秋の夜の心もしるくたなばたのあへる今夜(こよひ)は明けずもあらなむ(後撰和歌集)
の、
心もしるく、
は、
「心」は長いという秋の夜の持つ意味であり、また思いやり・情けでもあろう、
と解し、
長いという真意もはっきりあらわれて、
と訳されている(水垣久訳注『後撰和歌集』)。
しるし、
は、
著し、
とあて、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
シルシ(徴・標)と同根、ありありと見え、聞こえ、また感じ取られて、他とまがう余地が無い状態(岩波古語辞典)、
知るの活用、シルシ(効・験)と通ず、明白の義(大言海)、
シルス(記)と同源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
白シの義(和訓栞)、
明白の義(国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹)、
と、その由来を見ると、
知る、
記(しる)す、
しるし(徴・標)、
しるし(効・験)、
白し、
と、その音の一致だけでなく、意味の幅からも、この言葉の奥行きがわかる。例えば、
著、
については、類聚名義抄(11~12世紀)に、
著、キル・ツク・ハク・アラハス・シルス・クル・ワタイル、
字鏡(平安後期頃)に、
著、ケガル・アラハス・アキラカナリ・ツラヌク・アツマル・シルシオケリ・ノブ・ツクル・シルス・クルフ・キル・トドマル・ハシ・ハク・キタル・ハウ・ツク・ワタイル、
とあり、
白、
については、類聚名義抄に、
白、シロシ・キヨシ・マウス・スサマジ・サカヅキ・スナホニ・イチジロシ・カタチ・カタラフ・モノガタリ・トトノフ・カナフ、
字鏡に、
白、ヒル・スサマジ・アキラカ・サカヅキ・トトノフ・キヨシ・スナホニ・モノカタリ・カナフ・シロシ・イチジロシ・マウス・スナホナリ、
印、
については、類聚名義抄に、
印、オシテ・シルシ、
字鏡に、
印、ヲシテ・シルシ・マコト、
徴、
については、類聚名義抄に、
徴、シルス・シルシ・ヤム・ハタル・アラハス・メス・モトム・ナス・ナル・タダス・トドム・モヨホス・シキス・セム・イマシム・タフトシ・トガ・カス、
字鏡に、
徴、トドム・シキル・ハタス・コラス・タダス・モヨホス・アラハス・ケヤシ・シルシ・モトム・トガ・ヨシ・ナル・メス・ヤム・セム・タフトシ・アキラカ・イマシム・スク・カス・サス、
記、
については、類聚名義抄に、
記、シルス・オモヒハカル・アヤシフ・ノリ・オモフ・トシ・マツリ、
効、
については、類聚名義抄に、
效、ナラフ・マナブ・シルス・シルシ・アラハス・コノム・キル・コトコトク・イタル・イタス・ツトム・ホシイママ・カムガフ・ススム・マヌガル・ホタル・キラフ、
字鏡に、
效、ホシイママ・キラフ・ススム・カムカフ・ホダス・マナブ・シルス・ムカフ・ナラフ・マヌガル・イタス・コノム・ツトム・ユルス・ナラス・イタル・ハゲマス・アラハス・キル・コトコトク、
験、
については、類聚名義抄に、
驗、シルシ・ミルニ・カムガフ、
字鏡に、
驗、カムガフ・ウツツ・シルシ・アキラカニ・ミルニ・セム、
標、
については、類聚名義抄に、
標、スヱ・コズヱ・サカヒ・ハシラ・オツ・オツルモノ、
字鏡に、
標、スヱ・コズヱ・ケタ・ウツル・サカヒ・ハシラ・ヲツ、
等々とある。で、
しるし、
は、
我が背子が来べき宵なりささがねの蜘蛛のおこなひこよひ辞流辞(シルシ)も(日本書紀)、
と、前兆としてはっきり表れているという意味で、
はっきりしている、
他からきわだっている、
明白である、
いちじるしい、
意や、
秋の野の尾花が末(うれ)を押しなべて來(こ)しくもしるく逢へる君かも(万葉集)、
と、
効験がはっきり現れている、
その甲斐がある、
意、
げにかの弟子の言ひしもしるく、いちしるき事どもありて(源氏物語)、
と、
予言通りに結果が現れている、
意、
人漕がずあらくもしるし潜(かづき)する鴛鴦(をし)とたかべと船の上(うへ)に棲む(万葉集)、
と、
証拠歴然たるものがある、
意、
大伴の遠(とほ)つ神祖(かむおや)の奥城(おくつき)はしるく標(しめ)立て人の知るべく(万葉集)、
と、
明瞭でまぎれることがない、
