意に(この場合「だく」とも)、
手寸(たき)十名相(そなへ)植ゑしくしるく出(い)で見れば宿の初萩咲きにけるかも(万葉集)、
では、
掘る、
意で、冒頭の、
娘子(をとめ)らが織る機(はた)の上(うへ)を真櫛(まくし)もち搔上(かか)げ栲島(たくしま)波の間(ま)ゆ見ゆ(万葉集)、
では、
機にかけた織り糸の上を、櫛で掻き上げ、糸筋を整える、
意で使っている(大言海・精選版日本国語大辞典)。つまり、
手(て)を動詞化した語で、手を用いて何かをする意を表わすと考えられる、
とある(精選版日本国語大辞典)が、「て」の古形、
た、
を動詞化しているのではあるまいか。
頂髪(たきふさ)の中より、設(ま)けし弦を採り出して(古事記)、
四天王の像を作て、頂髪(たきふさ)に置て、誓を発て言(日本書紀)、
の、
たきふさ、
は、
髻、
とあて、
タキは腕を使って髪をあげる意、フサは房、
で、
髪をあげてたばねたもの、
をいい、やはり、手の動作を幅広く意味の外苑に含めているようだ。
綰ぐ、
を、
わぐ、
と訓ませると、
たわめ曲げる、
わげる、
意になる。
綰ぬ、
を、
たがぬ、
と訓ませると、
細長いものを曲げて輪にする、
意になり、
綰む、
を、
わぐむ、
と訓ませると、
輪のように曲げて丸くする、
意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
「綰」(漢音ワン、呉音エン)は、
会意兼形声。「糸+音符官(まるくまとめる)」、
とある(漢字源)が、他は、
形声。「糸」+音符「官 /*KWAN/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B6%B0)、
形声。声符は官(かん)。その語頭子音を脱落したもの。〔説文〕十三上に「惡しき絳(あか)なり」(段注本)とあり、また〔広雅、釈詁三〕に「縮むなり」、〔玉篇〕に「貫くなり」とあり、糸を引いて結ぶことをいう字であろう。金文に「綽綰(しゃくわん)」という語があり、〔蔡姞𣪘(さいけつき)〕「用(もつ)て眉壽を希求し、永命を綽綰し、厥(そ)の生を彌(をふ)るまで靈終ならん」とあって、綽綰はそれをたぐり寄せ、つなぎとめる意。「璽を綰(むす)ぶ」「髪を綰ぶ」のように用いる(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント