はだれ
沫雪(あわゆき)かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何の花ぞも(駿河采女)
の、
はだれ、
は、
うっすらと積る状態、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
はだれ、
は、
はだら、
ともいい、
ほどろ、
で触れたように、
夜(よ)のほどろ我(わ)が出(い)でて来れば我妹子(わぎもこ)が思へりしくし面影に見ゆ(大伴家持)、
と、
ほどろ、
ともいい、
うっすらと地面に降り積もる、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
我が背子を今か今かと出てみれば沫雪(あわゆき)降れり庭もほどろに(万葉集)、
と、
(雪などが)はらはらと散るさま、
という意と、また、
夜を寒み朝戸を開き出で見れば庭もはだらにみ雪降りたり一云庭も保杼呂尓(ホドロニ)雪そ降りたる(万葉集)、
と、
雪などがまだらに降り積もるさま、
の意とがある(精選版日本国語大辞典)。
はだれ、
は、
斑、
とあて、
まだら、
まばら、
の意だが、
はだれ、
は、
ハダラの転、
であり(岩波古語辞典)、
はだら、
は、上述のように、
夜を寒(さむ)み朝戸(あさと)を開き出(い)で見れば庭も薄太良(ハダラ)にみ雪降りたり、
には、万葉集に、
一には、庭もほどろに雪ぞ降りたる、
とあるように、
ホドロの母音交替形、
とある(岩波古語辞典)ので、
はだれ、
は、
はだれに降れる雪を略して名詞としたる語、
とする(大言海)説もあるが、
ホドロ→ハダラ→ハダレ、
と転訛してきたものである。
はだれ、
は、だから、
沫雪(あわゆき)か薄太礼(ハダレ)に降ると見るまでに流らへ散るは何の花そも(万葉集)、
と、
雪がはらはらと降るさま、
の意と、
笹の葉にはだれ降り覆(おほ)ひ消(け)なばかも忘れむと言へばまして思ほゆ(万葉集)、
と、
うっすらと置いた雪、
の意とがある(岩波古語辞典)。
我(わ)が園の李(すもも)の花か庭に散る波太礼(ハダレ)のいまだ残りたるかも(万葉集)、
の、
はだれ、
は、
はだれゆき(雪)の略、
で、
まだらに降り積もる雪、
の意だが、当然、
今年いたう荒るることなくて、はだら雪ふたたびばかりぞ降りつる(蜻蛉日記)、
と、
はだら雪、
ともいう(岩波古語辞典)。また、
蹈ちらす人のこびんよはつれ雪(俳諧「犬子集(1633)」)、
と、
はつれ雪、
という言い方もするようだ(精選版日本国語大辞典)。また、
天雲(あまくも)の外(よそ)に雁(かり)が音(ね)聞きしより薄垂霜(はだれしも)降り寒しこの夜は(万葉集)
と、
はらはらと、うっすら見える霜、
の意で、
はだれ霜、
という言い方もする(岩波古語辞典)。
はだれ雪、
は、今風に言えば、
まだらゆき(斑雪)、
で、やはり、
まだらに降り積もった雪、
また、
まだらに消え残る雪、
の意になる(デジタル大辞泉)。また、
霰まじる帷子雪はこもんかな(芭蕉)、
の、
帷子雪(かたびらゆき)、
も、
薄くふりつもった雪、
をいう(広辞苑)。
今は残雪半ば村消(むらぎ)えて、疋馬(ひつば)地を踏むに、蹄を労せざる時分によくなりぬ(太平記)、
の、
村消(むらぎ)え、
は、
斑消え、
とも当て、
(雪などが)あちこちとまばらに消え残っている、
意である(広辞苑・岩波古語辞典)。また、
降り方が激しかったり、弱くなったりする雨、
をいう、
村雨(むらさめ)、
の、
むら、
でもある。
斑(むら)、
は、
色の濃淡・物の厚薄があって一様でないこと、
つまり、
まだら、
の意である(仝上)。
すそご、
で触れた、縅(おどし)や染色に、
同じ色で、所々に濃い所と薄い所のあるもの、
を、
村濃(むらご)、
というが、これも、
斑濃、
とも当て、
ここかしこに叢(むら)をなすこと(大言海)、
つまり、
色の濃淡、物の厚薄などがあって、不揃い、
の意である(広辞苑)。
まだら(斑)、
は、
其の面身(むくろ)、皆斑白(マタら)なり(日本書紀)、
と、
色や濃淡がまじっているさま、
の意で、また、
まだら、
は、
み狩するかきのねずりの衣手に乱れもどろにしめる我が恋(「経信集(1097頃)」)、
と、
マダラの母音交替形で、
もどろ、
ともいう(岩波古語辞典)。
「斑」(漢音ハン、呉音ヘン)は、「ほどろ」で触れたように、
会意文字。玨は、玉を二つにわけたさま。班(二つに分ける)と同系。斑は「玨(分ける)+文」で、分かれて散らばる意を含む、
とある(漢字源)。また、同じく、
会意文字です(辡+文)。「入れ墨をする為の針」の象形×2と「人の胸を開いて、入れ墨の模様を書く」象形から、模様に分かれ目がある事を意味し、そこから、「まだら」を意味する「斑」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2120.html)、
会意。玨(かく)+文。玨は両玉。その色の相雑わるをいう。〔説文〕九上に字を辡+文に作り「駁(まだら)なる文なり」と訓し、辡(べん)声の字とするが、辡は辯(弁)の初文で、獄訟のことをいう字である。斑を正字とすべく、斑とは二玉相雑わる玉色をいう(字通)、
と、会意文字とするが、
形声。「文」+音符「班 /*PEN/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%96%91)、
形声。文と、音符辡(ハン、ベン)(玨は変わった形)とから成る。まだらもようの意を表す(角川新字源)
と、形声文字とする説もある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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