意、
三月になり給へば、いとしるき程にて人々見たてまつりとがむるに(源氏物語)、
では、特に、
妊娠の徴候がいちじるしい、
意、
さる事はありなんやと思ふもしるく(落窪物語)、
では、
あらかじめ言った事や思った事の通りの結果がはっきりあらわれる、
意、
標(し)めはやしいつき祝ひし之留久(シルク)時にあへるかもや時にあへるかもや(催馬楽)、
では、
努力したかいが明らかに現われる、
意等々と使われる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。この、
しるし(著)、
は、
いちじるしい、
で触れたように、
天霧(あまぎ)らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴に降らまくを見む(万葉集)、
の、
しろし、
に、
勢いのはげしい意の接頭語(デジタル大辞泉)、
勢いの盛んな意(精選版日本国語大辞典)、
イチはイツ(稜威)の転(岩波古語辞典)、
最(イト)(大言海)、
と、解釈は異なる、
いち、
を冠した、
いちしろし、
は、
いちしるし、
の古形で、
しるし、
は、
はっきりしている意(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
はっきりしている、かくれもない(岩波古語辞典)、
の意で、室町時代まで清音で、後に、
いちじるし、
と転訛する。つまり、
イチシロシ→イチシルシ→イチジルシ、
と転訛したとする(岩波古語辞典)。この、
しろ(著)し、
は、
しろし(白)、
と同源とされる、この、
しろし(著)、
は、
「しる(著)し」に同じ、
とはあるが、
しろ(著)し、
と、
しる(著)し、
とは、
しろ(著)し、
が、
春はあけぼの、やうやうしろく成り行く山際少し明かりて(枕草子)、
と、
明るくはっきりしている、
意、
またしろく院方へ参るよしを言ひて思ひ切りて討死やする(保元物語)、
と、
明確だ、
の意と、微妙に、意味が違い、
はっきりしている、
意にシフトしている気がして、『大言海』が、
いちじるし、
あきらかなり、
の意としているのは、的を射ている気がする。憶説だが、
しろし(白)、
の意味と重複していったせいではないかという気がする。その、
しろし(白)、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
栲綱(たくづの)の斯路岐(シロキ)腕(ただむき)(古事記)、
と、
色が白い、
意で、それをメタファに、
あて宮の御産屋の設けて……大人、童みなしろき装束をし(宇津保物語)、
と、
衣服、紙などで、どの色にも染めてない地のままの白である、また、何も書いてない、
意、
御火志呂久焼け(神楽歌)、
と、
明るい、かがやいている、あざやかである、
意、さらに、「しろし(著)」と通じて、
素(シロ)くいはんはいかがとて哥に(浮世草子「新吉原常々」)、
と、
明白である、あからさまである、はっきりしている、
意で使う。
しろし(白)、
の語源は、
シルシ(著)と通ず(大言海)
シルト(著)と同根、
シルシ(著)の義(和句解・和訓栞)、
シルシキ(知如)の義(名言通)、
シロシ(知志・清呂志)の義(柴門和語類集)、
「知る」の形容詞化(日本語の語源)、
等々とあり、
知る、
も、
占領する意のシル(領)から(日本語の年輪=大野晋)、
という説もあるが、
シロ(明)の義(言元梯)、
明白の意で、シロ(白)の義から派生した語(国語の語根とその分類=大島正健)、
等々、
しるし(著)、
とのつながりが深い。
しろ、
で触れたように、
しろ(白)、
の語源も、
著(しる)き色の義(大言海)、
シルキ(著)色の義(日本釈名・南留別志)、
シロシ(著)の義(日本語源広辞典)、
シロ(明)の義(言元梯)、
等々、
明、
とつながり、その、
明、
は、
古代日本では、固有の色名としては、アカ、クロ、シロ、アオがあるのみで、それは、明・暗・顕・漠を原義とする(岩波古語辞典)、
ということとつながる。なお、
あか、
あを、
くろ、
については触れた。
しるし(著)、
と同源とされる、
しるす(徴・標・記・銘・証)、
は、
