にはたつみ
はなはだも降らぬ雨故(あめゆゑ)にはたつみいたくな行きそ人の知るべく(万葉集)
の、
はなはだも降らぬ雨、
は、
それほど足繁く通ったわけでもないのに、
の意を譬える(伊藤博訳注『新版万葉集』)とあり、
にはたつみ、
は、
庭の水溜まり、
の意で、
男の譬え、
とし、
そうたいして降らぬ雨なのに、庭の水溜まりよ、勢いよく流れて行かないでおくれ、
と訳す(仝上)。普通、
にはたつみ、
は、
にはたづみ、
とも濁るが、冒頭の、
はなはだも降らぬ雨ゆゑ庭立水(にはたつみ)いたくな行きそ人の知るべく、
で、
庭立水、
とあてているところから、
にはたつみ、
という清音もあったとされる(精選版日本国語大辞典)。
にはたづみ、
は、
潦、
行潦、
庭潦、
庭水、
などとあて(岩波古語辞典・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、和名類聚抄(931~38年)に、
潦、爾八太豆美(にはたづみ)、雨水也、、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
潦、ニハタヅミ・アマミヅ、
字鏡(平安後期頃)に、
潦、ススグ・イタム・アマリミヅ・ウツクシビ・アマミヅ・コミノミヅ・ナミ・ニハタヅミ・ユルブ、
とあり、冒頭の、
はなはだも降らぬ雨ゆゑ庭立水(にはたつみ)いたくな行きそ人の知るべく、
のように、
雨が降ったりして、地上にたまった水、または、あふれ流れる水、
水たまり、
の意の他に、
庭中に跪(ひざまづ)きし時、にはたづみ腰に至りき(古事記)、
と、
急にひどく降る雨、
急にひどく降ってあふれ流れる水、
の意もある(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。また、
行く水の止らぬ如く常も無く移ろふ見れば爾波多豆美(ニハタヅミ)流るる涙止めかねつも(万葉集)、
と、地上にたまった水が流れるようすから、
「流る」「川」「行く」「すまぬ」「行方しらぬ」にかかる枕詞、
としても使われる(仝上・デジタル大辞泉)。この、
にはたづみ、
の由来は、
ニハはニハカ(俄)同根(岩波古語辞典)、
「には」は俄か、「たづ」は夕立ちの「たち」、「み」は水の意というが、平安時代には「庭只海」とりかいされていたらしい(広辞苑)、
俄泉の意と云ふ、或は云ふ、場立水(ニハタツミズ)の義と(大言海)、
ニハカ(俄)ツ-ミ(水)の転で、ツは語助(東雅)、
俄立水(万葉集類林・日本語源=賀茂百樹)、
ニハタツミヅ(場立水・庭立水)の義(万葉集類林・日本語源=賀茂百樹)、
庭+タズミ(淵)、雨が降って地上に流れ溜まった水のこと(日本語源広辞典)、
ニハタマリミヅ(庭溜水)の義(日本語原学=林甕臣)、
ニハツイヅミ(庭津水)の義(冠辞考続貂)、
ニハカイテミツ(俄出水)の義(名言通)、
俄泉の転(冠辞考・類聚名物考・言元梯)、
タツミはチカタルウミの反(名語記)、
等々、諸説あるが、
「には」は「にはか(俄)」とする説もあるが、その文字表記や、「書陵部本名義抄」に記されているアクセントなどから「庭」と関連づける説が有力、
とされる(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。存外、冒頭の歌の原文、
甚多毛 不零雨故 庭立水 太莫逝 人之應知
で、
庭立水、
とあてた万葉仮名が、正鵠を射ているのかもしれない。
「潦」(ロウ)は、
会意兼形声。「水+音符尞(リョウ・ロウ ま長く続く)」
とある(漢字源)。「長雨」、「路上や庭にたまった水」の意である(仝上)。ただ、他は、
形声。「水」+音符「尞 /*REW/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%BD%A6)、
形声。声符は尞(りよう)。〔説文〕十一上に「雨水の大いなる皃なり」とあり、行潦をいう。溢流する水で「にわたずみ」の意。〔詩、召南、采蘋〕「于(ここ)に以て藻を采る 彼の行潦に」は、谷川のささやかな流れをたとえていう。その水藻は「澗溪(かんけい)沼沚(せうし)の毛(水草)」として、神饌とした。潦倒は人のうらぶれた、しどけない姿をいう。落托と似た語である(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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