言問ひ
春日野(かすがの)に咲きたる萩は片枝(かたえだ)はいまだふふめり言(こと)な絶えそね(万葉集)
の、
片枝(かたえだ)はいまだふふめり、
は、
末娘が未婚のままでいる、
意(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
言(こと)な絶えそね、
は、親の立場から、
花の状態に対する言問いを絶やさないでほしい、
意とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ふふむ、
は、
含む、
とあて、
花や葉がふくらんで、まだ開かないでいる、つぼみのままである、
意である(広辞苑)。
言問ひ、
は、
こととひ、
ことどひ、
ともいい、文字通り、
たずねとうこと、
の意だが、
言葉を言い交わすこと、
さらに、
(求婚の)言葉をかける、
睦(むつ)まじくことばをかわすこと、
で、
娘子(をとめ)壮士(をとこ)行き集(つど)ひかがふ嬥歌(かがひ)に人妻(ひとづま)に我(わ)も交(まじ)はらむ我が妻に人も言とへ(万葉集)
では、
言い寄る、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。ちなみに、
問ひ言(とひごと)、
というと、
昔、忘れぬなめりととひことしける女のもとに(伊勢物語)、
と、
問いかけることば、
また、
その事柄、
の意になる(精選版日本国語大辞典)。
言問ひ、
の動詞が、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
と、自動詞ハ行四段活用の、
言問ふ、
で(学研全訳古語辞典)、
言とはぬ木すら妹(いも)と兄(せ)ありといふをただ独り子にあるが苦しさ(万葉集)
と、
ものを言う、
意、
名にし負はばいざこととはむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと(伊勢物語)、
と、
尋ねる、
意、
わづかにこととふ者とては、峰に木(こ)づたふ猿の声(平家物語)、
と、
訪れる、
意で使う(仝上・岩波古語辞典)。
言痛み、
で触れたように、
こと、
は、
事、
と、
言、
を当て、
こと、
で触れたように、和語では、「こと(事)」と「こと(言)」は同源である。
古代社会では口に出したコト(言)は、そのままコト(事実・事柄)を意味したし、コト(出来事・行為)は、そのままコト(言)として表現されると信じられていた。それで、言と事とは未分化で、両方ともコトという一つの単語で把握された。従って奈良・平安時代のコトの中にも、事の意か言の意か、よく区別できないものがある。しかし、言と事とが観念の中で次第に分離される奈良時代以後に至ると、コト(言)はコトバ・コトノハといわれることが多くなり、コト(事)と別になった。コト(事)は、人と人、人と物とのかかわり合いによって、時間的に展開・進行する出来事・事件などをいう。時間的に不変な存在をモノという。後世モノとコトは、形式的に使われるようになって混同する場合も生じてきた、
とある(岩波古語辞典)。モノは空間的、コト(言)は時間的であり、コト(事)はモノに時間が加わる、という感じであろうか。
古く、「こと」は「言」をも「事」をも表すとされるが、これは一語に両義があるということではなく、「事」は「言」に表われたとき初めて知覚されるという古代人的発想に基づくもの、時代とともに「言」と「事」の分化がすすみ、平安時代以降、「言」の意には、「ことのは」「ことば」が多く用いられるようになる、
とある(日本語源大辞典)。しかし、本当に、「こと」は「事」と「言」が未分化だったのだろうか。文脈依存の、文字を持たない祖先にとって、その当事者には、「こと」と言いつつ、「言」と「事」の区別はついていたのではないか。確かに、
言霊、
で触れたように、
「事」と「言」は同じ語だったというのが通説、
である。しかし、正確な言い方をすると、
こと、
というやまとことばには、もともと区別されていたから、
言、
と
事、
の漢字が、あてはめ分けられた、ということではないか。当然区別の意識があったから、当て嵌め別けた。ただ、
古代の文献に見える「こと」の用例には、「言」と「事」のどちらにも解釈できるものが少なくなく、それらは両義が未分化の状態のものだとみることができる、
という(佐佐木隆『言霊とは何か』)。それは、まず、
こと、
という大和言葉があったということではないのか。「言」と「事」は、その「こと」に分けて、当てはめられただけだ。それを前提に考えなくてはならない。あくまで、その当てはめが、