さ/し/す/す/せ/せ、
の、他動詞サ行四段活用で、
新しき年の初めに豊(とよ)の年(とし)しるすとならし雪の降れるは(万葉集)、
と、
徴す、
とあて、
前兆を示す、きざしを見せる、
意、
おそろしげなる者ども、その辺の在家をしるしけるに、我が家をしるし除きければ、たづぬる処に(宇治拾遺物語)、
と、
標す、
とあて、
目印をつける、目印とする、
意、
このころの我(あ)が恋力(こひぢから)記(しる)し集め功(くう)に申(まを)さば五位(ごゐ)の冠(かがふり)(万葉集)、
と、
記す、
誌す、
とあて、
書き付ける、記録する、
意となる(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)。この名詞形、
しるし、
は、
標、
徴、
籤、
符、
契、
証、
等々とあて、
ありありと現れ出て、他とまがう余地のないもの、
という意で(岩波古語辞典)、
記すの活用、記(しる)しの義(大言海)、
という由来の、
しるし、
は、
人つく牛をば角を切り、人くふ馬をば耳を切りて、そのしるしとす(徒然草)、
と、
めじるし、
の意、
その派生で、
印、
璽、
とあて、
シルシ(信)の義(名言通)、
シロ(思慮)の転か(和語私臆鈔)、
という由来の、
しるし、
は、
内侍所(ないしどころ)・しるしの御箱、太政官(だいじやうぐわん)の庁へ入らせ給ふ(平家物語)
し、
神璽、
の意と、
効、
験、
証、
とあて、
著(しるし)に通ず(大言海・続上代特殊仮名音義=森重敏)、
しるしべ(知知辺)の義か(和句解)、
という由来の、
しるし、
は、
しるしなき物を思はずは一坏(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし(万葉集)、
と、
効果、霊験、
の意、
と、いずれも、
しるし(著)、
と通底していることがわかる。
(「著(著)」 https://kakijun.jp/page/1166200.htmlより)
「著」(①チョ、②漢音チャク、呉音ジャク)は、
会意兼形声。者(シャ)は、柴(しば)を燃やして火熱をひと所に集中するさま。著は「艸+音符者」で、ひと所にくっつくの意を含む。箸(チョ 物をくっつけてもつはし)の原字。チャクの音の場合は、俗字の着で代用する。著はのち、著者の著の意味に専用され、チャクの意に使う時は、着を使うようになった、
とある(漢字源)。なお、「顕著」「著作」「著明」など「あらわす」「かきつける」「いちじるしい」などの意の場合は①の音、「著用(着用)」「定著(着)」「土著(着)」「到(著)着」など「きる」「つく」などの意の場合は②の音となる(仝上)。他は、
会意兼形声文字です(艸+者(者))。「並び生えた草」の象形と「台上にしばを集め積んで火をたく」象形(「多くのものを集める」の意味)から、草の繊維でつくられた衣服を集め、身に付ける、「きる」の意味と、多くのものを集め、はっきりした形に「あらわす」、「あきらかにする」を意味する「著」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1004.html)、
と、会意兼形声もじとするもの、
旧字は、形声。艸と、音符者(シヤ→チヤク、チヨ)とから成る。「つく」意を表す。もと、箸(チヤク はし)の俗字。借りて「あらわす」「いちじるしい」などの意に用いる。教育用漢字は省略形による(角川新字源)、
と、形声文字とするものに分かれるが、その字解である、
「艸」+「者」という分析は誤りである。漢代に書かれた字を見ればわかるように「艸」とは関係がない(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%91%97)、
とされ、
「箸」の「竹」が略されて「艹」となった異体字。仮借して「あらわす」を意味する漢語{著 /*trak/}に用いる、
とする(仝上)。また、
