戯奴(わけ)


戯奴(変して「わけ」といふ)がため我が手もすまに春の野に抜ける茅花(つばな)ぞ食(め)して肥(こ)えませ(紀郎女)

の、

変して、

は、

訓じて、

の意で、

わけ、

と訓ませる、

戯奴、

は、

「若」と同根、

とあり、

下僕などを呼ぶ語。ここは戯れて言ったもの、

とし、

そなたのために、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

我が手もすまに、

は、

「すま」は休む意か、ニは打消、

として、

我が手も休めずに、

と訳し、

茅花(つばな)

には、

茅花を美人の贈り物とし、女性の思いの表象とする毛詩邶風「静女」の詩に基づく表現と見る説がある、

と注記がある(仝上)。

戯奴、

は、

若と同根か(岩波古語辞典)、
「わけ」は「若(わか)」と同語源で、未熟者、幼稚な者の意が原義かといわれる(精選版日本国語大辞典)、

とあり、用例は、

いずれも諧謔味をもったものである、

とある(精選版日本国語大辞典)が、

若い、
幼い、

の意の、

若、

とのつながりがよく見えない。憶測だが、

若者、
若芽、
若武者、
年若、
若返る、

等々、名詞や動詞と熟合して、若い、幼いの意を加えて、複合名詞や複合動詞などをつくる例よりも、

若輩、
若年、

という言い方にある、

未熟、

の意を含意した、自分を、

謙遜、
卑下、

する言い方、あるいは、相手を、

見下す、
あなどる、

言い方とつながるのではないか。で、

戯奴、

にも、

我が君は和気(ワケ)をば死ねと思へかも逢ふ夜逢はぬ夜二(ふた)走るらむ(万葉集)、

と、一人称として、自己を卑下して用いる、

わたくしめ、

の意と、

黒木取り草(かや)も刈りつつ仕(つか)へめど勤(いそ)しき和気(ワケ)と誉めむともあらず(万葉集)、

と、二人称として、目下の相手に対して、ののしって呼びかける表現をとりながら、親しみの情を含ませて用いる、

と、

おまえ、
そち、

という意とがある(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。

「奴」.gif

(「奴」 https://kakijun.jp/page/0552200.htmlより)


「奴」 甲骨文字・殷.png

(「奴」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A5%B4より)


「奴」 金文・西周.png

(「奴」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A5%B4より)


「奴」 楚系簡帛文字.png

(「奴」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A5%B4より)


「奴」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「奴」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A5%B4より)

「奴」(漢音ド、呉音ヌ)は、

会意兼形声。「又(て)+音符女」。手で労働する女の奴隷。努と同じで、激しい力仕事をする意から、粘り強い意を含む、

とある(漢字源)。同じく、

会意兼形声文字です(女+又)。「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形と「手」の象形から、捕らえられた女奴隷を意味し、そこから、「奴隷」、「召使い」を意味する「奴」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1166.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「⿰丶又 /*NA/」+「女 /*NA/」。「もつ」「手にとる」「つかまえる」を意味する漢語{拿 /*nraa/}を表す字。のち仮借して「めしつかい」を意味する漢語{奴 /*naa/}に用いる。「⿰丶又」は物を掴む様を象る象形文字で、もと「⿰丶又」が漢語{拿}を表していたが、声符「女」を加えたhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A5%B4

と、形声文字とするもの、

会意。女と、又(ゆう)(手でつかまえる)とから成り、捕虜となった女、転じて、しもべの意を表す(角川新字源)

会意。女+又(ゆう)。又は手。女子を捕らえて奴婢とする意。〔説文〕十二下に「奴婢、皆古の辠(罪)人(ざいにん)なり」とし、「周禮に曰く、其の奴、男子は辠隷(ざいれい)に入れ、女子は舂藳(しようかう)に入る」と〔周礼、秋官、司厲〕の文を引く。舂藳は女囚を属するところ。〔周礼、秋官〕に罪隷百二十人、蛮隷百二十人、閩隷百二十人、夷隷百二十人、貉隷百二十人などがあり、犯罪者のほかはおおむね外蕃である。古くは異族の虜囚などを聖所に属して、使役したものであろう。これらを神の徒隷とすることに、宗教的な意味があったものと思われる(字通)、

と、会意文字とするものに分かれる。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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