未分化だったと、後世からは見える、
ということにすぎないのではないか。『大言海』は、
こと(事)、
と
こと(言)、
は項を別にしている。「こと(言)」は、
小音(こおと)の約にもあるか(檝(カヂ)の音、かぢのと)、
とし、「こと(事)」は、
和訓栞、こと「事と、言と、訓同じ、相須(ま)って用をなせば也」。事は皆、言に起こる、
とする。それは、「こと(言)」と「こと(事)」が、語源を異にする、ということを意味する。古代人は、「事」と「言」を区別していたが、文字をも持たず、その文脈を共有する者にのみ、了解されていたということなのだろう。
『日本語源大辞典』も、「こと(事)」と「こと(言)」の語源を、それぞれ別に載せている。「こと(言・詞・辞)」は、
コオト(小音)の約か(大言海・名言通)、
コトバの略(名語記・言元梯)、
コトトク(事解)の略(柴門和語類集)、
コはコエのコと同じく音声の意で、コチ、コツと活用する動詞の転形か(国語の語根とその分類=大島正健)、
コはコエ(声)のコと同語で、ク(口の原語)から出たものであろう。トは事物を意味する接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コはクチのクの転。トはオト(音)の約ト(日本語原学=与謝野寛)、
等々がある。「おと(音)」と「ね(音)」は区別されていた。
オト(音)、
は、
離れていてもはっきり聞こえてくる、物の響きや人の声。転じて、噂や便り、
類義語、
ネ(音)、
は、
意味あるように聞く心に訴えてくる声や音、
とある(岩波古語辞典)。「おと」の転訛として、
oto→koto、
があるのかどうか。「こと(事)」は、
トは事物を意味する接尾語で、コはコ(此)の意か(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コト(言)と同義語(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源広辞典)、
コト(言)から。コト(事)は皆コト(言)から起こることから(名言通)、
コト(別)の義(言元梯)、
コト(是止)の義。ト(止)は取りたもつ業をいう(柴門和語類集)、
コレアト(是跡)の義(日本語原学=林甕臣)、
コトゴトク(尽)の略か。または、コは小、トはトドコホル意か(和句解)、
等々とある。確かに、こうみると、
「こと(事)」と「コト(言)」は同義語、
といっただけでは、なにも説明できていないに等しい。「こと(言)」の語源を説明して、初めて同源と説明が付ようだ。
ぼくは、「コト(言)」は、声か口から来ていると思うが、「口」(古形はクツ)は、「食う」に通じる気がするので、やはり、声と関わるのではないか、という気がする。いずれにせよ、
言、
と、
事、
が、同一視されるに至ったことが、
こととひ、
に、
事問ひ、
言問ひ、
と両使いされていることに通じるのだが、それは後世の見解で、あるいは、
言問ひ、
と、
事問ひ、
は、微妙に使い分けられていたのかもしれないが、いまとなっては区別がつかない。
問う、
については取り上げたことがあるが、
問ふ、
は、
訪ふ、
とも当て(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
わからないことを明らかにするために相手に聞く、
意と、
人を訪れ見舞う、
意とがある(広辞苑)。もともと、
問ふ、
には、
何・何故・如何に・何時・何処・誰などの疑問・不明の点について、相手に直接ただしてことめる意、従って、道をきき、占いの結果をたずね、相手を見舞い、訪問する意の場合も、その基本には、どんな状態かを問いただす気持ちがある。類義語タヅヌ(尋)は物事や人を追い求めるのが原義。トブラフ(訪)は、相手を慰めようと見舞い、物を贈る意。オトヅル(訪)はつづけて便りをし、見舞う意、
とある(岩波古語辞典)。で、その由来は、
外言(トイ)フの約かと云ふ(大言海)、
トイフ(外言)の略(和訓栞)、
「ト(問)+フ」。訪問した家の戸口に立って、人の安否を尋ねる意。質問と訪問、罪を問う、問題を問う、世に問うなどいずれも同源(日本語源広辞典)、
トイヒフ(戸言経)の義(日本語原学=林甕臣)、
トイフ(戸言)の義(和句解・日本語原学=林甕臣)、
戸歴の義(名言通)、
戸口で問うところから(本朝辞源=宇田甘冥)、
ト(音)を活用した語(日本語源=賀茂百樹)、