形声。声符は者(者)(しや)。者は堵(と)・書の字の従うところで、堵は呪符としての書を埋めて、邪霊の侵入を防ぐ堵垣、その呪符の文を書という。その書によって、呪的な力をそこに附著させるので、「著(つ)く」の意となる。その呪力が著明であることから顕著の意となり、著作の意となる。着と同字であるが、その慣用を異にするので、いま着(ちやく)と項目を別にして扱う。〔説文〕には未収。〔広雅、釈詁四〕に「明らかなり」、〔玉篇〕に草の名とする。著作の字に箸を用いることがあるが、それは匙箸(しちよ)の字。秦・漢の碑銘に著の字がみえている(字通)、
との解釈もある。
(「白」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BDより)
(「白」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BDより)
(「白」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BDより)
「白」(漢音ハク、呉音ビャク)の異体字は、
𦣺、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BD)。「白」(漢音ハク、呉音ビャク)は、「白毫」で触れたように
象形。どんぐり状の実を描いたもので、下の部分は実の台座。上半は、その実。柏科の木の実のしろい中身を示す。柏(ハク このてがしわ)の原字、
とある(漢字源)が、
象形。白骨化した頭骨の形にかたどる。もと、されこうべの意を表した。転じて「しろい」、借りて、あきらか、「もうす」意に用いる(角川新字源)、
象形文字です。「頭の白い骨とも、日光とも、どんぐりの実(どんぐりの色は「茶色」になる前は「白っぽい色」をしてます)」とも言われる象形から、「しろい」を意味する「白」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji140.html)、
象形。頭顱(とうろ)の形で、その白骨化したもの、されこうべ。雨露にさらされて白くなるので、白色の意となる。偉大な指導者や強敵の首は、髑髏(どくろ)として保管された。覇者を示す霸(覇)はもと雨+革に作り、雨にさらされた獣皮の意。白・伯と通用する。〔説文〕七下に「西方の色なり。陰、事を用ふるとき、物色白し。入に從ひて二を合はす。二は陰の數なり」と五行説によって説くが、字は二入を合わせた形ではない。郭沫若は、拇指(おやゆび)の爪の部分で、親指で覇者を示したとするが、俗説とすべく、白の従う敫(きよう)・徼(きよう)・竅(きよう)・檄(げき)・邀(きよう)はすべて祭梟(さいきよう)(首祭)の俗に関する字である。殷の甲骨文に、頭骨に朱刻を加えたものがあり、異族の伯の名をしるしている。のちには酒杯や便器に、その頭顱を用いることがあった(字通)
等々とあり、同じ象形説でも、
親指の爪。親指の形象(加藤道理)、
柏類の樹木のどんぐり状の木の実の形で、白の顔料をとるのに用いた(藤堂明保)、
頭蓋骨の象形(白川静)、
「頭の白い骨」とも、「日光」とも、「どんぐりの実」とも言われる象形から(https://okjiten.jp/kanji140.html)、
等々とわかれ、さらに、
陰を表わす「入」と陽を表わす「二」の組み合わせ、
とする会意説もある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BD)。また、『説文解字』では、
「入」+「二」、
と説明しているが、
これは誤った分析である。甲骨文字や金文の形を見ればわかるように、「入」とも「二」とも関係がない、
とし(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BD)、さらに、
漢語{拇 /*məʔ/}との音声的類似を根拠として、親指を象る文字、
という説もかつてあったが、これも、
声・韻の違いが示すようにこの説も誤りである、
として(仝上)、
象形文字だが由来は不明。容器、人の頭など多数の説が存在するが、いずれも憶測に過ぎず、定説は無い。仮借して「しろ」を意味する漢語{白 /*brˤak/}に用いる、
としている(仝上)。
参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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