聞き止めようとして訊ねるところから(国語本義・本朝辞源=宇田甘冥)、
トフラフ(訪)の義から(言元梯・国語の語根とその分類=大島正健)、
コトカフ(言請)の略か(和語私臆鈔)、
トモハル(友晴)、またトモフル(友融)の反(名語記)、
質問する意のト(甲類音)フの他に、音(オト)をたてる意のト(乙類音)フがあり、これが訪問の意味を持つに至る(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
等々諸説あるが、上代では、
とふ、
の、
と、
は、
質問する、
意の場合は、
さねさし相模(さがむ)の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて斗比(トヒ)し君はも(古事記)、
道斗閇(トヘ)ば直(ただ)には告(の)らず当芸麻道(たぎまち)を告る(古事記)、
などと、
甲類音(「万葉集」では乙類も)、
であるが、
訪問する、
意の場合は、
天皇崩(かむあが)りまして後、天の下治(し)らす可き王(みこ)無(ましま)さず。是に日継(ひつぎ)知らす王を問(とふ)に(問日繼所知之王)(古事記)、
と、
乙類音、
で(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)、
本来同語であったものが意味分化したとする説もあるが、「質問する」意味の場合は甲類、「訪問する」意味の場合は乙類と、本来は意味の違いにより別語として区別されていたものが音と意義の類似から混用されるようになったものか、
とある(仝上)。その意味では、上記の語原説は、
質問する意のト(甲類音)フの他に、音(オト)をたてる意のト(乙類音)フがあり、これが訪問の意味を持つに至る(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
以外は、一緒くたにしていて、採るに堪え得ない。
なお、漢字「言」と「事」については、
人言、
で触れた。
「問」(漢音ブン、呉音モン)の異体字は、
䠺、䦒、蔄、问(簡体字)、𠳅、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%95%8F)。字源は、
会意兼形声。門は、二枚の扉を閉じて中を隠す姿を描いた象形文字。隠してわからない意や、わからないところを知るために出入りする入口などの意を含む。問は「口+音符門」で、わからないことを口で探り出す意、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(門+口)。「左右両開きの戸の象形」と「くちの象形」から人の家の門の前で物事について「たずねる・とう」を意味する「問」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji351.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「口」+音符「門 /*MƏN/」。「たずねる」を意味する漢語{問 /*muns/}を表す字。東周時代に *-wən と *-un の二つの発音が接近したことにより、「門」が音符として充当された(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%95%8F)、
形声。口と、音符門(モン)→(ブン)とから成る。口で聞きただす意を表す(角川新字源)、
と、形声文字とするもの、
会意。門(もん)+口。門は家廟の廟門。口は祝禱を収める器の形でᗨ(さい)。祈って神意を問う。〔説文〕二上に「訊(と)ふなり」とあり、言部三上に「訊は問ふなり」とあるのと互訓。訊の初形は口+允+糸(じん)に作り、罪人や俘虜を糾問する意であるから、訊と問とは大いに字義が異なる。問は神意に諮(はか)り問う意。〔書、呂刑〕「皇帝、下民に清問す」、〔詩、大雅、緜〕「亦た厥(そ)の問(ぶん)を隕(おと)さず」とは、みな神意に関していう。のち問答や、人に問遺する意などに用いる(字通)、
と、会意文字とするものに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
佐佐木隆『言霊とは何か』(中公新書)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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